「かまって」

八月も末になって、高校の夏休みもそろそろ終わりへと近づいてきた。

ここ暫く、姫乃は文化祭の準備に忙しい。

毎日朝出て行き、帰りは遅い。

しかもしっかり疲れて帰ってくる。

最近オレの餌も、少し手抜きになってきた気がする。

いやいや、手抜きとは言っても、ちゃんと作ってくれているのだ。

朝、昼はお弁当で、夜もちゃんと。

適当に食べるからいいよって何度も言ったけど、そこは意地なのか「放ってたらカップラーメンしか食べないでしょ?」って譲る気はないらしい。

眠そうな顔で(時々立ったまま寝てる気がする)少し歪んだ玉子焼きや、少し辛めの煮物を作ってくれる。

いや、あるだけ嬉しい文句は無い。

姫乃のクラスは劇をするとかで、やれ台本が、やれ小道具が、やれ衣装がと姫乃の口から飛び出すのは想像でしかイメージ出来ない世界ばかりだ。

オレは眠そうな姫乃がうとうとしながら話をするのを、毎日相槌打って聞いていた。

ある日、その芝居で使う道具の置き場が無いと困っていた姫乃に、オレはうたかた荘の空いている部屋を貸してあげた。

沢山の生地やダンボールが空き部屋に運び込まれ、ついでに稽古場所にもという事で最近うたかた荘は騒がしい。

姫乃のクラスメイトが毎日やってくる。

そして、各部屋ごとにチームに分かれて作業をする。

本当にいいの?と、姫乃は遠慮していたけれど、オレからすれば、余ってる部屋だし使ってもらった方が部屋も喜ぶってもんだ。

壊したり汚したりしなければ。

オレもちょっと作業に参加したりして、年下の子に囲まれて「明神さん」とか「管理人さん」とか言われて結構その気になってる。

ウチの陽魂達も、始めはあんまり沢山人がやってくるから迷惑そうにしたり、人見知りして隠れていたりしてたけど、作業や稽古が気になるのか最近はむしろ部屋を覗きに行っている。

いい傾向だ。

新しい住人が増えた時にも、こんな感じで馴染んでくれたら言う事無しだ。

ちょっと自慢話をすると、ある日マセガキが姫乃の前で「ホントうるさくてスンマセン。明神さんから見たらオレ達ガキみたいなモンでしょ?」と聞いてきた事があった。

姫乃に気のある素振りをしていた(一通りチェックした)奴だ。

何の牽制のつもりかわからんが、とりあえず「いやあ、そんな事ないよ。オレの方がガキみたいな時もあるし。ひめのんにはお世話なりっぱなしだしさ。毎日飯作ってもらったりして」と、言ってやった。

黙った。

ざまあみろ。

いやホントコレ、ただの自慢話だけどね。

まあそんなこんなで、学校で勝手に朝から晩まで色々されるより、手の届く場所にずっといるっていうのはいい事だ。

精神衛生上。

まあしかし。

朝起きたら飯の支度。

ついでに弁当作ってクラスメイトを待つ。

昼にクラスメイトが来てからは作業と練習。

夜に皆が帰ってからまた飯の支度、それから風呂入って寝る。

姫乃の生活は、学校からうたかた荘に変わっただけで、それはそれで忙しい毎日だった。

まあけど、毎週月曜日はその集まりも休みだ。

毎週月曜日だけは姫乃ものんびり出来る…のだが、今日も姫乃は昼まで良く寝ていた。

疲れているんだろう、十二時過ぎに起きてきて、慌てて飯の支度をしてくれた。

朝ご飯が抜きになったのを平謝りしてくれたけど、オレは、オレもさっきまで寝てたからとウソを言った。

ホントは、パンを食って凌いだ。

まあこの位の配慮は当然だろう。

男として。

へろへろになってる姫乃を気遣って、オレは買い物をかってでる。

夏休みに入ってから、良く一人で買い物に行ってる気がする。

近所のスーパーまでひとっ走り。

姫乃が書いたメモを頼りに食材を買う。

最近は買い物のコツというやつがわかってきた。

キャベツやレタスは、身がしまり過ぎていない適度な物を選ぶ。

牛乳は奥の方から取る。

果物は熟れすぎていない物を選ぶ。

オレ、主夫みたいだ。

料理すんのは姫乃だけど。

自分の買い物スキルが上がった事に満足しながら、急ぎ足でうたかた荘へ戻る。

戻ると、姫乃が洗濯物を畳みながら眠っていた。

起こさない様に足音を忍ばせて、オレは買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。

ちゃんと野菜は野菜室。

ハムなんかの小さなものは、ケースの中に。

冷凍のものは、新しいものを奥へ、古いものを前の方へ。

買ってきたものを全て冷蔵庫に入れると、ビニールは丸めて決められた場所に貯めておく。

オレって、主夫みたい。

これも姫乃の教育のたまものだ。

全ての食材を冷蔵庫にしまった後、オレは眠る姫乃にそっと近づいた。

手に洗ったばかりのオレのシャツを握ったまま、畳んだタオルの山に埋もれて眠っている。

縁側から涼しい風。

ああ、こりゃ寝るわ。

よし、全部畳んどいてやろう。

目が覚めた後、寝ちゃったゴメンねと謝る姫乃の顔が浮かぶ。

その後、ありがとうと笑う顔も浮かぶ。

大変だなあ。

体、壊さない様にな。

握った手から、オレのシャツをそっと取り上げる。

枕になっているタオル類はそのままにしておいた。

寝顔を覗き込んだら眉間に皺をよせている。

オレはその眉間を指で伸ばしてやる。

姫乃が「ううん」と言って転がった。

ちょっと笑えた。

高校の文化祭。

うん、青春ってやつだ。

こんな風にだけど参加しちゃって、ちょっと青春のおすそ分け頂いて、何だか気分がいい。

頑張れよ。

オレも見に行けんのかな、本番。

今、午後四時。

六時位まで寝かせておいてやろう。

ホントはスキンシップを図りたいトコだけど、疲れてるだろうから今は頭を撫でて我慢してやろう。

さらさらの髪を撫でる。

最近人でごった返して騒がしいうたかた荘は、今日は静かだ。

姫乃の寝息が良く聞こえる。

規則正しい呼吸。

吸って、吐くを繰り返す。

オレは洗濯物を畳みながら、その音をジッと聞く。

ひめのん、頑張れよ。

「ひめのん、かまって。」

泣きそうな声で口に出したは言葉は頭で考えているものとは正反対の言葉だった。

どうやら、オレの口は頭より正直らしい。


あとがき
強がりが限界に近い明神さん。
大人は大変。
2007.08.28

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