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あれ、冬悟じゃね?

声をかけられて明神は振り返った。

今日は特に仕事もなかったので、ブラっと買いものに出て、ついでに姫乃を学校の近くま で迎えに行こう…あくまでついでに。

と、考え、学校付近を徘徊している所だっ た。

自分の事を「冬悟」と呼ぶ人間はこの世に数える程もいない。

というかほぼいない。

それなのに自分を冬悟と呼ぶ相手。

振り返り、サングラスごしに自分を呼び掛けた相手を見る。

自分より大分年上だが、十味程まではいっていない。

三十代仲ば辺りの男性。

愛想良く笑っているが明神には全く心当たりはなかった。

「えーっと、ドチラサマで・・・?」

こういう質問は気まずいものだが、冬悟と呼んだこの相手の正体が解らない為、声は固いものになる。

しかし相手はそれを気にする事なくはははと笑って答えた。

「ひでーな。覚えてない?カワサキ。川崎亮。」

あっ、と明神は声をあげた。

確かに、良く見れば面影がある。

遠縁の「川崎」家の息子。

幼い頃は一人で納屋に篭っていたし、中学、高校になると陰魄に喧嘩売る毎日だったので「家族」と顔を合わせる事も殆んどなかった。

過去の思い出が一瞬にしてフィードバックする。

「お久しぶりです。」

笑ってみせたが、やや苦い笑顔になった。




学校が終り、姫乃は帰路をエージと歩いていた。

「今日、数学で抜き打ちテストがあってさ〜。先生も酷いよね。先に言ってくれたらいいのに。」

「学生だろ?普段からやっとけば問題ねーんじゃねーの?」

「むっ!それはそうだけど、何かエージ君に言われると腹立つ!」

「何だよそれ…。あれ、明神じゃね?」

え?と姫乃がエージの視線を追うと、確かに明神の姿があった。

「本当だ。何してるんだろ。」

おおかたヒメノを迎えに来たんだろうとエージは思ったが、知らない男性が一緒にいて何やら話をしている。

「ねえエージ君、あの人知ってる?」

「いや、知らね。」

談笑しているようで一見全く問題はないのだが、姫乃は明神の表情が気になった。


辛い事を隠すときにする様な表情。

「…ねえ、エージ君。先に家に帰ってて貰っていいかな?」

「ああ?何で。」

「うーん。何か気になるから声かけてくる。遅くなる様だったらアズミちゃん寂しがるだろうし。」

「明神も子供じゃねェんだから」とも思ったが、ヒメノの心配そうな表情を見たら何も言えなくなる。

「わかった。早く帰れよ。」

ヒメノに背を向けうたかた荘へと向かう。

先ほどより少し歩調は早い。

さっさと帰ろう。

「心配性なのはアホグラサンだけじゃねェのな…。」

そう呟いて、エージは影の伸びない自分の足元を見つめた。




「明神さん!」

今度は聞きなれた声が聞きなれた名前で自分を呼んだ。

振り返らなくても誰か解る声に明神は少し安心する。

「あれ、ひめのん今帰り?」

「うん。えーっと…。」

姫乃はちらりと川崎の方に目を向けた。

「ああ、この人は川崎さん。オレが昔お世話になってた家の息子さんだよ。」

「あ。」

姫乃はハセと戦った時に明神から聞いた過去の話を思い出す。

(だから少し困った顔をしていたんだ。)

直ぐに納得できた。

「こちらウチのアパートの住人。桶川姫乃さん。」

「こ、こんにちわ!」

紹介されるまで挨拶を忘れていた。

慌ててお辞儀をする姫乃。

そんな姫乃を見て川崎は微笑む。

「冬悟〜。お前羨ましいな!こんな可愛い子が自分のアパートにいるのか!」

「やっはっは。そうは言ってもアパートはボロいし、経営はギリギリなんスけどね〜。」

姫乃は二人を見比べる。

冬悟。

知ってはいるけど聞きなれていない名前。

笑ってはいるけど、どこか気を使っているような明神。

「なあ、せっかくだし今から飲みに行かねえ?アパート経営ってんなら別に時間がどうってのはないだろ?」

うーん…と考え、川崎から目線を外す明神。

ぽりぽりと頭を掻いて、ちらりと姫乃に目線を写す。

ちょうど明神の方を見ていた姫乃と視線がぶつかる。

何か…救いを求めてる?

「何ならその子も一緒に。姫乃ちゃんだっけ。おっさん二人より花がある方が酒も進むし。」

「いやいや、オレまだおっさんじゃないっスよ。それにひめのん未成年だしなあ。」

言葉を選び選び、ゆっくりと口を開く明神。

姫乃が、ピ、と手を挙げた。

「えっと、明神さんが行くなら私も行くよ!お酒は飲まなかったらいいよね。」

その言葉に川崎がおお!と歓声を上げる。

少し困った様な、でも嬉しい様な顔をする明神に姫乃はこっそり。

「アズミちゃんならエージ君に見てもらってるから」

と耳打ちした。





最後に顔を合わせたのはおっさんがオレを引き取ると川崎家に挨拶に行った時だった。

突然の事だからもちろんびっくりしていたが、正直お互いに疲れていたのでオレが明神の元へ行く事をあっさりと承諾した。

今目の前にいるこの人が、あの時どんな顔をしてオレを見ていたのか。

オレは目を背けていたからわからなかった。





適当に店を選ぶと席をとって、とりあえず注文を済ませた。

料理や飲み物が運ばれて来るまでは管理人としての明神の話や、川崎が今どうしているか等の話をした。

明神のことを話すのは、殆ど姫乃だったけれど。

「それで、毎月毎月水道が止められないか本当に心配なんですよ。」

「すげーアパートだな!おい冬悟!住人にこんな心配されてていいのか!?」

「新しい入居者は来ないし、改装する金もないから現状維持で精一杯なんだよ。」

笑い声が店内に響く。

暫くすると料理が運ばれてきて、酒も進んだ。

大人二人は酒が入れば入る程、どんどん陽気になっていく。

今まで控え目に話をしていた明神も、だんだんと口を開き始めた。

「それで、俺んとこの女房なんかよ…。」

「ガス代と電気代が払えなくて…。」

打ち解けて話をするのはいいけれど、どうしてこう大人はお酒が入ると愚痴で意気投合するのか。

心配して付いて来たけれども、明神はすっかりいつもの笑顔で上機嫌になっている。

心配しすぎたかな…。

明神さんが心細そうに見えたから。

まあでもこんなに楽しそうにしているんだから、よかったよね。

姫乃は少し笑い、ジュースを一口飲んだ。

すると、酔っ払った川崎が姫乃にべったりともたれかかった。

「はー。若い娘っていいなあ〜。俺、結婚し直そうかなあ〜。」

「うわわ!っちょっと!」

川崎の手が姫乃の肩に回される。

すかさず明神の右手が川崎の顔面を掴み、そのまま圧力をかける。

「川崎さん〜。ひめのんはウチのアイドルなんスから、お触り厳禁っスよ。」

「痛い!痛い!冬悟!アイアンクローはやめろ!頭骸骨ミシミシいってる!ミシミシいってる!!」

「わわ!明神さん!手!放して放して!!」

慌てて明神を止める姫乃。

「こっえー!!痛ってー!!あー、そうだそうだ!お前ってそんなヤツだった〜!!この元ヤン!姫乃ちゃん、こいつ今は良い大人って顔してるけど、昔は凄かったんだぞ〜。」

「あ、ちらっとだけ聞きました。明神さん不良だったんですか??」

「ちょっと川崎さん!!昔の話はナシで!!」

慌てた明神が川崎の口を押さえようと手を伸ばす。

その手を押さえるのは姫乃。

「私は聞きたいな〜。」

「ちょ、ひめのん!!」

「おお!姫乃ちゃんがそう言うなら仕方ないなあ〜。バラすぞ〜全部言ってやる〜。あのさ、コイツが中学の頃さあ、入学式で…。」

「っだあー!!!!」

笑いながら明神の過去を話す川崎。

その話をうんうんと聞き入る姫乃。

逆に、川崎の過去を暴露する明神。

三人は長い間、笑って、語り合った。






店を出ると、三人は出会った場所まで戻って来た。

「いやー。久々に美味い酒が飲めたよ。目の保養もできたし。」

頬を真っ赤にして川崎が言う。

「いや、こっちも・・・。」

「冬悟。」

言いかけた明神を川崎が止めた。

笑顔のままで。

「会えてよかったよ。」

「え?」

「あのヤクザみたいなおっさんがお前を引き取りに来た時さ、ああこりゃマズイ事になったのかなって思ったけど、違ったんだな。」

「ああ…。うん。」

「親父達や俺もさ、お前とうまくいってないのわかってたし正直ちょっとホッとしたけどさ、やっぱちょっと、心配だったから。」

川崎の目をじっと見る明神。

何かを言おうと思うけれど、言葉が出てこない。

喉元までせり上がって来る感情を、上手く言葉に出来ない。

暫く明神が黙っていると、川崎がふ、と息を吐いて、にかりと笑う。

「じゃあ、元気でな!またいつか暇んなったら家来いよ!」

くるりと背を向けて歩き出す。

その背中に。

「あ、あの、ありがとう。ありがとう!」

やっと言えた。

少し驚いた顔をして振り返った川崎は、おどけた様に跳ねると笑って去っていった。




「面白い人だったね。」

うたかた荘への帰り道を暫く無言で歩いていたけれど、姫乃が先に口を開いた。

「そうだな。」

「あー、お腹いっぱい!食べすぎちゃった!」

「ひめのん。」

「何?」

「来てくれて、ありがとな。」

ちょっと俯いて、照れくさそうに明神が言った。

「え!いいよそんなの!私、ご飯食べさせて貰っただけだし!」

「行って良かった。一人だったら多分断ってた。」

「…そっか。」

また無言で歩く。

少し進むと、姫乃が何か思いついた様に言った。

「ねえ、明神さん。」

「なんですか?オケガワさん。」

「あのね、うたかた荘に着くまでの間、明神さんを冬悟さんって言っていい?」

いきなりの提案にはい?という表情をする明神。

「嫌かな。」

「いいけど…。どしたの急に。」

「何となく、川崎さんが冬悟って言ってたから私も呼んでみたくなったの。いい?」

姫乃が明神を真っ直ぐ見る。

明神も、姫乃と目を合わせ、口を開いた。

「…いいよ。」

「じゃあ、冬悟さん。」

「はい。」

「冬悟さーん。」

「はいはい。」

「冬悟さん。」

「何デスカ。」

どちらともなく手を繋ぐ。

「冬悟さん。」

「あいよ。」

「冬悟…くん。」

「くんはやめよう。」

「わかった。冬悟さん」

「姫乃。」

「とうごー。」

「ひめのんー。」

笑いながら家路につく。

もう辺りは真っ暗で、空には一面の星々。

今だけはあの頃に戻った様な気持ちで、あの頃の自分のつもりで。

うたかた荘まであと少し。


あとがき
最後はやっぱりバカップルかい・・・!!
川崎さんに関しましては全くの妄想から出来上がった人物なので、こんなの違う!という方がいましたらすみません・・・。
明神は過去は振り切っていますが、あの家の人たちとはどうなんだろう、と思って書きました。
実はけっこういい人だったらいいなあとか。
ひめのんに同行求める辺りは駄目な大人明神・・・!
2006.10.05
2007.05.30修正

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