「チキンバード1」
明神と姫乃が付き合い出して、数週間が経った。
今日は姫乃の学校が休みで、アズミとエージは遊びに出ていて、ガクとツキタケも散歩に行っている。
姫乃は今、部屋で本を読んでいた。
さっき部屋を覗いて確認してきた。
その時声をかければ良かったのだけれど、不安になってもう一度うたかた荘の中に誰も居ないか確認する。
チャンスは今しかなかった。
緊張するから落ち着くまで時間を取りたいけれど、早くしないとチャンスを逃してしまう。
明神は腹を括ると姫乃の部屋へ向かった。
ドアをノックすると、中から「どうぞ〜」と聞こえて来る。
明神は震える手を抑えながらノブを回した。
中に入ると姫乃は床に座って本を読んでいた。
「どうかした?」
言いながら、姫乃は本にしおりを挟むと傍らへ置く。
「いやえっとですね…。ほら、今さ、丁度良いことに、このうたかた荘には誰もいません。」
「明神さんと私が居るよ?」
のっけから躓き、口を開けたまま思考が止まる明神。
ここで言い返されるとは思ってもみなかった。
「…いません。」
「えぇ!?…はい。」
何が言いたいのか良く解らなかったけれど、明神が一杯一杯になっているのでとにかく話を進める事にした姫乃。
「あの、それで。誰もいない今がチャンスと思って。あ、チャンスって、何か変な意味じゃなくて。その。」
「うん?」
「その、付き合いだして数週間?…そろそろ、こう、お付き合いしてますって感じの事がしたいと思って…。」
その言葉を聞いて、明神が今、一杯一杯かつしどろもどろになっている理由に気付き、姫乃は顔を伏せた。
色白の頬が赤く染まっていく。
「あの、それで…もしひめのんが嫌じゃなかったら、て、て、手を…繋ぎたい、デス。」
「て、手、ですか。」
「うあ、い、嫌なら。」
「い、嫌じゃないです、はい!あの、手…。」
姫乃が差し出した手を握る明神。
小さくて柔らかくて冷たい手。
大きくてゴツゴツして暖かい手。
「お…おおお。オレ今ひめのんと手、繋いでる…!!」
「うん。でも明神さん、コレだと手を繋いでるって言うか、握手だよ?」
しっかりと繋がった手は右手同士。
「は!!そ、そうだった。じゃあ、あの、逆の手で失礼します…。」
「ど、どうぞ。」
そう言いながら右手を離し、逆の手に持ち変える。
向かい合ってだと持ちにくいので、立ち上がって横に並ぶ二人。
「は、はは。」
「えへへ…。」
部屋の中で、手を繋いで立ち尽くし横に並んで笑い合う二人。
「…オレ、幸せだ。」
「はい。幸せですね。」
そうやってエージ達が帰って来るまでの数十分を立ち尽くしたまま過ごしました。
「チキンバード2」
明神と姫乃が付き合い出して、数ヶ月が経った。
今日は姫乃の学校が休みで、アズミとエージは遊びに出ていて、ガクとツキタケも散歩に行っている。
姫乃は今、部屋で宿題をしていた。
さっき部屋を覗いて確認してきた。
その時声をかければ良かったのだけれど、不安になってもう一度うたかた荘の中に誰も居ないか確認する。
チャンスは今しかなかった。
緊張するから時間を取りたいのに、早くしないとチャンスを逃してしまう。
明神は腹を括ると姫乃の部屋へと向かった。
ドアをノックすると、中から「どうぞ〜」と聞こえて来る。
明神は震える手を抑えながらノブを回した。
中に入ると姫乃が教科書とノートを広げ、うんうん唸っている。
「あのさひめのん。」
「うー、ごめん。もう少し後でもいい?ちょっと解らない問題があってさ…。」
「あ、ごめん。じゃあ…。」
あっさり引き下がり、部屋を出て天井を見つめる明神。
「いや、いや、いや!!!」
慌ててもう一度部屋に入ると、驚いた顔をしている姫乃の肩をしっかと掴む。
「オレの用事、今じゃないと駄目なんだ!今しかないんだ!宿題を後にして!!後に!!」
明神の勢いに圧されて何度も頷く姫乃。
それじゃあ、とあらためて、二人は向かい合って正座をする。
「えっと、じゃあ。急の用事って何ですか?」
「あ〜…あのですね。その、今、とても良い事に、このうたかた荘には誰も…じゃなくてオレとひめのんしかいません。」
過去の過ちを今に活かす明神。
「えっと、それでですね。オレ達も付き合い出して、数ヶ月が経ちました。」
姫乃はこの件を知っている。
これから明神が言わんとする事を予測し、またも顔を赤らめ俯いた。
「あの、それで…そろそろ、こう、結構お付き合いしてますって感じの事がしたいと思って…。」
「う、は、はい。」
正座をして向かい合う二人は、お互いにお互いの顔を見ることが出来ない。
「あの、それで…もしひめのんが嫌じゃなかったら、き、き、キスを…したいと思い、マス。」
「き、キスですか。」
「い、嫌だったらいいんだ!嫌だったら…。」
「い、嫌じゃないよ!!あの、じゃあ、どうぞ。」
そう言って、姫乃は目を閉じた。
明神は、口から心臓が飛び出しそうという状態がどんな物かを経験する。
「じゃ、じゃあ…お邪魔します。」
明神も目を閉じ、震えながら顔を姫乃に近づける。
…変な感触がした。
「明神さん、それ、鼻の頭。」
「あああああ!!!ご、ごめんひめのん!!!」
遠くから目を閉じすぎた。
姫乃の顔を間近で見ると死んでしまいそうだったので。
「ご、ごめん!初めてのキスだってのに、最悪だ…!!」
頭を抱えて床に転がる明神。
「私気にしない!忘れる!忘れた!!どんまい!!」
「どんまいって…。もう駄目だ。オレ切腹する。」
「わー!!じゃあやり直し!最初からやり直し!!はい、明神さん今部屋に入って来ました!どうぞ!!」
「ど、どうぞって…。」
「い、嫌じゃなかったらの辺りから、どうぞ…。」
明神の手を取り、座り直す姫乃。
「えっと、じゃあ…『もし、ひめのんが、あの…嫌じゃなかったら。き、キスをしたい。』って感じで…。」
姫乃はにこりと微笑んだ。
「『はい。あの、喜んで。』」
姫乃は目を閉じ、先ほどよりも首を上に傾ける。
明神は狙いを外さない様、肩をつかんで目標をしっかり定めると、ゆっくりと目を閉じた。
「チキンバード3」
白金は悩んでいた。
目の前で、ごろりと横になって眠る澪。
すうすうと安らかな寝息をたてている。
嘘寝をしている様ではないのだけれど、相手が相手だ。
とにかく慎重になる。
背中を向けられているので上から覗き込んで眼球運動を確かめる。
「寝てる…よねェ。これは?」
小さな声で誰かに確認を取る。
当たり前だが誰も返事をしない。
返事をしないと言う事を確かめたかった。
別に、襲おうって訳じゃない。
そんな欲張ったりはしない、ただ、頬っぺたにちょっと用事があるだけで。
口笛を吹いてみた。
澪は少し眉を顰めて五月蝿そうにするとごろりと転がった。
頬っぺたをつついてみた。
澪は痒そうに触られた場所を掻くと、今度は逆向きに転がった。
歌を歌ってみた。
澪は転がると、ブン!と空を切って腕を振るう。
白金はそれをかわしたけれど、一瞬肝が冷えた。
とにかく、色々と実験してみた結果、今澪は本当に眠っていると言う事が確認できた。
眠る澪の側に寄り、その顔を覗きこむ。
「じゃあ、失礼して。」
澪の頬に、ほんの一瞬だけ口付ける。
白金は満足すると急ぎ足で部屋を出て行った。
扉が閉まる音を耳にして、澪が目をあける。
白金が側でごそごそしていたのは気が付いていたけれど、目を開ける事が出来なくてずっと眠ったフリをしていた。
いちいちしつこく確認するのが鬱陶しくてたまらなかったけれど。
「………覚えてろ。」
そう言って澪は、口付けられた頬を手で押さえた。
心なしか、その頬は赤く染まっていた。
あとがき
かなり長い間お礼の中にいた三作です。
書きながら物凄く楽しかったのを覚えています。
カッコいい明神さんも好きですが、超小心者の明神さんも大好きです。
プラ澪は、初めて書いた(んだったかな)のですが、これまた楽しかったです。
ラブ&バイオレンス!