「スカート寒くない?ひめのん。」

「寒いよ〜。でも制服だから仕方ないよ。この時期だけは男子はいいなあ〜って思うなあ。」

学校帰り、待ち合わせをしてこっそり合って、ぐるりと遠回りをしてうたかた荘に戻る。

これが最近の日課になっている。

と、いうのは数日前。

姫乃が神妙な顔をして管理人室に訪れて「告白」なるものをして、それに明神が万歳で応えた結果今のこの状態である。

晴れて「彼氏と彼女」になった訳だが、具体的にどうしたらいいかはお互いあまりわからなかったので、とりあえず沢山会いたいという明神の案が採用された。

別にこっそり会わなくても、校門まで来てくれてもいいのにな〜、と姫乃は言ったけれど、明神が激しく反対した。

「高校の校門前を毎日サングラスに黒コートの男がうろついてたら速攻で警察呼ばれる!」

…まあ確かに。

そういう訳で、待ち合わせはいつもの公園。いつもの時間に。

そしていつもの道を歩き、人が少なくなってくると手を繋ぐ。

それは明神からだったり、姫乃からだったり。ほとんどは明神から。

…今日は姫乃から。

照れくさそうに、顔を見ない様にしながらこっそりと手を伸ばす。

ちょいちょいと明神の指に触れ、それに気付くと明神が手をそっと開いて姫乃の手を招き入れる。

自分から手を繋いできた時は、いつも照れ隠しなのか大きく繋いだ手を振る姫乃。それを明神はとても可愛いと思う。

気が付くと、明神は鼻歌を歌っていた。

「その曲ってこの間貸したやつだよね。気に入ったの?」

「あ、そうだっけ?」

言われて気が付いた。

今まで音楽なんて興味なかったし、聞くことも殆どなかった。

しかも最近流行の曲ときた。

「ひめのんが薦めてくれたからだな〜。」

これは凄い変化だ。

うんうん、と頷きながら明神は言った。

「大げさだね〜。そんなに凄い事かな?」

「凄いよ。だってひめのんに薦められなかったら無意識に歌うなんて事絶対ねーもん。」

「そっか。」

今度はうんうん、と姫乃が頷く。

小さな事でも、自分と一緒にいる事が明神に何かしら変化を与えるという事が何だか嬉しい。

帰宅コースも終盤、ぐるりと回ってもう一度戻って来た公園で、ピタリと明神が立ち止まる。

「?どうしたの?明神さん。」

「いやさ、ここで初めて会ったんだな〜って。」

大きな木を指差して明神が言う。

「ひめのんここで寝てたんだよね。」

「い、今から考えたら無用心な事したなって反省する…。」

出会って数ヶ月。

めまぐるしく自分も、姫乃も変化した。

一緒に変わって行けるという事がとても幸せだと感じる。

「ひめのん。」

繋いでいた手を軽く引いて、明神は姫乃を抱きしめた。

「わ!…ど、どうかした?」

抱きしめると、いつも姫乃は体を硬くする。

「んーや。…ひめのんっていっつもこうやって抱きしめたりすると体縮ませるよな?」

ぼぼぼ、と姫乃が顔を赤くする。

「し、仕方ないじゃない!慣れてないんだからっ!み、明神さんは?」

「オレは、嬉しくて心臓は変になってっけど。」

ぐいっと姫乃の頭を自分の胸に押し当てる。

「聞こえるかー?」

「う、うん。どきどき言ってる。…っていうか、苦しい。」

「ああ、悪い悪い。」

手を放すと姫乃はぷはー、と大きく息を吸う。

その隙に、周りに人がいない事を確かめると、明神は姫乃の顔に手を伸ばす。

そして、顎に手をまわし、上を向かせようとする…けれど、上がらない。

「…何で我慢するの。ひめのん。」

「え。や、だ、だって…。い、今外だし。え、明神さん、これってアレですか。きき、きすですか。」

「うん。…嫌?一応、今誰もいねぇけど。」

この嫌?という問いはずるいと姫乃は思う。

好きな人とのキスが嫌とは口が裂けても言えないじゃない。

「う…。わ、わかったよ!どんとこい!!」

そう言うと、姫乃はぎゅうと目を閉じ、力強く口を噤むと、ぐいっと顔を明神に向けた。

その様子が愛らしくて可笑しくて、笑いをこらえて肩をブルブル震わせる明神。

姫乃が目を閉じてくれて助かった。

もし笑っているところなんか見られたらきっと激怒する。暫くキスなんてさせてくれよう筈がない。

ふー、と腹に溜まった笑いを吐き出すと、改めて姫乃と対峙する。

肩を抱いて、体を引き寄せる。

…切羽詰った顔してんなあ…。

なるべくやわらかく抱きしめて、前髪を掻き揚げてやると、額に口付ける。

姫乃が眉をぎゅうとしかめる。

大丈夫、大丈夫と言い聞かせる様に頭を撫でて、今度は唇に。

出来るだけ優しく口付ける。

顔を離して様子を見守る。

「…ひめのん、大丈夫?」

この言葉にぼーっとしていた姫乃は我に返った。

「ぅはっ!あ、だ、大丈夫、です。何か頭が、ふわふわしてる、だけ。」

耳まで真っ赤にして姫乃が応える。

本当に。

自分とのキスで姫乃がこんな風に胸を押さえて顔を真っ赤にしている。

自分が姫乃に変化を与える事ができたという事が明神にはとてつもなく嬉しかった。

もう一度、屈んで口付ける。

今度は、もっと深く。

………あ?

「あのー…ひめのん?」

「ははははい。なんでしょう。」

「できれば、お願いしてもいいかなあ。」

「な、何?」

「その何だ。キス、する時は口を開けてくんないかな。」

「へ?」

姫乃の頭にクエスチョン・マークが幾つも飛んだ。

「ひめのん、歯ぁ食いしばってるから。」

「え、どうして口を開けるの?き、きすしにくくない?」

……いやいや。

「どうしてって…オレに言わすの?」

「え?な、何を?」

まさか、コレがまあファーストキスとしても。…ありえるか。

「だって、舌、入らないでしょ。」

「…え?な、なにって。」

「〜っ!だから!二度も言わすか!!舌!ベロ!タン!解った?」

こんな説明をさせるか!?と今度は明神が顔を赤くする。

その説明を受けて、更に顔を赤くする姫乃。

「えええええ!!何で!キスってこう…口と口を合わせるのがそうでしょう!?」

「そうだけど、そうじゃないのもあんの!」

「えええ!!何でそんな恥ずかしい事…!!」

ああ、もういい。

「何でって。…入れてぇから。」

次の瞬間、姫乃はくるりと踵を返すと猛ダッシュで走り出す。

「あっ!待て!逃げんな!!」

うたかた荘まではそう遠くない道のりを、二人は猛スピードで駆け抜ける。

「ひめのーん!あれだ!ディープキスって言葉…。」

「馬鹿ー!!!そんな恥ずかしい事外で言わないでよー!!!」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!!」

公園からの距離が短かったのが姫乃にとって幸いだった。

慌てて玄関に駆け込むと一気に二階の自室に飛び込む。

明神の手がドアノブにかかる一歩手前で鍵がガチャリとかけられる。

「あ、ひでー。」

扉越しに、二人ともぜいぜいと肩で息をする。

明神はふう、と大きく深呼吸すると管理人室に向かった。

「…諦めた?」

姫乃も大きくため息をつく。

心臓の動悸がおさまらない。

これはきっと走ったせいだけではないのだろうけれど。

遠くで、明神の鼻歌が聞こえた気がする。

管理人室にたどり着いた明神は建て付けの悪いタンスをガタガタ言わせながら開けると、その中に入っている薄い金庫のダイアルを回した。

取り出したのは一本の鍵。

「ひめのん馬っ鹿だな〜。」

鍵をくるくると指で弄ぶ。

ここはアパート。

そしてオレは管理人。

鼻歌を歌いながら階段を上る。

コンコン。

姫乃の部屋をノックする。

「か、鍵かけてるからね!あけないから!」

「ひめのんがオレを変えたみたいに、ちょっとづつ、ひめのんも変わって欲しいな〜。」

「む、無理!駄目!…恥ずかしい。」

「じゃあちょっと我慢して。」

「ゆ、夕飯抜きにしちゃうよ!!」

ぽりぽりと、頬を掻く明神。

「あー、そりゃ参ったな。腹減るなあ。」

ポケットに入れた鍵を取り出す。

一本きりのマスターキー。

「まあでも、いいや。今日は我慢する。」

「え?」

「オレ、ひめのんがいい。」

鍵穴に鍵を差し込む明神。

ガチャリ、と音を立てて扉は開かれた。


あとがき
有難う御座います企画第二段です。
やっと出来ました。お待たせしました…。
強気なんですが、どちらかというと食う気満々です。
リク下さった尾関さんへ!
2006.11.14

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