ひとりごと

それはいつものうたかた荘。

いつもと同じ、午後のひととき。

案内屋としての仕事を終え、家に帰ってくると繰り広げられている毎日の光景。

学校から戻った姫乃に、いつもの様にガクが付きまとっている。

「ひめのん、愛してる」

「うん。じゃあ私ご飯の支度するから、ね?」

「わかった。じゃあ散歩してくる。行くぞツキタケ」

いつものやりとり。

ヒメノも初めは嫌がったりひいたりしたもんだが、慣れとは恐ろしいもので今ではこの調子だ。

(ひめのん、愛してる。)

思えば初めは良かった。

何事かと怯える姫乃を助ける管理人のポジションでガクを殴ってしまえば事は済んだ。

だが幾度かの戦いを経て、二人の間にはしっかりと家族?友情?とにかく何らかの絆が生まれている。

信頼関係というやつだ。

これではあの「愛の告白」を強制的に止める事が出来ない。

姫乃がもっと嫌がっていればやりようはあるのに。

信頼関係と言うならもちろん俺だって姫乃に信頼されている・・・と思う。

もちろん、そんなヨコシマな考えがあって彼女を守って戦った訳では決してないが。

ガクの奴とオレとでは決定的に違う点がある。

「あ、おかえりなさい。明神さん。今日は早かったんだ。」

ガクとの会話を終え、こちらに気が付いた姫乃がオレに声をかける。

もう制服からいつものお気に入りの服に着替えていた。

「おう。ちゃっちゃと片付けて来たよ。」

「じゃあ今日のご飯、明神さんのも一緒に作っちゃうね。簡単なものだけどいいよね?」

「もちろん。ありがたいよ。」

「へへ。じゃあ出来たら呼ぶね。部屋で休んでて。」

「おーう。」

オレの返事を聞くと姫乃はにっこり笑い、くるりと踵を返し台所へと向かう。

アズミとエージの姿が見えないが、公園にでも行っているのだろうか。

オレは管理人室に入り、万年床にどさっと腰を下ろした。

「っはー。疲れた・・・。」

仕事は大した事はなかった。

近所のボロマンションに出るという雑魚陰魂をちゃっちゃと片づけた。

オレが疲れたのは

(ひめのん、愛してる。)

あの言葉だ。

ガクの奴はさらりとあんな事を言ってのける。

愛してる、だぞ!?

普段繊細で、Mr・ガラスのハートと言われているあいつが何であんなにポジティブ(ある意味では)に振舞えるのかオレにはとうてい理解できない。

コートを脱ぎ、埃っぽい布団にごろんと寝転がる。

ぼんやりと天井を見つめると、頭の中に何度も何度もあのシーンが繰り返される。

(ひめのん、愛してる。)

「・・・くそう。」

オレだって、言いたい。伝えたい。

だけど伝えた後どうなるか、それを考えたら恐ろしくて口に出せない。

今までと同じ様に接してくれるだろうか?

オレの気持ちに応えてくれるだろうか。

でも、もし気まずくでもなったりしたら・・・。

仕事から帰ってきて「おかえり」と迎えてくれる、あの瞬間が好きだった。

それがもし、壊れてしまったら・・・。

臆病者め。

チッと舌打ちをして布団を転がる。

窓から外を見ると、もうすっかり日は落ちている。

台所からはいい匂い。

腹もいい具合に減ってきた。

オレだって、言えるさ。

・・・彼女が目の前にいなければ。

「ひめのん、愛してる。」

オレはそっと、声に出してその言葉を言ってみた。

自分でも情けなくなるくらい、か細い声が己の口から発せられた。

あまりに気弱な自分に腹が立つ。

「ひめのん、愛してる。」

もう少し、大きな声で言ってみる。

これはただのひとりごとだ。

誰も聞いちゃいやしない。

そう自分に言い聞かせ、もう一度。

今度はもう少しはっきりと。

「ひめのん、愛してる。」

「え?」

・・・え?

首だけを起こし、ぐるりと管理人室の入り口を見ると・・・姫乃がそこにいた。

「え・・・?明神さん、今・・・。」

驚いた様な顔でこちらを見ている。

とっさに。

「なーんて。ガクの真似!似てた?」

「え?」

「どしたの、ひめのん。何か用?」

なるべく平静を保って、何でもなかった様に。

気付かれない様に。

ほら、笑えよ、オレ!

「あ、そっか。そうだよね。」

姫乃は何か考えて、下を向いたり、横を向いたり・・・。

どうしたのだろうか。

やはりばれてしまった?

口が渇いてくる。

このまま黙っていても気持ちだけが焦る。

何か言おうと口を開けた瞬間、姫乃がぱっと顔をあげた。

「晩御飯できたから、呼びに来たの。冷めちゃうから早く来てね!」

笑顔でそう言うと勢いよく台所に走っていく。

ばたばたと姫乃の足音が通り過ぎていく足音に比例して、オレの心臓はドクドクと必要以上に動きを早めていく。

「ご、ごまかせた・・・のかな。」

でも、何か、あの表情が。

「たっだいまー!」

「ただいまー!みょうじん!」

エージとアズミの声が響く。

考えかけた思考が全てその声で吹き飛んだ。

オレはのろりと腰を上げる。

まだ心臓の鼓動はおさまらない。

台所からは姫乃が作ってくれた飯のいい匂い。

彼女のいつもの笑顔。

そのいつもの笑顔を、オレは少し複雑な気持ちで眺めた。


あとがき

思ったより明神が超片思いな話になりました・・・。
小説第一号です。
あわわ・・・。
書き慣れていない感山のごとしですが、少しでも楽しんで貰えたら!
2006.09.27
2007.05.30修正

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