「流行り病」

「行って来ます」と姫乃が学校に行った後、特にやる事も無く明神は二度寝の幸せを噛み締め、10時頃に小腹が空いて目を覚ました。

だらだらと起き上がり、冬眠から覚めた熊の様に食べ物を求めて棚を漁る。

朝ご飯も食べたけれど、減るものは減るのだから仕方がない。

ごちゃごちゃと整理されていない棚の中から、いつの物か解らないカップラーメンが明神の手に転がり込んだ。

賞味期限を見ると一ヶ月近くは過ぎている。

「…まあ、食えるだろ。」

一言呟き発掘されたカップラーメンの蓋をペリペリと開けていると、姫乃が帰って来た。

またそんな物食べて!と、怒られるのを恐れ、慌てて口が開かれたままのラーメンを棚の中に隠し、半分沸騰ヤカンの火を止める。

「おかえりひめのん!何か早いなあ、どうかした?」

微妙に棒読み口調で明神が聞くと、姫乃は気ダルそうにセーラー服のリボンを解きながら答えた。

「なんかね、今学校で風邪が流行ってて、クラスの半分位が休んじゃったから学級閉鎖だって。」

「ああ〜。」

学級閉鎖。

久々に聞いた単語に明神は曖昧な返答をした。

「エッちゃんも風邪でお休みしてるんだ〜。」

「へ〜。あの子元気そうなのになあ。ひめのんは大丈夫か?」

「私は平気!そういえば、明神さんもあんまり風邪とかひかないよね?」

「馬鹿は風邪ひかないからな〜。」

「そうそう、馬鹿は…って、オイエージ。通りすがりに悪口言うな!」

バタバタと廊下を走り、笑いながら逃げるエージを追う明神。

「…はは。元気だなあ、本当に。」

その姿を姫乃が眺める。

壁を抜けて逃げようとするエージ。

すり抜ける寸前、逃げ遅れた足を掴んで引っ張る明神。

当然の様に始まる一方的なサブミッション講座を眺めながら、姫乃はふと、あれ、馬鹿って私もって事?

「明神さん!私の分もお願いします!!」

「おーっス。じゃあコレはひめのんの分!」

「いでででいってェ!!!離せよ馬鹿明神!」

「馬鹿とは何だ馬鹿とは!気合がありゃ人間健康でいられんだよ!風邪ひくヤツは気合が足りねーんだ!」

「そんな事言うから馬鹿なんだろ…。」

「気合、一発ー!!」

「ぎゃー!!!!」

「明神さん、やり過ぎやり過ぎ!!」

どたんばたんと三人で暴れ、気が付くと時間はお昼に近づく。

姫乃は「じゃあご飯作るね」と部屋に戻り、暫くすると何やらいい匂いが一階の管理人室まで流れてくる。

明神はふと口を開いてしまったカップラーメンの存在を思い出し、それを眺めた。

ヤカンの湯はすっかり冷め切っている。

今から運ばれてくる料理の事を考えても今これを食べる訳にはいかない。

けれど今を逃せば暫くコレを食べる機会もなさそうだ。

明神はカップラーメンの口をラップで蓋しながら、こんなもの開けなきゃ良かったと心底後悔した。



運ばれてきた食事をペロリと平らげ、明神は落ち着いた腹を撫でた。

食後、特にやる事のない姫乃はアズミやエージ達と遊び、明神は黒いコートに袖を通し仕事に出かける。

「今日は早くからの仕事だから、多分そんなに遅くならないで帰れると思う。」

「わかった。晩御飯用意してまってるね。」

さながら新婚夫婦の会話じゃあないかと明神はまんざらでもない。

玄関先まで出て、手を振って見送る姫乃。

振り返ると笑いかける姫乃の姿を目に焼きつけ、足取り軽く「現場」へ向かう。

「帰ってからの楽しみ」が増えてから、つまり姫乃が引っ越してきてからだが前にも増して仕事が楽しくなった。

仕事自体は死者と向き合う事だから、変わらず辛い事もあるし、やり切れない想いをする事もあるけれど。

それでも、帰る場所と向かえてくれる人と、それから暖かいご飯や部屋の明かり。

思わず、鼻歌を歌ってしまいそうになる。

今日の仕事は成仏出来ない霊をあちら側へと導くもの。

「現場」に居たのはまだ若い、20代前後の女性だった。

「や、お嬢さん。どしたあ?こんな所で。」

しゃがみ込み、泣きそうな顔をしたその女性が振り返った。

明神も地べたに座り、女性と目線を合わせて話をする。

最初、こういった場合必ず言われるのが「貴方は私がみえるの?」という事。

死んで、気が付くとここに居て、でも誰も自分に気が付かない。

だんだん、恐ろしくなって悲しくなって少しづつ、目の前が暗くなる。

「そっか、良かったよ。君が陰魄になっちまう前に会えて。」

「?イン…?何?」

「いいや、こっちの話。」

彼女は自分の身に起こった事全てを明神に話した。

ずっと聞いて欲しかったけれど、誰も気付いてくれなかった。

ぼろぼろと涙が出て、思いを全て吐き出すと、気持ちと体が少し軽くなった気がした。

…最後は笑って。

「でも良かった、本当に貴方が来てくれて。けっこう男前だし、生きてる時に会いたかったな〜。」

「生きてる時に会ってたら、多分君オレの事避けると思うぞ。ご近所様からは電波系の人間だって思われてるからね。」

「あはは!誰も居ないところに話しかけちゃってるからね〜。」

「居るけどな。オレのみえてるモンは、本当に。勿論君もね。」

「…ホント、知らなかった。参っちゃうよね。…でも、ありがとう。」

女性が微笑み、光の泡になる。

明神はそれが高く高く昇って行くのを見送った。

きりの無い作業だけれど、やっぱりこの瞬間はいつも不思議な気持ちになる。

帰り、十味の元へ寄って、両手を差し出すと果物の缶詰めが幾つか乗せられた。

「ジイさん、たまにはオレ、紙とか硬貨が欲しいなあ。後食いモンなら肉がいい。肉が。」

「お前は肉より野菜を食え。毎日カップ麺ばかり食いおって…今タチの悪い風邪が流行ってるらしいからの。バランス良く飯を食わにゃあ…ま、明神にゃ関係ないか。」

「何だその馬鹿は風邪ひかない的な言い方は。それに最近は結構色々ちゃんと食ってるよ!」

そう言うと十味は大きく口をあけて笑う。

「嬢ちゃんに作ってもらってるのか!良かったなあ、明神!じゃあ嬢ちゃんにお土産でもう一つ持っていけ!」

更に渡される缶詰め。

報酬は元々そんなに期待していた訳ではない。

しぶしぶとは言えせっかくの貰い物なのでそれをポケットに一つ二つと突っ込んだ。

ボコボコになるし何だか服が重い。

口を尖らせて「じゃあまた」と言うと、「おうよ。助かった、また頼むぞ」と、十味。

「…調子いいジーさんだ!」

悪態吐きながら、こういう瞬間も、明神は嫌いではなかった。



ポケットの缶詰めのせいで、一歩歩くごとにボコボコと足に缶が当たって非常に具合が悪い。

明神は不機嫌な顔でうたかた荘に向かった。

まあでも、これを冷やして今晩風呂上りにでも姫乃と…と考えればまだ前向きになれる。

ビニール袋くらいくれりゃあいいのにと思いながらも、玄関まで辿り着いた。

「ただいま〜。」

言いながら玄関をくぐると、直ぐ目の前の廊下に姫乃が立っていた。

「あれ、ひめのん。ただいま。」

「…。」

姫乃は背中を向けて、壁に体をあずけている。

「…どうかした?」

心配になって明神が側に寄ると、姫乃はくるりと振り返った。

両手で頬を押さえている姫乃の顔は、明らかに真っ赤になっている。

「おかえり…。なんかね、明神さんが出てからこう、顔が何か熱くて。でも何か寒くて。」

ぼおっとした顔で言う姫乃の目は涙目になっている。

「ちょっと、ゴメン。」

明神が姫乃のおでこに手を当てると、「ジュウ」と音がするかと思う位熱かった。

「…ひめのん、これ風邪じゃねえ?」

「え!嘘!私は大丈夫だと思ってたのに!!」

その自信は何処から来るのか。

「病院行った方がいいなあ。ひめのん送るし、用意してきなよ。」

「え、病院?いいよ!そんな大した事ないし…。」

「大した事ない人間が、歩けなくなって壁によっかかったりしないだろ?」

自分が怪我をした時は病院に行きたがらないけれど、姫乃が風邪をひけば病院へ行けと勧める。

姫乃は「自分は行かないくせに」と思いながら。

「あ、でも駄目。」

「何で。」

「時間。もうやってないよ今日。」

「…病院って、夜はやってねーの?」

「時間にもよるけど…。もう七時過ぎちゃってるし。終わってるよ。」

「ええと…じゃあ薬局!薬買ってくる!熱は?」

「あると思う。フラフラする。」

「喉痛い?」

「ううん。」

「お腹痛い?」

「ううん。」

「ええと…頭痛い?」

「ううん。何か、しんどい。」

自分が風邪だと認識すると、人間は途端に弱くなる。

姫乃はへなへなと座り込んだ。

慌てて支える明神。

「エッちゃんが言ってた症状と一緒だあ。目が回る…。」

「と、とりあえず寝とけ、な?」

明神はひょいと姫乃を抱えて持ち上げた。

「わ…ちからもち。」

えへへえ、と笑う姫乃。

「笑ってる場合か。」

トントンと階段を上る。

「気合…。」

「ん?」

「気合足りなかったかなあ〜。」

昼頃の会話を思い出す。

そういえば、そんな事を言ってしまった気がする。

「いや何つーか…。ほら、別にひめのんが気合無いから風邪ひいたとかじゃなくてね。」

「でも馬鹿じゃなかった〜。」

「やかましい。」

両手が塞がっていたので軽く頭突きして抗議の意を表してみる。

ぶつかったおでこが熱くて驚いた。

姫乃はかまわずえへへと笑う。

ふざけるのはここまで。

明神は黙って軽い体を姫乃の部屋に運び、布団を敷いてやると寝かしつけた。



眠くはないんだけどと言う姫乃を無理矢理布団に入れ、更に目を閉じるのを確かめ5分間見張り、姫乃がすうすうと寝息を立て始めた頃明神は立ち上がった。

薄い財布を掴んで薬局へ走り、店員に症状を説明して風邪薬を手に入れる。

風邪をひいた人間を看病する時は一体どういう風にしたらいいかと薬局の店員に根掘り葉掘り聞き、更に軽くなった財布に嘆きながらもスーパーへ向かう。

市販の薬の相場を知らなかった明神には大打撃だったけれど、もうこの際明日から塩でも舐めて暮らすかと開き直った。

なけなしのお金でレトルトのお粥や惣菜を買い、何か果物を…と考えた時に、今日の報酬で十味から果物の缶詰めを貰った事を思い出した。

「あ、ラッキ!」

思わず声が出てしまい、周りの視線に口を手で押さえる。

カサカサとビニールの袋が音をたてる。

明神は帰路を急いだ。

「たっだいま〜。」

姫乃が寝ていると思い、そおっと扉を開けると二階から話し声が聞こえる。

複数人の、話し声と笑い声。

「…。」

こめかみの血管が浮き出るのを明神は感じながら、ドンドンと階段を上る。

扉を開き。

「うらっ!!!何やってんだテメエ等!!」

勢い良く入ると明らかに怒っている明神の気配を察し、姫乃を残してエージとアズミが壁の中へと逃げた。

「えっ、ちょっと…!!」

逃げた二人を追う手。

その手を明神ががしりと掴む。

目が合った。

微笑んだ。

「コラ。」

「あうっ。」

ビシリとデコピンをされ、そのままくわくわ目を回す姫乃。

「寝とけって言っただろ?」

「だって…目が覚めちゃって、暇だし寂しいしって思ってたら二人が来てくれて。」

わし、と明神が姫乃の頭を掴む。

そのまま、ぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「あ、わ、わ、グシャグシャになっちゃう。」

「薬買ってきたから、もってくる。先に何か腹に入れた方がいいって薬局の人が言ってたから、お粥とか買ってきたし。」

その言葉でハッとする姫乃。

「ああ!!そういえば、明神さんのご飯!!」

勢い良く起き上がり、くらくらと揺れる姫乃を布団に押さえつける明神。

「ご飯、オレのも適当に用意するから。大丈夫。」

「本当?」

「うん。オレも腹減ったら仕事出来ないし。」

そっか、と呟いて布団にもぐりこむ姫乃。

「エージ君達、怒らないでね。様子見に来てくれたのが嬉しくて、私が話しかけたんだから。」

「わかった。」

ポンポンと頭を軽く叩くと姫乃が笑った。

明神は立ち上がり、姫乃の食事と薬を用意すべく管理人室へと向かった。




姫乃の部屋を出て階段を降りると、下の階でエージとアズミが待っていた。

「ヒメノ、そんなに悪いのか?」

改めて心配そうにしているエージとアズミに、明神は笑ってみせる。

「まあ、喋る元気はあるみたいだけど、結構感染力の強いヤツみたいだからなあ。

ひめのんのガッコもそれで学級閉鎖してるって話だよ。」

「ヒメノ、直ぐ治る?」

アズミが明神の服を掴んで引っ張る。

「薬局の人の話だと、ニ、三日熱が出るらしいからもう少しだな。アズミ、ひめのん元気になるまで遊んでもらうの我慢しろよ〜。」

「…あい。」

「そっか。後ニ、三日かかるのか。」

姫乃がそこそこ元気そうに話しかけてきたので、ついつい一緒に盛り上がってしまった。

明神の剣幕を見て、ああしまったと後から後悔したのだけれど。

「それで、明神看病とか出来んのか?ガクが帰って来たら何か知ってるだろうけど。」

「任せろ!薬局の店員に色々聞いてきた。まず、寒くない様にあったかくしてだな…。」

「うんうん。」

「でもって、頭は冷やすんだ。アレ、何か矛盾してね?」

「してねぇ!!!」

エージが叫ぶ。

「みょーじん、ヒメノ看病出来るの?」

「で、出来るに決まってんだろ!」

アズミにまで疑われ、少し寂しい気持ちで明神は買い物袋を手に取った。

看病のイロハは全て薬局でメモして来た。

薬局の店員には怪しい目で見られたが背に腹は変えられない。

だって、風邪なんかひかねえんだから、仕方ねぇだろ!!

メモを見ながら買ってきた保冷剤を冷凍庫に突っ込み、レトルトパウチのお粥を温める。

お粥を温めている間に急な来客用の布団を一枚引っ張り出し、眠る姫乃にかけに行く。

「…。」

気になって額に手を当てると、先ほどより熱が上がっている。

保冷剤が冷えるのを待っていられない。

氷を適当な袋に突っ込むと、それをタオルで包む。

それを頭に乗せてやり、汗をかいた首元を拭うと少しだけボタンを緩めてやる。

うっすらと目をあけた姫乃が、笑った。

胸がぎゅうと締め付けられる感じがした。

「苦しかったら、辛い顔していいんだぞ、ひめのん。」

小さな声は姫乃の耳には届かなかった。



温まったお粥と薬を持って、明神は改めて姫乃の部屋へと向かった。

「入るぞ〜。」

寝ているのか起きているのかわからなくて、呼びかけた声は小さくなった。

薄く姫乃が目を開ける。

「飯食える?薬あるからちょっとでも何か口に入れないと。」

横になっている姫乃の側にあぐらをかいて座ると、姫乃がゆっくりと首を動かし縦に振った。

「起き上がれるか?」

聞こえるか聞こえないかわからない位の大きさで姫乃は「うん」と言い、ゆっくりと起き上がる。

顔が赤い。

目が腫れぼったくて潤んでいる。

手渡したお粥をゆっくり食べながら、ふと姫乃が止まる。

「あ、明神さんはご飯食べた?」

「まだ。これから食うよ。」

「私、ついてて貰わなくても食べれるし、食べて来たら?」

「どうせこれ下に持って下りるし。あんま気ィ使わなくてもいいぞ、オレには。」

「…気を使ってるつもりはないけどなあ。」

そこで会話が無くなった。

暫く黙って姫乃が黙々とお粥を口に運ぶのを眺める。

「…あのね、食べるところ、あんまりまじまじと見られるの、ちょっと恥ずかしい。」

「え。あ!ああゴメン!!」

「恥ずかしい」という単語が恥ずかしい。

明神はあぐらをかいたままぐるんと体を回転させ姫乃に背を向ける。

何もそこまでしなくてもと思いながら姫乃は笑った。

「ふふ。」

「…あのなあ。」

「ゴメン。だって。」

「だってもヘチマもねえ。笑うなら見るぞ。メッチャ見るぞ。」

「あはは。やめて。」

姫乃の手を取り、顔を覗きこむと姫乃が逃げる。

逃げる顔を追っていくと、姫乃の手からぽろりとお茶碗がこぼれた。

『あ。』

お粥が残り僅かだった事が幸いして、大した被害は出なかったけれど、布団の上にベトリとお粥がこぼれる。

「エージやアズミに何も言えねぇな、こりゃ。」

濡れた布巾で布団を叩く。

「シミになったらゴメンなあ〜。」

「もう殆ど食べてたし、いいよ、明神さん。もうそのくらいで。後はやるから。」

明神の手が止まる。

「…もういいよ、とか、言わなくていいぞ。」

「え?」

「その方が嬉しい。」

「あ、でも。」

「でもじゃなくて、もっと甘えて。って言うか、頼りにして欲しいってか、その。」

言葉の途中で姫乃が俯いた。

あんまり姫乃が遠慮するから、ついつい言ってしまったけれど、姫乃の反応を見ると弱腰になってしまう。

「あ、オレ何言ってんだかな。でもあの、辛い時は、オレには甘えて。オレにはもっと、弱いトコ見せて。」

「ありがとう。」

姫乃が笑った。

「…だから。」

熱でぼんやりしている姫乃が笑うのを見るのはこれで何度目かわからないけれど。

「違うの。側に居てくれるから、嬉しいの。顔が勝手に笑っちゃう。」

そう言って弱々しく笑う姫乃。

「あの、だからそんな顔しないでね。」

小さな手が明神の頬に触れた。

その手を握ってみた。

小さな体を抱きしめてみた。

看病してる人間が、どうして甘えてるんだろうと変な気持ちになってくる。

ふと、姫乃が眠ってばかりで寂しいのはアズミだけではなくて、自分もなんだろうかと考えると穴を掘って埋まってしまいたい気持ちになった。

鼻と鼻が触れる程顔を近づけ、目が合う。

「…伝染らないでね?」

「オレを誰だと思ってる?」

「最強の案内屋さん?」

「世界一の大馬鹿野郎だ。」

そっと唇を重ねる。

離れると、姫乃は少しはにかんで「潜伏期間は一週間らしいよ?」と言った。

その言葉に明神は苦笑いするしかなかった。




薬を飲ませ、食器を全てお盆に乗せると部屋の電気を消して明神は立ち上がる。

「おやすみ。」

小声で言うと、暗闇の中で姫乃が首を縦に振るのが見えた。

階段を降りると待っていたのは子供達。

「遅かったな。ヒメノちゃんと飯食ったのか?」

「食ったよ。もう寝るって。」

「ヒメノ治る?お薬苦いの飲んだの?」

「飲んだぞ〜。そのうち良くなるからな。」

「そんで…明神。お前も顔赤いけど、伝染ったんじゃねーだろな。」

「あ?」

「馬鹿は風邪ひかねえって言うけど、お前も生きてんだから注意しろよ。」

自分では全く気が付かなかったが、風呂場の鏡で確かめてみると、たしかに顔が赤い、そして熱い。

ついでに動悸も激しい。

もう少し言うと、とても幸せな気持ちだ。

浮かれている。

「…ああ、オレも感染したみたいだな。」

呟くと管理人室へと向かう。

「ひめのんが治ったら看病して貰おう。」

熱い顔を冷やす為に水を飲むと、腹が鳴った。

明神は今朝食べかけてやめたカップラーメンを取り出した。

すっかり冷めたヤカンの水をもう一度沸騰させるとカップに注ぐ。

待つ事三分。

久々の一人で摂る食事と、カップラーメン。

静かだと思った。

早く姫乃が良くなればいいと思う。

そして一週間後、今度は自分が病にかかればいいと思う。

布団に寝込んだ自分の為に、姫乃があれこれと手を焼く姿を想像する。

お粥を作って運んで来てくれるだろうか。

薬を飲むのを嫌がったらどんな顔して叱るだろうか。

どうせなら、自分だったらもっともっと甘えて甘えて、甘え倒す。

「…確かに、病気かもしれん。」

自覚症状ははっきりあった。

依存症というヤツだ。

へッと笑う。

豚骨味のラーメンをすすりながら、とりあえず明日の朝食をどうするか、明神は頭を巡らせた。


あとがき
ブログに載せていたものを再編集したものです。
プツプツと切って書いていたので繋げるとところどころおかしな所がありました…。
一つにするとさすがに長くなりましたが、どうでしょうか。
2007.06.20

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