いちごちょこ甘ずっぱ風味
「はい、これ」
と、手渡された任○堂DS大の箱を夜科アゲハはまじまじと見つめた。
自分の目が信じられない。
今目の前に起こっている事は本当に現実だろうか。
２月１４日バレンタインデー。
授業中に桜子からテレパシーで「放課後屋上へ」とのメッセージを受け取ったアゲハは、時期とタイミングから考えて想像できるありとあらゆる妄想を授業中に繰り広げていた。
妄想は妄想、現実は現実。
現実が厳しい事も自覚してあまり過度の期待は寄せない様にしていたのだが……。
屋上にアゲハが向かうと桜子は先にあがっていて、晴れた空の下くるりと振り返ったのだ。
スカートがひらりと揺れるのが何故か印象的で、アゲハにはスローモーションの様にゆっくりと見えた。
そして真剣な……どこか不機嫌そうな顔をした雨宮がおもむろに、突然ピンク色の箱をアゲハの目の前に突きつけたのだ。
「あ、雨宮……これは……」
「見たらわかるでしょ？」
箱は可愛い包み紙とリボンで綺麗にラッピングされている。
どこからどう見ても「バレンタインデーのチョコレート」だった。
「お、おおおおおおおお。雨宮がオレにバレンタインのチョコを……雨宮がオレにチョコを、チョコを、チョコを」
あまりの嬉しさに、チョコの箱を天にかざすアゲハ。
そのオーバーなリアクションにどう対応して良いかわからずとりあえず桜子はアゲハの頬を抓った。
「五月蝿いわね！！ いいから早く開けなさいよ！」
「あ、オウ。ハイいててててはい」
チョコレートを貰ったのが産まれて始めてという事はない。
今年も豊作とはいえないけれど、義理らしいチョコをクラスメイトから幾つか頂いた。
けれど、くれて欲しい人から貰える可能性はかなり低いのではないかとアゲハは考える。
「な、何か照れるな。こういうの」
「何言ってんの。鞄に二つ、入ってるじゃない。良かったわねモテて」
「バーカ。そりゃオレ様ともなれば」
「義理の一つや二つや三つ、ってとこかしら」
「……」
なにやらむすっとした桜子を横目に、これ以上の強がりはやめて箱を開く作業に専念する。
桜子の真意はわからずとも、アゲハからすれば受け取り手としての本命チョコとなる訳で、貰ってそのまま鞄に突っ込んだチョコたちとは存在感が違う。
何よりアゲハを心躍らせたのは、ラッピングがどうも桜子の手によってされたらしい事だった。
リボンをほどき、紙のつつみを丁寧に剥がす。
普段のアゲハなら包み紙をビリビリに破いてしまいそうなものだが、何だか不機嫌そうな桜子の手前、そんな無作法な事をしたら怒らせてしまいそうだったのだ。
セロハンテープを剥がす作業が無駄に緊張した。
箱を開けると、中には一口大のチョコレートが六つ入っていた。
「おお」
「何？」
「手作り？」
「……一応ね」
「食っていい？」
「いいわよ」
「じゃ、お邪魔します……」
粒を口に放り込む。
噛むと、想像したより甘酸っぱかった。
「お。イチゴ」
「……うん」
そこで桜子は頬を赤らめる。
「ねえ、夜科」
「お、おう？」
桜子がもじもじと……アゲハを見る。
アゲハがたじろいだ。
「お願いがあるんだけど……」
「お……おう」
アゲハの脳内で、ぶわっと、一気に授業中に一通り繰り広げられた妄想が広がった。
桜子の手がス、と伸び、箱にそえられたアゲハの手に重ねなれる。
アゲハの時が止まる。
「あのね、あの……」
「は、はい」
「あげといて、こんな事言いたくないんだけど……一個食べていい？」
「はい？」
「だから、コレ。一個私が食べていい？」
アゲハの中で、期待という名の風船が膨らんで萎んだ。
ドキドキしていた心臓にブレーキがかかる。
いや、まだ手は重ねられたままなので嬉しい状態であると言えばあるのだが、期待はずれもいいところでげんなりする。
「食えよ。一個でも二個でも三個でもよ」
半ばヤケクソ気味に言うと、桜子は本当に嬉しそうに笑ってチョコを一つ頬張った。
そういえば以前イチゴが好きだと言っていた様な気はするが、ここまで好きだとは。
「……なんだよ。自分が食いてーから作ったのかァ？」
二つ目を手にした雨宮に呟くと、雨宮はびくりと肩を震わせた。
食い意地がはってると思われるのは恥かしいらしい、全力で首を振って違うというアピールをする。
「そういう訳じゃないんだけど……私、夜科の好きなもの知らないんだもん。昨日何作ろうか考えて……わからなかったから自分の好きな物にしたの」
「したの・じゃねーよっ！ 聞けばいいだろメールとかでよ」
食って掛かるアゲハに桜子はさすがに悪い気がしたのかゴメンと素直に謝る。
「聞くのがめんどくさかった訳じゃないの」
「めんどくさかったのかよ！！」
「違うって言ってるでしょ？」
「あーあーどうせ面倒臭いですよ〜。雨宮は義理チョコ一つ作るのも面倒なんだけど、あげないと可哀想だっつーんで仕方ねーから作ったんだよな〜。あ〜ガキの頃にもクラスメイト全員に配ってたもんなァ雨宮さんは」
ついにアゲハが拗ねた。
座り込んで拗ねるアゲハの背中を蹴っ飛ばしてしまいたい衝動に駆られたが、悪いのはこちらと思ったのか桜子は一つ深呼吸、自分を落ち着かせる。
……別に本当にめんどくさかった訳ではなかった。
バレンタインデーのチョコレートを今から作るんだけど何が好きなのか、なんて恥かしくて聞けなかった。
その葛藤や、ここにいたるまでクラスメイトからチョコレートを貰ってデレデレと喜ぶアゲハを見て……どれ程自分が苛ついていたのか気付きもしない鈍感の方が罪だと桜子は思ったのだ。
けれど今日は２月１４日。
ぐっと我慢でアゲハに合わせる事にした。
あぐらをかいて座るアゲハの隣にスカートを押さえてしゃがむと、横からアゲハの顔を覗きこむ。
プイと顔を反らすアゲハ。
思わず拳を握り……それを解く桜子。
「じゃあ、今聞くわよ……夜科は何が好きなの？」
「雨宮」
「え？」
ぴう、と屋上に風がふいた。
思わず言ってしまった男と、その言葉の意味を理解しかねる女。
「何？」
桜子が聞き返す。
「だから……あ、雨宮」
「はい。だから何？ ってば」
「……そっちじゃねーよ」
アゲハが膝を抱え、頭を抱えた。
桜子がその様子を見て「ん？」と止まる。
「え？ あ……あ、そっち？ あ、こっち……？」
言いながら、桜子の表情がクルクル変わる。
「え……そ、そう、そっち」
「あ、こっち。そう……え、そっちってどっち？」
二人が二人で混乱する。
顔を赤らめて口をパクパクさせ、手振り身振りでバタバタする。
「だからっ……オレがすきなものが……」
「食べ物を答えてよ」
「はい、えーっとカレー」
「チョコに出来ないでしょ？」
ふっと桜子が笑った。
「何だよ……あーもう！」
アゲハは座ったまま足をばたつかせ、髪をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「ふふ……あはは」
「そうやって……オレで遊ぶんな、オマエ」
「遊んでない。私だって真剣」
「どこが。もっと真面目になれ、真面目に」
アゲハがそっと桜子に手を伸ばした。
桜子の手に、自分の手を重ねる。
桜子の目を見てイエスかノーかを確かめる。
答えはどちらでもない。
でも駄目でもない。
アゲハはもう片方の手を桜子の頬にそえた。
アゲハはもう一度桜子の目を見た。
桜子の顔が、体一つ分後ろに下がった。
アゲハは重ねていた手を離した。
まだ、この距離。
「いつか絶対、首を縦に振ってもらうかんな」
「頑張って」
「オマエも頑張るの！！」
桜子がまた少し、寂しそうに笑った。
アゲハは箱に残された後二つのチョコを、二つ同時に頬張った。
あとがき
はい、がっつり夜桜バレンタイン話です。タイトルは思いつかなかったので苦し紛れ。
もっと短いちょっとした話にする予定だったのですが、気が付いたらこんな感じに。
まだオフィシャルで夜→←桜が確定していないので（というか、雨宮さんがまだ完璧に落ちてないので）どうしても普通のハッピーエンドが書けませんでした。
かといって桜子さんグーパンチ制裁ネタにも出来ず。
桜子さんの、あの好きと馬鹿の間のニュアンスが凄く微妙で難しいけどそこが好きだったりします。
オチで悩みすぎました。BGMはエンドレスでモ○ピッタン。ぴたたん。
本誌でバレンタイン見たかったー！！
２００９．０２．１４