KARMA

授業中の屋上は誰も来なくて気持ちがいい。

ごろんと横になって、目を閉じる。

意識を集中して、気配を探るとあまり良くない「気」が一つ。

…またか。

はあ、とため息をつくと同時にチャイムが鳴った。

「よいせ。」

体に反動をつけて上半身だけを起こす。

もうすぐ、アイツがやってくる。

だだだだだ…バン!

「あ、冬悟君やっぱりここだった〜!」

走ってきたのは姫乃。桶川姫乃。

同級生でクラスメイトで最近ウチのアパートに越して来た「同居人」だ。

「もう!またサボり。」

ガミガミと五月蝿い姫乃を無視して「ん。」と手を差し出す。

「…もう。要るんだったら家から持って行ってよ。二つは結構重たいんだよ。」

差し出した手の上に置かれる弁当箱。

「だったら二つ作らなかったらいいだろ?オレは別に頼んでないし。」

断わりもせず包みを開き、渡された弁当に手をつける。

「…作らなかったらそれはそれで拗ねるクセに。」

「なんか言ったか?」

ジロリと睨むと姫乃はふーんだ、とそっぽを向く。

姫乃は向かいに座ると自分の分の弁当を開いて一緒に食べ出す。

昼休み。

オレがここにいる為に、この時間この場所に来る人間は姫乃一人しかいない。

オレの生まれついての白い髪が原因でよく好奇の目で見られる事が多かった為、他人とは距離をとって生きてきた。

もう一つ、他人と距離を置く理由は、オレに「霊」が見える、という事だ。

子供の頃両親を失って親戚に預けられたが誰もいない場所に話しかけたり、誰もいない場所に怯えたり、なんて事があったせいで親戚を盥回し。

最後はアパートの管理人こと悪霊、つまり「陰魄」退治で飯を食ってる明神に引き取られる形になった。

そんなオレを、全く怖がらず、変な目で見ることもなく接するのは明神のオッサンと、この姫乃だけ。

箸を口に運び、チラリと姫乃の方へ目をやると…オレは手を止めた。

さっき感じたアレが、いる。

箸をくわえたまま右手を姫乃の肩口へと伸ばす。

「?何?」

無視して、そのまま姫乃の肩にへばりついていた「それ」を掴む。

そいつはギイギイと、オレにしか聞こえない悲鳴をあげる。

その悲鳴ごと、そいつを握りつぶす。

何事もなかった様に食事を再開すると、姫乃が聞いてきた。

「ねえ、さっきのオマジナイ、何?」

「あ?…何でもねえ。ゴミついてた。」

「んー…。そう?」

自分の肩を気にする姫乃。

こいつは、自分では全く気が付いていないけれど、陰魄の類を引き寄せる体質…らしい。

オッサンが始めてオレに姫乃を紹介した時は、本当にたまげた。

「今日から我がうたかた荘に住む事になった姫乃ちゃんだ!冬悟、学校一緒だし、守ってやれよ〜。」

そう言って馬鹿笑いする明神のオッサンの側で、姫乃は青白い顔をして立っていた。

体が弱い子、と聞いていた。

弱い、じゃなくて、弱らされていた。

今まさに5、6匹の雑魚陰魄が取り付いて姫乃の体力を奪っている。

慌てて、叩き落として踏み潰す。

姫乃に会話が聞こえない場所まで明神を引きずって行く。

「おいオッサン!あいつどうなってんだよ!何だあれ!」

「可愛い子だろ〜。知り合いのお嬢さんでな、手ぇ出すなよ。」

「そ・う・じゃ・ねえだろ!!!」

「まあそう怒るな怒るな〜。本人見えてないみたいだしさ、可哀想だろぉ?」

「オレが聞きたいのはそんな事じゃなくて。」

「時期が来たら話すよ。」

それからは何度聞いてもへらへらとかわされて今に至る。

どいつもこいつも気楽に構えて…。何かあったらどうすんだ。

「ねえ、冬悟君。」

呼ばれて、我に返る。

「なんだよ。」

「私ってここ来る前体弱かったでしょ?」

「でしょって言われてもオレは知らねーよ。」

「うん、そうだったの。でもうたかた荘に来て、良くなったでしょ?」

「そうみたいだな。」

「明神さんと、冬悟君のおかげかな〜、って思ってるの。」

「…何で。」

姫乃は、自分の肩に手を置く。

「さっきのおまじない。いっつも私がしんどいな、って思ってる時に冬悟君がしてくれるの。まるで私がしんどい事わかってるみたいに。」

「…。」

「そうしたらね、体がすっごく楽になるの。」

「ふーん。そりゃ良かったな。」

「ありがとう。」

「…何か勘違いしてねーか?オレ何にもしてねえぞ。」

「うん。でもありがとう。」

…ほんとはこいつ見えてるんじゃねーだろうな。

弁当を全てたいらげると空箱を渡す。

「おいしかった?」

そう聞く姫乃。

…まずい訳ねーだろ。

「別に。」

こういう時、口と頭は別々の事を言う。

…無意識に。

「もう!かわいくないなあ。」

そう言って先に教室に向かう姫乃。

向けられる背中。

…何故か、できればそのまま立ち去って欲しくないと思ってしまう。

「あ。」

振り返る。

黒い髪が揺れる。

「ねえ、今日帰りいい?買い物して帰りたいんだ。ちょっと重たいものがあって…付き合ってくれない?」

「…いいけど。」

姫乃はにっこり笑うと「じゃあ約束ね!」と言って走り去る。

姫乃が来てから、何だか調子が狂う。

オッサンが言うから守ってやってんだ。

オッサンが言うから付き合ってやってんだ。

言い聞かせて、でも目は走り去る黒髪を追う。

次の瞬間、その後ろ姿が、黒くにじむ。

…あ、また一匹ついた。

やれやれ、とオレは腰を上げる。

教室まで戻ってしまうと友人達やクラスメイトが気になって声がかけ辛い。

急いで後を追う。

今まで陰魄を潰す事に意味もやりがいも感じる事はなかったけれど、姫乃に感謝されるのなら悪くもない、と思う。

見える事が疎ましいと思っていた頃が嘘の様だ。

「姫乃!」

踊り場で捕まえ、今度は頭に手を伸ばすと憑いたばかりの一匹を握りつぶす。

わらわら寄ってくるんじゃねえ。

「えっと…今のは何?」

きょとん、とした顔をして、頭を押さえながら姫乃が聞く。

「…。」

言い訳がめんどくさくなったオレは、姫乃のピョコン、と跳ねた髪を引っ張った。


あとがき
お題六話目です…!!同級生です。書いてて楽しかったです。
これはまた続きを書くやもしれません。いえ、書きたい…。
こちらは3日にリク下さった名無しさんへ!
2006.11.17

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