きれいな微苦笑

「なあ、おっさん。こんな山奥に何の用事だよ。」

三年前。

冬悟は明神に連れられてある場所に来ていた。

うたかた荘からいくつも電車を乗り継いでやって来たある街。

はっきり言って田舎。

ここに来た理由をぼんやりとしか告げられていなかった為、冬悟は不機嫌極まりない。

「ちょっとヤボ用♪」

何度訊ねても適当にあしらわれる。

それがまた面白くない。

「おっさんの用事なら一人で来りゃいいだろ。陰魄退治の仕事なら付いて行くけどよ。」

「だって、お前一人にしたら可哀想だろぉ〜?寂しいだろう?」

「誰が寂しいか!!」

はっはっは!と大声で笑う明神。

冬悟はこれ以上の詮索を諦めた。

明神はいつもこうだ。

電車を降りて駅から歩いて30分。

山道をひたすら登る、登る。

「おっさーん。どこまで行くんだよ!」

整備された道路とはいえ、こう坂道続きでは疲れてくる。

どこに向かうか、後どれくらいかもわからないのでなおさらだ。

「後少し。冬悟はせっかちだなあ〜。後、もうちょっと体力付けとけよ。」

「…わかってるよ。」

冬悟がぶすっと拗ねる。

こういう事を修行の事と絡めて言うのはせこいと思うけれど、反論できないのが悔しい。

(いつか見てろよ。)

そう思いながら歩いていると、道路から伸びた階段の先、道から外れた山の間に沢山の墓が見えてきた。

「こんな所に墓地ねえ。」

墓参りが大変だろう等と考えていたら、ちらりと人影が見えた。

お参りに来ている様で、墓の前で手を合わす後姿。

地元の中学生なのか、駅前でちらほら見かけた制服を着ている。

つややかな黒髪の、女の子。

何となく、ぼおっと見とれながら歩いていると「どん」と前の明神にぶつかった。

「痛ってーな!!急に立ち止まるなよ!!」

ひりひりする鼻を抑えながら文句を言うと明神がくるりと振り返る。

「お前ここでちょっと待ってろ?」

「あ?」

バサリとコートを脱ぐとそれを冬悟に渡す明神。

「ちょっとナンパしてくる。」

「ああ!?」

言うが早いが明神はすたすたと墓地へ繋がる階段を下りていく。

「おっさん!何考えてんだ!?」

「いいからいいから。いい子でそこで待ってろよ〜?」

本当に、このおっさんだけは何を考えているのか…。

これ以上引き止めるのも疲れて冬悟はガクリと首を垂れる。

どうせすぐ戻ってくるだろう。

渡されたコートをガードレールに引っ掛けると、軽快な足取りで女の子に近づく明神を見守った。

明神はいつものサングラスを外し、それを持参した鼻眼鏡につけかえる。

「お嬢さん、お暇ですか?」

少女は振り返り、吹き出した。

「あはは…!!何それ!」

「酷いなあ〜。せっかくカワイイ女の子のウケをとろうとおぢさん頑張ったのに。」

「だ、だって…!いきなり鼻眼鏡っ…って。あはは!」

「お、いい笑顔だねえ。名前聞いてもいいかな、お嬢さん。」

そう言われて、少女は我に返るとじいっと明神を疑いの目で見る。

「おじさん、誰ですか?私に何か用?」

「いやあ、用というか、何というか。」

「ナ、ナンパとかですか?」

「まあ、そうかなあ〜。散歩中にお墓に手を合わせる美少女を見つけてしまって、こりゃあ運命だぞってカミサマがお告げをね。」

「…うさん臭い…。」

じとりと明神を見ながらじりじりと距離をとる少女。

明神は笑いながら頭を掻き、視線を墓石へと写す。

「お母さんのお墓、とかかな?」

そう言うと、驚いた顔で少女が明神を見る。

「…どうして?」

「ん?当たったかな?おじさんこれでも巷じゃ有名な占い師なんでね。」

笑って返すと少女ははあ、とため息をつく。

「私のお母さん。七年前に急に死んでしまったんです。ずっと、元気だったのに、ある日。突然…。」

言いながら、少しづつ顔が曇る。

俯き、目に涙がたまる。

「…寂しいかい?」

少女は歯を食いしばり、目を強く瞑る。

大きく息を吸い、吐き出すと顔を勢い良くあげる。

「あ、は!もう七年も前の事なのに。私弱くて…駄目ですねえ!」

必死で笑顔を作る少女。

(本当に、悪かったなあ。君をこんな辛そうに笑う子にしてしまって。)

「こんなんじゃ、駄目だっていつも思ってるのに。」

笑おうとして、やっぱり駄目で、肩が震える。

「よし!じゃあおじさんが君の未来を占ってやろう!」

「え?」

「今日は特別出血大サービスでタダで占うよ〜!手相、人相、タロット、ヘビ占い、何がいい?」

懐から怪しげなアイテムを次々取り出す明神。

「う、占いって、本当に?」

あっけにとられながら涙を拭う少女。

「ああ。言っただろ?さあ!好きなのを選びなさい!お勧めはこのヘビ占いだ。」

ずいっと差し出されたヘビを見つつ、おずおずと手元のタロットに手を伸ばす少女。

「えと、こっちで。」

「え?タロット?いいの?こっちじゃなくて?」

さも残念そうにヘビをしまう明神。

「う、うん…。何か解りやすい方がいいな。」

「よおっし!じゃあタロット占いだ!さあ!ここから一枚引くがいい!!」

タロットカードを裏返しにビラリと広げ、それを差し出す明神。

その勢いに押されながらも少女は一枚のカードを引く。

「よっしゃあああ!!来た来た!最高のカード!ザ・ワールド!!」

くるりとひっくり返したカードには、おどろおどろしい髑髏。

「…これ、死のカードだね。」

ぽつりと少女が呟く。

「でもほら、見てごらん。これ、死の逆位置だね。」

カードを持ち上げて少女に見せる明神。

カードは、逆さまを向いている。

「逆位置?」

「タロットカードってヤツは、正位置と逆位置があって、ひっくり返ると意味が全く違ったりするんだな。」

「じゃあこのカードの意味は?」

「死の反対。再生。」

少女が、ぎゅっと手を胸の前で合わせる。

「新しい始まり、再出発、まあそんなカードだね。」

「新しい、始まり…。」

少女が呟き、風が吹く。

少女はなびく髪を押さえ、視線を母の墓に移す。

「君には、波乱の相が出ているよ。」

「波乱の、相?」

「得意の人相占いだ。…んん〜、そうだねえ。きっと君には色々と大変な事が起こるかもしれない、だけど大丈〜夫!!」

明神は大きく手を広げる。

「君には沢山、君を守ってくれる人が現れるだろう!そうだなあ、具体的に…目つきは悪いし、口も悪いけど本当は寂しがり屋でテレ屋で泣き虫な、そんなヤツが君を守ったりするかも知れないなあ〜。」

「な、何か本当に具体的だね?」

その言葉を無視し、明神は何かに取り憑かれた様に何かに祈りを捧げる。

と、思えば急に立ち上がり、少女の両肩を掴み目を覗き込む。

「見える!見えるぞ〜!!きっとそいつなら君を本当に理解してくれるだろう!君達は一緒に歩いていく。」

「いつ、会うのかな?すぐ?もっと先?」

「まだ先だなあ。」

「…この占いって、本当?」

半信半疑、期待半分で少女が訊ねる。

「ああ!カワイイ君が心からにっこりと笑える、そんな日が来る。絶対に。」

(絶対に、そうしてみせるよ。今度こそ。)

「…不思議なおじさん。」

「よく言われるよ。自分じゃよくわからんけどね。」

少女が笑う。

笑顔は、まだややぎこちない。

とてもきれいな、作られた微苦笑。

少し困った様なその笑顔は、母親のそれと良く似ていて。

いつも申し訳なさそうに、寂しそうに、それでもとても強い意思と娘に対する深い優しさを持った彼女を思い出した。

(君にはね、もっともっと、笑って欲しいんだよ。)

「私、ヒメノ。桶川姫乃。」

少女が名乗る。

「…いい名前だ。よく似合ってるよ。ひめのん。」

「…あの、ひめのん、って、なんですか。」

「ん?今考えたあだ名。語呂がよかろう。」

「いくないです!!」

もう一度笑いあう。

明神は「じゃあ、また。」と言うと手を振ってその場を去る。

階段を登った先にはげんなりとした顔をした冬悟が待っている。

「ただいま〜。おとうさん満足!」

「満足!じゃねえよ!何してたんだよ!…何かあいつ、泣いてなかったか?」

「え〜、笑ってたよ。カワイイ子だったぞ〜。冬悟、お前も話してくるか?」

「行かね。」

「ええ〜、勿体無い。…じゃあ帰るか!」

「ああ!?帰る!?ホント何しに来たんだよ!おっさん!!」

ぎゃあぎゃあと文句を言う冬悟を来た時の様にあしらう明神。

登ってきた坂道を今度は下る。

その後ろ姿を姫乃が見つめる。

「…変な人。また、だって。」

今度会う時はうたかた荘で。

君を、オレと、こいつで出迎えよう。


あとがき
姫乃を黒明神さんがもともと預かるつもりだった、というのが書きたかったものです…。何か、冬悟君と、姫乃の出会いも偶然じゃなくって、実は決まってた事なんだな、と思い。
話自体は思い切り捏造です!50作目!でした。
2006.11.28

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