HOLIDAY
「おめでとうございます!!」
ガランガラン、と鐘の音が鳴り、姫乃は驚きで一瞬ポカンと口をあけた。
「出ました!一等賞ペア温泉旅行!!」
まじまじと、自分が出したクジの金色の玉を見つめ、少しづつ色んな事を理解する。
「や、やったー!!」
買い物袋を放り投げて姫乃は喜んだ。
「ただいま!明神さん!明神さん!明神さん!!」
玄関を駆け上がり、そのまま管理人室のドアをガンガンと叩く。
昨晩遅くまで仕事だった明神は眠そうな顔をしてのっそりと出てくる。
「…どしたん、ひめの…ん?」
言い終わる前に、ズイッと目の前に旅行券を差し出す姫乃。
「当たっちゃった!ペア温泉宿泊券!!今度の連休で一緒にいこう!」
なぬ?
と目の前に差し出された紙を奪ってまじまじと見つめる明神。
確かにそこには「咲良山商店街福引一等賞、ペア温泉旅行宿泊券」と書かれている。
「お、温泉!?タダ!?…ペア!!?」
むあっと色んな想像が頭をよぎったけれど
「五人で行ってもバレないよね。二人部屋みたいだけど、五人で泊まったら狭いかな?でも三人は子供だし何とかなるよね!」
グッと親指を立てて勝ち誇った笑顔の姫乃。
あ、やっぱし。
頭の中で湧き出た妄想をグイグイと押しやると、明神はじゃあ、今度の休みに。と言った。
そして待ちに待った連休。
朝からうたかた荘を出発した面々は、電車に乗り込んだ。
「こういう旅行って始めてかも!旅館の人、本当は五人ですって言ったらびっくりするかな?」
列車に揺られながら、姫乃は上機嫌。
アズミもはしゃいであちこち走り回り、それをエージが追いかける。
「せっかくの温泉旅行…。貴様はいらん。明神。」
ピコピコハンマーで明神の頭を叩くガク。
「テメエ…オレがいるから行けるって事忘れんなよ。ペア旅行なんだよ!」
「まあまあ…せっかくの旅行なんだし、仲良くいこ!ね。」
「はいv」
四人がけの椅子にはたから見たら明神と姫乃二人が座っているのだが、この二人が何故か空いている前の座席に話しかけ続けるので他の乗客がその席に座る事が出来なかったのは余談である。
目的の駅に着き電車を降り、バスで揺られる事30分。やっと旅館に到着した。
少し古いけれど立派な建物で、一同「おおー」と歓声を上げる。
「いらっしゃいませ。」
綺麗な着物を着た女性が明神達を迎えてくれた。
早速受け付けを済ませ、部屋へと向かう。
大柄で黒いコートにサングラスの白髪男に、まだ若い小さな可愛らしい女の子。
部屋へ向かう明神と姫乃を見比べて、女中達は大喜びで噂する。
「年齢は…けっこう離れてるわよね?どういった仲なんだろ。」
「兄妹?まさか親子はないよね??」
「年の差カップルと見せかけて、本当は大学の同級生カップル。」
「「「ないない!!!」」」
「ふあっくしょい!!!」
豪快なくしゃみをすると浴衣に着替えた明神がブルブルと体を震わせた。
「風邪?」
「んや、多分そうじゃないと思うんだけど…。」
「早く温泉に浸かってきたら?私アズミちゃんと行ってくるね。」
「うーい。」
広いお風呂がよっぽど嬉しいのか、早々と姫乃はアズミと一緒に駆け足で浴場へ向かった。
浴衣をはたはたと揺らしながら走り去って行く姿を眺めながら、子供だなあ、としみじみ思う。
案内された部屋は二人部屋なのでさほど大きくはないけれど綺麗な造りの和室。
壁には日本画が飾られ、その直ぐ下の床には色鮮やかな花が生けられて飾られている。
そしてその部屋に残されたのは男性陣。
「浴衣もいい…。」
ガクがぽつりと呟く。
「…お前ら、覗くなよ。」
「オレがそんな低俗な真似するか。馬鹿め。」
「オイラだって!」
「ヒメノぺったんこだからな〜。興味なし。」
…次の瞬間、明神とガクの拳が唸り、エージが空を飛んだ。
風呂から上がり食事を済ませると、今度は誰がどこで寝るかという問題になる。
布団は二つ。
これは生きた人間が使うとして。
「アズミはみょーじんとひめのの隣!」
まずアズミ。
「オイラどこでもいいけど。」
ツキタケ。
「えー。じゃあ何となくアズミの隣。(明神側)」
明神はガっとエージを捕まえるとそっと耳打ちする。
「こんな時はもう少し気を使うべきじゃねえのかな?エージ君。」
「さっきぶん殴ってくれたお礼だよ。」
「ぐ…。」
「じゃあオレひめのんのとな…」
「テメエは外で寝ろオオオオ!!!」
本日最終の喧嘩が始まった。
「ちょっと、二人とも大声だしたら駄目だって!」
姫乃が止めに入るもなかなか止まらない。
ガクも流石にここでハンマーを出したりはしないけれど殴り合い、蹴り合い、罵り合いと大層騒がしい。
ついに。
「二人とも!!正座っ!!!!」
鶴の一声が部屋に轟いた。
綺麗な和室に正座した明神とガク。
そして離れて何となく正座したエージとツキタケ。
そしてその様子をエージの隣できょろきょろしながら見ているアズミ。
そして正座した明神とガクの前に仁王立ちする姫乃。
不思議な光景だ。
「あのね、私この旅行すっごく楽しみにしてたんだよ。…家族旅行って行った事なかったから。」
言って、俯く姫乃。
「あ…。えっと。ごめん、ひめのん…。」
そうだった。
一番はしゃいでこの旅行を楽しみにしていたのは姫乃だった。
「ごめん。」
「ごめんなさい。」
明神もガクもペコリと頭を下げる。
それを聞いて、姫乃はぺたりと床に座る。
「…でも、一緒に来てくれてありがとう。こんなの初めて。すっごく嬉しい。すっごく楽しい。」
左手で明神の手を、右手で触れないけれどガクの手をそれぞれ握る。
「エージ君もツキタケ君もアズミちゃんもありがとう。」
部屋にまた笑顔が戻る。
結局就寝の配置は明神、エージ、アズミ、姫乃、ツキタケ、ガクとまあ平和的解決となった。
全員が寝静まった後、明神は手も届かない位置で幸せそうに眠っている姫乃を見つめた。
「家族旅行か…。」
何だか幸せな気持ちになる。
今日はここに来て良かった。
本当にそう思う。たとえ隣で眠れなくても。2人きりでなくても。
一泊の宿泊が終わってお土産なんかを買ってまたバスに乗り込む。
「また来ようね。」
帰りの電車の中で姫乃が言う。
また皆で。
今度は喧嘩しないでね?
全員が笑って頷く。
最高の休日。
余談だが、宿泊していた部屋を担当していた女中達の間で二人の事がまた話題になった。
「あのお客さん、微妙だったのよ。」
「微妙?何が?」
「布団がね、確かにくっつけて敷いて置いたのに、片付けに行ったらちょうど布団一枚分くらい離れて敷かれてたの。」
「…それは微妙ね。」
「でしょ?……家出少女と誘拐犯。」
「兄妹だけど、妹がお年頃で兄を嫌がっている。」
「恋人同士だけど男の方に度胸がない。」
「「「それだ!!!」」」
「ふあっくしょい!!!」
…帰宅途中の電車の中で、明神の盛大なくしゃみが響き渡った。
あとがき
女中さん達のやりとりが書きたくて書いた気がします(笑)
せっかくの連休なので、うたかた荘の面子だけでも旅行へ…!!
何だかこんなのんびりした旅行とか、本編であったら面白そうと思ったんです。
2006.11.05