いたいのいたいの
顔は全く変わらないのに足だけひょこ、ひょこと引き摺っている姿が目に止まり、何で今まで気付かなかったのかと思った。
表情だ。
気にしてないのか気付いていないのかわからないが、怪我をしている部分と本人自身が連動していないのだ。
とにかく気になるので先を歩く朧を更に見送って速度を落とし、後ろを歩く雨宮に歩幅を合わせた。
隣で歩いてしばし声をかけるタイミングを待つ。
背の高い飛龍からだと雨宮の顔はかなり上から斜めに見下ろす形になる。
頭の天辺から頬が少し見えるかな、という程度でこの角度からだと表情が窺えない。
「あー……雨宮、ソレ痛くないか?」
「え?」
指摘され、指までさされて始めて雨宮は自分が膝を擦り剥いている事に気が付いた。
先ほどの戦闘で負った傷なのかその前からあったのかもう思い出せないが、そういえば痛い気がしていた。
「気付かなかったわ。それどころじゃなかったし」
「平気か? 足引きずってるだろ」
「よく見てるのね」
「そりゃあ……」
心配したし、と言いかけて言えずにいると、雨宮が少し笑う。
「ありがとう。心配してくれて」
「いや」
上手い返事が出来ず、飛龍が微妙な顔をした。
一瞬心を読まれたかと思ったが、今雨宮はPSI を使ってはいないしそんな気配もない。
飛龍は口下手な自分と表情を読まれた隙のある自分に、オレも大した事ないなと深いため息をついた。
「そういうのほっとくのよくないぞ」
「ええ。帰ったら治すわ」
「そうじゃなくて……あんまり無茶するなよ」
「わかったわ」
すたすたと歩く雨宮の歩調は先ほど無意識にしていた様に足を引きずらなくなった。
気持ちが引き締まったのか痛いと思っているのを気にされないようにしているのかわからないが、飛龍にはそれがひっかかる。
「……そうでもなくて。朧に治してもらえ」
「嫌」
「何で……あ」
雨宮が朧にギュッとされている姿を想像し、飛龍は止まった。
傷は早く治してもらいたいが、あまり見たい光景ではない。
また、どう考えても自分がそうするより絵になりそうな事に腹が立った。
「じゃ、じゃあハンカチかなんかで……」
「ホントに平気だから。軽い擦り傷よ? 大丈夫、構わないで」
「……おう」
スパンと切られた。
そう感じて飛龍は黙り、頭の中でぐるぐる考える。
ちょっと上から言う感じになりすぎたか……いやしつこく言いすぎたのが駄目だったのかもしれん。
大体朧に治してもらえっていうのも考えなしだったな、まあだが構わないではないんじゃないか?
ああだがハンカチか何かで……っていうのも駄目だよな、オレが持ってて渡してあげれたら良かったのかもしれん。
いや最悪今現在隣で歩いている事にもウザイと思ってるかもしれない。
ええと……先に行くぞとか言った方がいいのか??
黙り込んで悶々と考えていると、雨宮が飛龍を見上げて袖をくいと引いた。
「ど、どうかしたか?」
「ありがとう」
「ん?」
「そういえば言いそびれたなと思って。こっちの世界で初めて会ったとき、おんぶして運んでくれたでしょ?」
「あ、ああ……」
そんな事もあったな、と飛龍は思い出した。
あの時は雨宮があの雨宮桜子だとは思い出せずにいた。
惜しい事をしたと今なら思う。
先に「朝河君でしょ?」と聞かれた時気付いていれば、もう少し格好もついたかもしれない。
姿形が大きく変わったのはこちらで、それにいち早く気付いたのは雨宮だったのだから。
「……ガキの頃は、オレがおんぶしてもらった事もあったな」
「あったね。体育で転んで怪我して泣いてたの。ふふ、男の子なのに軽いんだもん、私でも担げちゃった。保健室まではちょっと遠かったけどね」
雨宮が笑い、飛龍はじわっと心が温かくなるのを感じた。
「朝河君怪我だらけだし、また私がおんぶしてあげようか?」
「いやムリだろさすがに」
「ライズ使えば簡単よ」
「遠慮する」
「でも良く覚えてたね」
「忘れられるか! あの後夜科にからかわれて大変だったんだ。女子におんぶされてやんのってな……思い出したらムカついてきた」
「あはは」
雨宮が声を出して笑った。
自分にも出来るんだと飛龍は心なしか前向きな気持ちになった。
ごつっとした手で雨宮の頭をなでる。
「何?」
「いたいのいたいの、とんでけ」
「え?」
「い、いたいの……何でもねぇ」
言った後猛烈に恥かしくなった。
雨宮の視線が突き刺さる。
慌てて手を離し、しどろもどろになりながら言い訳を開始する。
「っとだな、これもあの時雨宮がオレにした事でな……」
「覚えてる」
「そ、そうか。よかった」
「ありがとう」
「その……あんまり、無茶するなよ」
「ええ」
「痛いときは、もうちょっと痛いって言えよ」
「その方が普通の人間らしいから?」
「……そうじゃねぇよ」
「……うん。そうよね、ごめん」
謝らせてしまい、飛龍はまた黙る。
いい加減自分のこういう性格が嫌になった。
もっと楽しい、前向きな話にポンポン持っていけたらと思い、そういう時浮かぶアゲハのバカ面に無性に腹が立ち、羨ましくも思った。
「おい!」
朧の声がした。
我にかえり走り出す飛龍と雨宮。
雷を纏った巨大な塊が、辺り一体を無差別に攻撃している姿が眼前に広がっている。
こっちが現実。
飛龍は何かを思い知らされる気持ちでそれを見た。
普通に暮らす毎日や懐かしい思い出をあざ笑うかの様な光景。
塊の中心にドルキ、それと戦うアゲハ。
飛龍は良く泣いていたけれど無邪気でいられたあの頃に戻りたいとまでは思わなかったが、無くなってしまったものを取り戻したいと切に願った。
あとがき
ずっと前にほぼ完成させていたけれどアップしてなかった話です。
ドルキ戦途中だったりなかったり。
飛龍と桜子もかなりかなり好きなんですが…。どうしても報われない感じが拭えません(笑)
2009.02.06