“秘密”の取り扱い注意
彼女は幽霊が見えるらしい。
そして彼女は幽霊と話が出来るらしい。
更に彼女の住んでいるアパートには幽霊が住んでいるらしい。
もいっちょ彼女の住んでいるアパートの管理人は、悪い幽霊を退治する仕事をしているらしい。
極めつけ彼女の住んでいるアパートの管理人は、彼女の彼氏らしい。
「ねえ、知ってる?」
暇な昼休み、教室で弁当をもそもそと食べていた私の耳に、聞こえてくる噂話。
私は腹の中で舌打ちして、席を立つ。
ぺちゃくちゃと喋っているクラスメイトの席まで一直線。
机に手をつき。
「ねえ、知りたいならコソコソしないで本人に聞けば?」
グイと顔を近づけて睨みつけてやると、何か口の中で言いながら目を逸らす女子二人。
フンだ。
今日は私は機嫌が悪い。
入学式、たまたま近くに居た桶川姫乃って子と、私は仲良くなった。
まあその子が変わった子で、もともと、あんまり他人とつるむのが好きでは無かった私が、何故だかすんなり仲良くなれた。
何というか、不思議な感じの子だったけれど、それが良かったのか。
必要以上には近づかず、かと言って遠慮する訳じゃない。
何というか、そう。
自然だった。
気が付いたら、私のパーソナルスペースにするりと入り込んでいた、って感じ。
頼りない感じがして、何だかほっとけないなと思うのに、意外としっかりしててこっちがびっくりする事が良くある。
例えば、そう。
今日だって無断欠席かましてる。
あんにゃろう、私がノートとってやらなきゃどうなってる事かと思いながらも、私は奴の分もせっせと授業を受け、二人分のプリントをまとめておく。
「ここ・要注意!チェックすべし」
こんなメモまで貼ってみる。
何というか、世話を焼きたくなってしまうのだ。
あの子は。
あの子っても同じ年なんだけどね。
その、彼女にまつわる噂話。
ただの噂話に過ぎないと思っていたけれど、実は全部本当だった。
さっきクラスメイトに言った様に、気になった私は本人に聞いた。
するとあいつはケロリと「うん。見えるよ〜。」と答えやがった全くもう。
真偽のホドは知りようも無いけれど、彼女の言う事を信じれば、彼女は幽霊が見えて、話せて、アパートにはわんさか気の良い幽霊が住んでいて、管理人も勿論、バッチリそっちの方面のお方だそうで。
ただ、姫乃はその明神さんが彼氏である、という事に関しては、目一杯否定した。
私と明神さんは、そんなんじゃないよと、まあ顔を真っ赤にして、恥じらいもじもじとそりゃ愛らしく。
「明神さん」
幾度と無く姫乃の口から耳にタコ出来るまで聞いた名前。
姫乃が目をキラキラさせながらその名前を口にする度、何となく私は面白くない気持ちになるのだ。
何度か見かけた事がある、その幽霊アパートの管理人。
時々学校付近に現れ、たまたま通りかかったからと姫乃を連れ去っていく、忘れもしないニヤケ顔。
白髪でノッポ。
収入ほぼ無し年中ゴロゴロ着たきり雀。(真夏でも黒いコート着てたよあの人!)
金も無きゃ甲斐性も勿論ないけれど、気持ちだけはてんこ盛りってまあ、確かに他人に紹介するには恥かしい…ってな訳じゃなくて、心底恥かしくて言い出せないだけなんだから恋は盲目ってやつなんだろう。
ぶっちゃけると、私はアイツがイマイチ気に入らない。
絶対アイツ元ヤンだし。
物腰とか目つきとか、見てわかるけど絶対堅気の人間じゃないって。
大体、定職にも就かず「管理人」なんて言って毎日ゴロゴロして。
見えない私からしたら「夜中にだけフラフラと、どこ遊びに行ってんだか知れたもんじゃない。だらしないったらありゃしない。」
って言ったら、姫乃に怒られた。
「明神さんは大事な仕事してるよ。誰も知らないところで、誰にも褒めれないのに、それでもするんだよ。」って。
だから見える私は褒めてあげるんだって。
ああホント、知らなきゃ良かった。
ただの噂だと思って聞かなきゃ良かった。
「まあ、あんたがそう言うならいいけどさ…。この事、あんまり人に言わない方がいいんじゃない?変な噂たってるよ?あんた。」
「そう?」
そう?じゃ、ねーよ。
全く本当に、この子は。
たまらん、愛い奴なんだ。
「え、もしかして、明神さんの事も、何か噂になったりしてる!?」
「全部。全て。まとめてひっくるめて噂になってるよ。」
きゃああと姫乃は頭を抱えてうずくまった。
だから、心配すべきはそこなのか?
「ねえ、エッちゃん!この事、私とエッちゃんの秘密ね!誰にも言っちゃ駄目だからね!」
「いーけど。その明神さんとはもう付き合ってるって噂になってんだから、秘密にしたいならとりあえず否定してまわったら?」
「嘘おおおお!」
「まあ、姫乃が明神さんの事が好きって事は、黙っててあげますわよ?」
「な、なあああああ!?」
まあ、こんな会話をしたのが二日前。
姫乃本人の癒し系な雰囲気のせいか、あまり姫乃を悪く言う様な噂の立ち方はしていないけれど、やっぱ気になるのは気になる。
本人がいない所では、私がこうやってフォローして…。
ガン飛ばしている訳だが。
「…何やってんのよ。あの馬鹿。」
その会話をした次の日からぱったりと連絡が取れなくなった友人。
今何処で何してるかさっぱりわからない不思議系な友人。
多分、次に学校に来る時奴は、大冒険した子供みたいな顔して現れるんだ。
「ねえエッちゃん!聞いて聞いて!」
ちょっと信じがたい秘密の話を私に披露してくれるだろう。
私はこうやって、そんな彼女にヤキモキさせられるのだ。
あとがき
エッちゃん視点のともだち話。
何気に繋がりある五話になりそうです。
エッちゃんは明神さんと「自称保護者」を奪い合う仲だったらいいな〜と思うのです。
2007.09.19