いつもどおり

「よ」

「やあ☆」

待ち合わせは駅前の焼き鳥屋で、飲み放題なのは明神なりの気遣いだった。

今日は先日の「自分の保身の為に友人を売った罰」として、白金が明神に何か御馳走をするという事になっている。

少し薄暗く狭い居酒屋に真っ白な背広にサングラスをかけた男と、黒い皮のコートを着てこれまたサングラスをかけた男の二人連れが入って来た事に店員も客も驚いたが、本人達は周りの目など全く気にしていない。

席につくと、店員が恐る恐るおしぼりを持ってくる。

明神がサングラスを外し「お、あんがと〜」と人懐っこい笑顔で笑いかけると、店中に蔓延した妙な緊張がほんの少しほぐれた。

丁寧にお辞儀をする店員に、白金は適当なコースとビールを二つ注文する。

「冬悟クンもビールでいいよね。こっちの奢りだから、メニューも適当にやっちゃうよ〜」

「任せる」

白金のテキパキとした働きっぷりを眺めながら、明神はため息を吐き腹を撫でる。

その動作を目の端で捕らえ、白金が顔を上げた。

「あれ。もっと顔腫らせて来ると思ったけど。意外とちゃんと治したんだねえ」

「……あのヤロひめのんが心配するだろうからって最初の一発目意外はボディばっか殴りやがった。やり方がまんま陰湿なヤンキーじゃねーか」

「あっはっは」

「笑い事じゃねェ!!」

ドンと机を叩く明神。

集まる視線にまあまあと明神をなだめ、落ち着かす白金。

「だからゴメンって。大体オレの部屋にアレコレ持ち込んだのは冬悟クンだし☆オレも被害にあったんだから、その辺ちょっと考えてくれたまへよね」

「だから焼き鳥で手を打ったんだろ」

「オレなんか吊るされたんだからね〜。逆さまに」

おしぼりで手を拭きながら恐ろしい事を平然と言う白金。

明神は、一瞬その様を想像するとサッと青ざめた。

「ホント今まで……よく生きてるよな、オマエ。ってか良くあんなの好きだよな」

「あー、それは侮辱だよ。訂正したまへ。君に女性の趣味を云々言われたく無いなあ。ロリコン冬悟クン」

「え?殴るよ?殴っていいか?」

「血の気の多さは澪ちゃんも冬悟クンも変わらないでしょ。女の子だからって差別しない」

言われて明神は握った拳を緩めた。

澪からあの乱暴な部分を取り除いたら、確かに澪ではなくなるのだ。

あの一部だって、澪らしさの一つなのだから。

言い返す言葉を無くした明神がムスッとしていると、頼んだ料理が運ばれてくる。

明神は焼き鳥の串を二本同時に掴んで口に入れた。

「まあねえ〜。冬悟クンの事ロリコン扱いするけど、確かに姫乃ちゃんは可愛いよね」

「……ほうはろ?」

「うんうん。不思議な空気感も持ってるしね〜。いい子だよね」

「……だろ?」

好きな子の事を褒められると、明神はとたんに顔をへにゃりと緩めた。

さっきまで拗ねて口を尖らせていたのに姫乃を褒めた途端に態度を一変させるその反応の速さに、白金は「素直だなあ」と感心する。

まるで小学生レベルの恋愛を大人が本気でしている様で微笑ましく、白金は好感を持って明神と姫乃を見ていた。

自分達にはない部類の、真っ向からの直球勝負。

「そんでプラチナは、湟神のどこに惚れたんだ?」

「ん?」

両手に三本づつ焼き鳥の串を持った明神が白金に聞いた。

ビールを飲み始めてまだそんなに時間は経っていないが、明神の頬がほんのり赤くなっている。

「そうだねえ〜……じゃさ。冬悟クンは姫乃ちゃんのどこが好き?」

「あ?」

明神は手を止めて皿に串を置いた。

ちょいちょいとお手拭きで指を拭うと腕を組んで考える。

「えーっとだな……やっぱあの、笑顔、とか」

「顔が好き?」

「いや、顔とかじゃなくってだな。性格も……明るいし、一緒にいたら元気になれるだろ?そんで、やっぱ一番は支えになってくれるっつーか……うん。一度、ガツーんと叱られたっていうか、喝入れられた事があってさ。そんなのもデカイかな……」

「じゃあ、性格が好き?」

「や、性格だけじゃない……そりゃ、可愛いってのも、あるけど」

「要約すると?」

明神は、サングラスの向こう側で笑っている白金に対してムッと口を尖らせた。

この先、言葉を発するとしたら一つしかない。

その言葉に辿り着く様に、誘導尋問された気分になったのだ。

「……全部好き」

良く出来ました、と言わんばかりに白金が笑う。

「なあんだ。じゃあ、オレと一緒だね☆」

笑う白金に明神は頬杖ついて眉をしかめて肩をいからせた。

相手の思うがまま会話を進められるのが気にくわない。

「なあんか、オマエってさあ。こう、遠まわしにねちっこいって言うか、頭いいんだな〜コイツ、みたいなオーラがバンバン出てるよな」

「あっはっは。もっと褒めたまへ」

「褒めてねェ」

文句を言いながら食事を再開する明神。

「澪ちゃんってさ、シャイというかウブというか、ピュアだろ?」

「何か……間違っちゃいないがその単語を並べると全く別人を想像するぞ」

「姫乃ちゃんみたいに、好きなもの好きな事を好きだってはっきり言えないから、こっちが「澪ちゃんコレ好きでしょ?」って誘導してあげないといけないんだ」

「面倒臭ェな」

「そうでもないよ。慣れてくるとね、逆に楽しみが増えてくる」

「……例えば?」

「澪ちゃん、結構ナイーブだから仕事の前はあんまり電話かけない様にしてるんだ。でも、仕事の後は違う」

「ほー」

「でも、仕事が終った後直ぐは疲れてるから、電話はしない。一日経って、疲れがとれた後に連絡するんだ。そうしたら電話に出てくれる」

「……ほー」

「声が元気そうで何か話したい事がありそうな時は、食事に誘う。話が愚痴とか勢いがありそうな時は居酒屋で、もう少し落ち着いた、真剣な話っぽいな〜と思ったら三ツ星レストランの個室ってな感じで誘う場所を変えるんだ」

「ほ、ほォー……」

「その時の澪ちゃんの服装にも注目ね☆レストランに誘った時、プレゼントしたワンピース着て来てくれた時はかなり長く話をしたい時。その日は朝の三時までドライブもアリのコース。適当にいつも通りのカッコで来たらこの後行きたい場所があるかもしれないから、話を聞た後家まで送ってあげるんだ。でさ、そうする内に、逆に仕事の後に澪ちゃんから電話がかかって来る様になったんだ」

明神は白金の話を聞きながら、感心するより唖然とした。

自分には到底真似できそうにない、緻密なやり取りだ。

姫乃に対してそこまで細かく気を使った事はない。

あっても「今日はしんどそうだな〜」とか「あ、今機嫌悪そうだな」という一般的な程度。

声色の違い位はまあわかるとしても、それによってこちらの対応を大幅に変える事はないし、そこまで気がまわらない。

「……アレ、何口開けっ放しでボーっとしてんの冬悟クン。酔っ払った?」

「……いや、何かオマエスゲえなと思って」

「あっはっは☆こんなの序の口だよ」

「そうかァ?」

「まあ、ホントはね」

ジョッキを掴んでいた手を離し、その手を眺める白金。

「お疲れって、いつか頭をね。撫でてあげたいと思うんだ。昔、誰かさんがしてたみたいに」

「誰かさん?」

明神を真っ直ぐ見返した白金が、返事の代わりに頷いた。

薄暗い部屋の中、サングラスの中を窺う事は出来ない。

その誰かさんに思い当たる人物は一人だけ。

「ま、その内ね」

それ以上の追求は避ける様に、白金は笑って話をはぐらかした。

長い指で串を掴むと本格的に食事を開始する。

明神は自分用にキープしていたその店で一番高い串を白金に一本差し出した。

「えー、何コレ。哀れまれちゃった?オレ」

「いや、苦労してんなと思って。オレの方は随分……ひめのんに甘えてるから」

「ふーん。じゃ、まあ遠慮なく」

手渡された串を、白金はぺロリと平らげた。







待ち合わせた時間は夜の九時で、今は十二時になっている。

随分話し込んだものだと帰り道をフラフラ歩きながら明神は思った。

白金と話しをして、色々と忘れていた事を思い出した気がした。

思い出した事というより、意識しなくなった事を意識する様になった。

例えば今、十二時を回っているというのにうたかた荘の玄関とリビングに電気が点いていたり、

「あ、お帰り明神さん!」

「……今日は待ってなくて大丈夫って言っただろ〜、ひめのん。プラチナと飲みに行ってただけなんだから」

「んー……そうなんだけど。帰って来ないとそわそわしてなかなか寝付けないし、アパートなんだから、やっぱり管理人さんがいないとね」

手にした暖かいココアをふうふうしながら姫乃が笑う。

姫乃の手からココアを取り上げテーブルに置くと、明神は姫乃に抱きついた。

「お、うわ!」

覆いかぶさる様に抱きついて、少し体重をかける。

姫乃は文句も言わず、両足を踏ん張ってそれに耐え、明神の背中に細い腕を伸ばした。

「明神さーん。酔っ払ってる?」

「……少し。ちょっと、いい気分」

「あはは。ホントだお酒臭い」

「臭いとか、言うなー」

抱きついたまま、ほお擦りすると姫乃がくすぐったそうに肩を竦めて笑った。

「明日学校?」

「うん。そうだよ」

「じゃあ、早く寝ないとな」

「うん」

「……」

「…………明神さん。手、離さないと寝れないよ?」

「うん」

うんと言いながら、明神の手は離れない。

またからかわれているんだな、と姫乃が考えて腕に力を込めて引き離そうとするけれどぴくりとも動かない。

「ひめのん、もうちょっと……このままでもいい?」

「……うん、いいよ」

始めはからかわれているんだと思ったけれど、どうも違うらしいと姫乃は判断した。

何を白金と話をしたかはわからないけれど、今は甘えたい気分らしい。

抱きしめていた手で、明神の背中をポンポンと撫でる。

「ひめのん、もうちょっと体重かけていい?」

「うーん、いいよ。うっ」

「ひめのん、頭撫でていい?」

「うん、いいよ」

「……ひめのん、いつもありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」


あとがき
リアル鬼ごっこの後日談なのですが、酷い目にあった明神さんにフォローを入れてみました。
明姫とプラ澪の温度差とかが書きたかったんですが…。
明神さんが普段ひめのんにしてる事が、プラチナには物凄く大変な作業だったりしそうとかの話でした。
2008.02.18

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