始まりの為の日曜日
目が覚めると、姫乃に取り押さえられる様な体勢になってて驚いた。
寝相が悪いオレがあっちこっちにゴロゴロ転がっていくのを必死で止めようとしていたらしいけど。
姫乃曰く、「側にいてとか言ってくせに、自分はどんどん離れて行こうとするんだもん。」
腹がたったらしく、結構ムキになって押さえつけてたらしい。
…寝てる間は自分じゃどうもできないからなあ…。
こういう事で拗ねたりするんだな、とか再発見して喜んでたら怒られた。
だって意識ねーんだもん。
これも言ったら怒られた。
オレ、これから尻にひかれるのかな、とか、そう遠くないだろう未来を予想したりして。
うたかた荘に戻ったらいつも通りに親父が出迎えた。
昨日オレの暴走を止めてくれたのは本当に感謝するけど、面目ない、というか、顔は合わせ辛い。
それをわかってんのかわかってねーのか姫乃とオレが一緒に帰って来たのを確認したらすぐ管理人室にひっこんだ。
ああ、どいつもこいつも、皆そんなにオレを甘やかせてどうすんの。
晩飯の時、オレは親父に全部話して礼を言って、謝った。
それから、姫乃と付き合う事になった事も全部言った。
それから、頚動脈を圧迫して昏倒させるのはやり過ぎだと怒っておいた。
いや、結構危険だぞ?
笑って誤魔化す親父。
口を尖らすオレを見てか、飯を山盛りよそいで機嫌を取ろうとする姫乃。
本当に、この家の連中は。
どうしてこう、悔しいくらい居心地がいいんだ。
失うのが怖くて仕方なくなってしまう。
でも今なら、怖くなったらそう言える。
みっともなくていいから、泣き付きゃいいかと思ってしまう。
きっと、今日みたいに頭を撫でてくれるだろう。
台所があったかい。
気が抜けて、飯を食いながら寝てしまった。
遠くで、親父と姫乃の笑い声が聞こえる。
長い一週間が終わった。
次の日、日曜日。
冬悟が目を覚ますともう昼間を回っていた。
ちゃんと布団で寝ていたところを見ると、また勇一郎に運ばれた様で服は昨日着ていたもののままだった。
起こしてくれても良かったのに、と姫乃に言えば「あんまり幸せそうに寝てたから。」と苦笑い。
「寝顔、子供みたいだよね冬悟さんって。」
付け足して言われた言葉。
冬悟は笑顔で姫乃を捕まえると突然羽交い絞めにする。
「ちょ、ちょっと冬悟さん!ストップストップ!!」
「大人の恐ろしさを思い知れ。」
わき腹をくすぐると、姫乃が身を捩って笑う。
「あはははは!!もう!バカははははは!!!」
「バカじゃない謝れ!すみませんと言いなさい!」
「あっははは!!ごめんごめんははは!」
「ごめんじゃありません!目上の人に謝る時は申し訳ありませんです!!」
「もう、冬ご、さん!!はは!やめてやめて!!」
バタバタと暴れる姫乃。
たまたま、偶然すっぽ抜けた姫乃の肘が冬悟の顔面にクリーンヒットする。
「うっげ!!」
暫く、床に転がって沈黙する二人。
見事な相打ち。
「…なあ、オレ最近こんなんばっかじゃねーか?」
「わ、わっかん、ない。知らない!馬鹿!」
ひりひりする顎を押さえながらむくりと起き上がる冬悟。
「ひめのん、今日暇?」
姫乃も、よろよろと起き上がる。
「暇ですよ。っていうか、空けてます。」
「じゃあ、ちょっと付き合って。」
「いいよ。」
軽い昼飯を済ますと、冬悟はシャワーだけ浴びて服を着替える。
2時を回った頃に二人は電車に乗って出かけた。
向かった先は隣町の自転車屋。
この辺りでは一番大きな店で、品揃えが多い。
店に入ると二人は数日前に壊してしまった勇一郎の自転車に良く似た自転車を探す。
何せ昔の形なので、ぴったり同じものとはいかないけれど、それでもなるべくフォルムが近いものを見つけるべく店内をくまなく歩き回る。
「あれ、近くないか?」
「でもハンドルの形が違うよ。あんなに大きくなかったし…。」
「フレームすでにひん曲がってたしなあ。あ、じゃあこっちは?」
一時間近く悩みに悩んで、やっとコレ!というものを選び出した。
どうしてもこれだけは、という部品は店の人に言って変えてもらい、「勇一郎仕様」自転車を一台買い付けた。
自転車のサドルを冬悟の身長に合わせて調節すると、ペダルに足をかける。
「じゃあ帰りますか、お嬢さん。後ろどーぞ。」
「はい。お願いしますよ運転手さん。」
行きに電車で移動した分を今度は自転車で折り返す。
一駅分なので大した距離ではない。
軽快にペダルをこぐ冬悟。
風が冷たくて姫乃は冬悟にしっかりとしがみつく。
冬悟の体はポカポカしていて暖かい。
手だけ冷えるのが気になって後ろから冬悟のジャンバーのポケットに手を突っ込むと、冬悟が笑った。
暫く進んで、この間吹っ飛んだ土手に差し掛かるとスピードを落とす冬悟。
「二回も吹っ飛んだら洒落にならないしなあ。」
前回は立ち漕ぎでスピードも出ていて不安定だった為ではあるけれど一応注意はする。
「あ。」
事故現場らしき場所を見つけると、自転車を止めて穴ボコを埋めておいた。
冬悟は王様の耳はロバの耳を思い出した。
水玉模様の記憶もこの穴の中に一緒に埋めてしまおう。
再び、自転車をこぐ。
暫く進むと急な上り坂。
「冬悟さん、重くない?しんどかったら言ってね。」
「あー、軽い軽い。羽毛みたいに軽い。」
「嘘ばっかり。」
「しんどくないよ。これは本当。」
「そう?」
ふと、ムズムズと昼間の仕返しをしたくなって、無防備なわき腹を攻撃したくなる姫乃。
「…へへ。」
転ぶと危ないのでやめておくけれど、笑って冬悟の背中に頭をこすり付ける。
「…何?今何か余計な事考えただろ。」
「キノセイデス。」
「やっぱ考えただろ!」
姫乃は何も答えずただ笑った。
坂道を越え、公園を通り過ぎ、途中スーパーに寄り道。
晩御飯の買出しと、特売のお菓子をつまみ食い。
うたかた荘にたどり着いたのは午後5時頃。
「親父ー!!ちょっと出て来い!」
コタツに潜り込んで新聞を読んでいた勇一郎を呼び出して、買ってきた自転車を披露する。
「あー…コレ、どうした?」
サングラスの向こう側が、驚いた目をしている。
「買ってきた。…親父にやる。」
「へえ〜。…やあ悪いなあ、気を使わせた?」
「だけど、普段はオレが「借りる」から。通勤用。」
まだ不貞腐れた様な態度は変わらない。
けれど勇一郎には十分伝わった。
「はっはっは!じゃあ貸してやるよ。大事に使えよ〜、冬悟。」
「わあってるよ。」
「今日はすき焼きにしたよ!お肉買ってきたし。あ、勇一郎さんもたまには自転車乗って外出たらどうです?お腹出てきちゃいますよ〜。」
「む。ひめのんすっかりお嫁さんになってきたなあ…。いつかお父さん、なんて呼んでもらえんのかなあ。」
ブ!と吹き出す冬悟。
一瞬、白いドレスを着た姫乃を想像してしまった。
ついでに、その後ろで黒い燕尾姿で笑い泣きする勇一郎と、姫乃と並ぶ自分。
「今からでも呼びましょうか?おとうさん〜。…思った以上に照れくさいですね。」
「うむ。照れくさいな。」
「もう、中入れよ!玄関前で漫才すんなって!」
「「はーい。」」
日曜日は家族の日。
明日からはまた、朝から放課後までは先生と生徒の日が始まる。
「じゃあ、ご飯用意しますね。」
こうやって、月曜日へと続く日曜日が終わった。
あとがき
終わりました先生シリーズ…。よく七話も書いたものです。
本当にノリと勢いで書きましたが、まあ何というか…!すみませんでした。
最後は甘…っくなりましたが、とことん幸せな明神一家、みたいな感じで。
お付き合い頂きありがとうございました!
2006.12.30