鏡
持っているものを全てなくしてしまったと思った時があった。
でも足元を見たら、遺されているものがあった。
手にとって、拾い上げた。
じっと眺めて、勿体無いけれど使ってみた。
気が付いたら、真っ暗だった世界に灯りが点いた。
それまで見えなかった様々なモノが見えてきた。
暫く一人で歩いてみた。
自分が一人である事に泣いた日があった。
泣きたいのに、笑った日があった。
無理をした日があった。
楽をした日があった。
出会いがあった。
別れがあった。
ある日、大事なもの達と出会った。
自分の存在に意味を感じた。
自分という存在に失望した。
自分の強さを知った。
自分の弱さを知った。
その大事なものの中に、いつの間にか、一枚の小さな鏡があった。
その鏡はとても不思議で、自分とは全く違う形をしているのに自分の事をよく映した。
笑いかけたら、笑ってきた。
辛い気持ちを伝えたら、辛そうな顔をした。
苦しい時に楽なフリをしたら嘘を見抜いた。
小さくて、まあるい。
本当に、不思議な鏡なんだ。
「明神さん、明神さーん。」
呼ばれている。
「もう、起きないと知りませんよ。ご飯抜きにしちゃうよ!」
…それは困る。
「後五秒。いーち、にーい。」
「起きる!起きた!起きました!」
…オレはがばっと体を起こす。
辺りを見回すとうたかた荘の玄関。
姫乃が制服姿でオレを見下ろしている。
逆光で顔がよく見えない。
「えーと、おはようゴザイマス。」
「もう。いっつもこうなんだから。ほら、立って立って。」
よろよろと立ち上がると、ようやく彼女の表情が見えた。
さっきまで、何か変な夢を見ていた気がする。
何か思い出そうとじっと姫乃の顔を見ていると、姫乃があれ?という顔をした。
「どうしたの?何か変な夢でも見た?」
あ!っと思う。
「それだ!!」
「ええ!?何!?」
何だか笑えてくる。
思い出した思い出した。
大切な鏡の夢。
ぐいっと姫乃の顔を覗きこむ。
その瞳にはオレが写っている。
「ひめのん。オハヨ。」
にこりと笑ってみせる。
すると。
「もう。変な明神さん。」
にこりと笑い返す。
大事な大事な、本当のオレを映す鏡。
あとがき
本当に仲が良かったりする人って共鳴するよねという話です。
その人が嬉しそうだったら嬉しい。みたいな。
一巻中表紙のあの向き合った明神と姫乃が物凄く好きです。
2006.10.08
2007.05.30修正