HALLOWEEN

ある所に、小さな村がありました。

その村で今日はハロウィンのお祭りがあります。

村はかぼちゃのお化けや魔女の形をした人形なんかが飾られ、沢山の蝋燭に炎が灯ります。

「トリック オア トリート!」

夜のお祭りを待ちきれない子供達が仮装用の黒いマントを羽織って通りを駆け抜けます。

「こら!細い道で走っちゃ駄目だよ!」

この村に住むヒメノという少女が、走り抜けた子供に声をかけました。

「ぶつかったりしねーよ!ったくヒメノは心配性だな…。」

そう言ってヒメノに文句を言うのは同じくこの村に住む少年、エージ。

彼は妹のアズミと一緒に暮らしています。

「そう言って、前私にぶつかったでしょ!」

「うるせーな。気をつけてるよ!それより、今夜の景品はオレが頂くからな!」

「む…私だって、負けないから!」

この「景品」とは、この村ではハロウィンのメインイベントである、ある競争の勝者に与えられる景品の事です。

夜、お祭りが始まると村の子供達は家々を回り、「トリック オア トリート」と言ってお菓子を貰います。

この言葉は「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」という意味です。

大人たちは子供達が家にやって来るのを沢山お菓子を用意して待ちます。

そしてこの村で最も沢山お菓子を集めた子供には、景品として今年採れた中で一番大きなかぼちゃがプレゼントされるのです。

「今年は秘策があるからな。エージ、アズミチームは最強だぜ!」

「お菓子は1カゴ一人分だよ!二人合わせる事はできないんだよ?」

「へっへ。わかってるよ。」

そう言うと、エージは走って行ってしまいました。

「もう。走るなって言ってるのに。」




今日は皆仮装をしてお祭りに出ます。

ヒメノは母親が用意してくれた魔女の黒いドレスと、ちょっと大きめのとんがり帽子をかぶりました。

お菓子を入れるカゴを持つと母親に行ってきますと元気良く言って家を飛び出しました。

もう外はすっかり暗くなり、子供達の声があちこちで聞こえます。

子供達はカゴを持ってそれぞれお化けの仮装をしていました。

ヒメノは村の広場に行くと、飾られた景品の大きなかぼちゃを見ました。

「凄い!今年のは大きいなあ。よし!一番になって大きなパンプキンパイを作ろう!」

カゴを持ち直すと、ヒメノも周りの子供達に負けじと走り出しました。

家を一軒一軒回り、ドアをノックします。

「トリックオアトリート!」

大きな声で言いました。

すると玄関のドアが開いて隣のおじさんが出てきます。

サッとカゴを差し出すとその中にキャンディーやクッキーなんかを入れてくれました。

「ありがとう、おじさん!」

そうして次の家へ向かいます。

ヒメノはそんなに大きくないこの村をぐるぐると回ってお菓子を集めました。

頭の中はあの大きなかぼちゃの事で一杯です。

次の家をコンコン、とノックすると中から背の高い青年が出てきました。

「ガクさん、トリックオアトリート!」

そのガクと呼ばれた青年は、この村で弟のツキタケと住んでいます。

「いい夜だね。ひめのん。」

ガクは差し出されたカゴに沢山のお菓子を入れました。

「わ、こんなに沢山!?」

「うん。ひめのんにあげようと思って準備してた。」

実は、ガクはヒメノの事がとても好きだったのです。

「ありがとう!これできっと一番になれるよ!」

ヒメノが笑うとガクもとても嬉しくなります。

手を振ってお別れをするとヒメノは少し大きな帽子がずれるのを手で押さえながら広場に向かって走り出しました。

すると、道の向こうからエージの妹のアズミが走ってきます。

「ヒメノ!トリックオアトリート!」

「ええっ!?」

アズミはずいっとヒメノに向かってカゴを差し出します。

道の向こうを見ると、エージがこちらを見ながら笑っていました。

「あ、あいつ〜!!秘策ってこういう…!?」

「ヒメノ、お菓子くれなきゃイタズラするよ!」

きっとアズミはエージに偽者のルールを教えられたんでしょう。

「あのね、アズミちゃん。」

ヒメノは言いかけましたが、アズミのキラキラと輝く目を見ると何も言えなくなってしまいます。

「仕方ないなあ。」

そう言うと、自分のカゴからアズミのカゴにお菓子を分けてあげました。

「ありがとう!」

アズミはニコリと笑うとエージの元へ戻って行きました。

「エージ、お菓子貰った!」

「良くやった!アズミ!」

そんな二人の会話を聞きながら、覚えてろよ、と心の中で誓います。

「あれ、ねーちゃんもヤラレタんか?」

少年がヒメノに声をかけてきました。

ガクの弟のツキタケです。

「あ、ツキタケ君。そうなんだ〜、アズミちゃんの笑顔には勝てなくて…。」

「オイラも。後でエージのヤツ覚えてろよ!」

「喧嘩は駄目だよ。」

フン!と鼻をならして怒るツキタケをヒメノがなだめます。

「でも参ったな。オイラ殆どの家回っちゃったから、一位になるの難しいや。」

「私も…。もうちょっと回ってくる!」

「うん、オイラも!」

またね、と挨拶して二人は分かれました。

ヒメノはそれから残りの家を回りましたが、先ほどアズミにあげてしまったせいでカゴにはまだまだ余裕があります。

「どうしようかな…。大きなかぼちゃ、欲しいなあ…。」

言うと、ヒメノはまだ行っていない家を探して村の外れに向かいました。

ヒメノは大きなかぼちゃが欲しいばっかりに、大人たちが言っていた事をすっかり忘れていました。

「この村の外れにある、森を抜けた屋敷には近づいちゃいけないよ。お化けがでるっていうからね。」

しかしヒメノは気が付くと森を抜け、大きな屋敷の前に立っていました。

「こんな家があったんだ。大きいな〜。」

帽子をぐいっとかぶり直すと、ゴンゴンと扉を叩き大きな声で呼びかけます。

「と、トリック オア トリート!お菓子をくれなきゃイタズラします!」

大きい声で呼びかけたのは、こんな大きな家だから大きな声で呼ばないと中の人に聞こえないかも、と思ったからです。

少しの時間が経つと、ギギ…と扉が音をたてました。

ほんの少しだけ扉が開くとその隙間からにゅっと拳が出てきました。

ヒメノが驚いてカゴを前に出すと、その上で拳が開きます。すると中から色とりどりな沢山のお菓子が零れ落ちました。

「わあ…!!」

ヒメノがその綺麗なお菓子達に目を奪われている内にあと二回ほどその手が出てきてカゴにお菓子を入れ、ついにヒメノのカゴはお菓子で一杯になりました。

「ありがとう!すごい!一杯になっちゃった!」

笑うヒメノに扉の向こうで声がします。

「イタズラされちゃ適わんからな。」

まだ若い、男の声でした。

「ごめんなさい。でもありがとう。これできっと私一番になれるよ。あなたはお祭りに行かないの?」

問いかけると、暫くの間があって声が答えます。

「お前、ここについて何か聞かなかったのか?」

「え?」

ヒメノは頭をめぐらします。そして大人たちの話を思い出しました。

「ああ、お化けが出るって…でもいたのはお化けじゃなくてお菓子をくれるいい人だったね。」

また暫く、声は返ってきませんでした。

ヒメノは、思い切って声をかけました。

「一緒にお祭りに行きませんか?」

「え?」

「ハロウィンのお祭り!楽しいよ!皆仮装して、お菓子を食べて遊ぶの。このお菓子で私は一位になって大きなかぼちゃを貰うから、それでパンプキンパイを作ってあげる!」

「いや、オレは…。」

「えい!」

ヒメノは少しだけ開いた扉に手を突っ込むと、手に触れた洋服を掴んで引っ張りました。

出てきたのは、黒いコートを身にまとった背の高い青年でした。

唯、ちょっと普通と違うのは彼の髪の毛が真っ白だった事です。

「綺麗。」

思わず、ヒメノはそう言いました。

白い髪が月の光に反射してとてもキラキラと輝いていたのです。

「綺麗?」

「うん。とっても!凄いね。」

そう言うと、ヒメノは彼の髪をスッと撫でました。

青年はとても驚きました。

生まれ付いてのこの白い髪を、親戚の人間ですら気味が悪いと言っていました。

今までこの髪を綺麗だなんて言う人間は一人もいなかったのです。

いえ、いたのですが、その優しい両親は死んでしまい、そらからはこの屋敷にこもる様にじっと一人で暮らしていました。

それがこのハロウィンの日に、魔女の格好をした少女がやってきてお菓子を強請り、自分の髪を綺麗と言ったのです。

「えい!」

ヒメノはまたそう言って、自分のちょっと大きめの帽子を青年にかぶせました。

「気になるならそれをかぶってて。私は綺麗でいいと思うんだけど…。」

驚きのあまり声もでない青年にヒメノはさらに語りかけます。

「おねがい。お菓子のお礼をさせて。」

そう言ってヒメノは青年に手を差し伸べました。

青年はその手をじっと見つめます。

今まで他人に気味悪がられて生きてきた青年は、この手を取るのがとても恐ろしかったのです。

ですがそれ以上に、自分に差し伸べられる手というものをずっと欲していたのです。

青年はおずおずと、ヒメノの手を取りました。

ヒメノはにっこりと笑い、青年もつられて笑います。

村に帰る途中、ヒメノは沢山の歌を青年に聞かせました。

青年はヒメノに沢山の話を語って聞かせました。

村に付く頃には二人はとても仲良くなっていました。




ヒメノが差し出したカゴをみて、村の子供達は歓声を上げました。

どうみてもヒメノが集めたお菓子が一番多かったのです。

大きなかぼちゃはヒメノの物となり、ヒメノはそのかぼちゃで大きなパンプキンパイを作って新しい大事なお友達に振舞いました。

それから、その青年はよく村に来るようになりました。

彼の事を気味悪がる人もいましたが、ヒメノが根気強く説得して、説教して言って聞かせて歩きました。

そのうち青年も良く笑う様になり、その笑顔を見るうちに彼の回りにも人が沢山集まる様になりました。

「これもみんな意地汚いヒメノのおかげだな。」

エージなんかはこう言いますが、全部ハロウィンのおかげだとヒメノは言います。

「トーゴさん、今年も大きなパイ焼くから食べにきてね!」


あとがき
パラレルな明神と姫乃です。というか、うたかた荘メンバー。
ハロウィンも近いという事で、何だか幸せな話をひとつ。
2006.10.24

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