*超、パラレルです。

桶川姫乃=最近うたかた荘に引っ越してきた高校一年生。
明神冬悟=姫乃の通う学校の教師。
明神勇一郎=うたかた荘の管理人。冬悟の義父。

完全な捏造作品につき、苦手な方はご遠慮下さい。



始まりの月曜日

うたかた荘はれっきとしたアパートだが、管理人の勇一郎とその息子の冬悟、そして入居者の姫乃と三人しか住人がいない為、まるで家族の様に生活をしている。

朝食と晩御飯も一緒の食卓で食べるし、風呂、洗面台なんかも共用である。

今まで男二人で生活していた中、今年の春からやってきた姫乃。

女の子が一人加わるだけで何となく部屋が明るくなる。

アパート全体に掃除が行き届く様になり、共同リビングに花が飾られ、カーテンも貼り返られて綺麗になった。

食事も「せっかくだから」と姫乃が全員分を作る様になり、それに合わせて空き部屋の一つが専用のキッチンと化した。

勇一郎も姫乃を気に入って、親子の様に接している。

冬悟も学校が始まるまでの間、勉強を教えたり一緒に買い物に行ったりした。

まさか自分の受け持つクラスの生徒になるとはお互いに夢にも思わなかったけれど。

始業式の日はクラスで顔を合わせた時、二人は何となく微妙に笑い合った。




月曜日。

「冬悟さん、はいこれお弁当。」

「お、サンキューひめのん。」

うたかた荘のリビングで手渡されたお弁当。

ずっしり重くて今日も昼が楽しみになる。

「ああ〜、いいなあ冬悟は。ひめのんのお弁当食べれて。青春だねえ〜。」

朝食をゆっくりと食べながら養父の勇一郎がうすら笑う。

それをじろりと一瞥すると「ひめのん〜、冬悟が怖いよ〜。」と姫乃の背後に隠れる。

「ちゃんと勇一郎さんの分もありますよ。はい。」

「…おっさんずっと家にいるんだし、別に弁当にしなくってもいいんじゃねえの?」

「箱に入ってるからいいんだろ〜?こんなのは気分だ気分。」

そう言ってうやうやしく弁当の包みを受け取る。

全く、このおっさんは…。

「じゃあ、私もう出るよ?行って来ます!」

そう言って姫乃はスカートを翻し走っていく。

それを見送る冬悟と勇一郎。

ひらひらと手を振り、姫乃の姿が見えなくなるとクルリと首を冬悟に向ける勇一郎。

「同じ学校に行くんだし、一緒に行けばいいだろう?」

「教師と生徒が毎日一緒に登校ってのはやっぱマズイだろ?」

「そうか?まあそうか。」

ニヤニヤと笑う勇一郎。

「…なんだよ。気持ち悪ィな。」

「いや、ひめのんが来てからお前も変わったな〜と思ってな。」

「変わってねえよ。」

「手ぇ、出すなよ。後三年待て。」

冬悟が腕を振り上げるとぴゅう、と逃げる。

腕時計をちらりと見る冬悟。

「じゃあオレもそろそろ行くからな!…馬鹿親父!」

「おーう、いってらっしゃーい。」

自分でも、何となく気が付いてはいるけれど、「親父」と呼べる様になったのも姫乃が来てからだった。

その姫乃の後を追う形で、冬悟は学校へと向かう。

「おはようゴザイマス。明神先生。」

学校に着くと姫乃に挨拶された。

学校では「明神先生。」

ウチでは明神は二人いるので名前で呼ぶ。

これは暗黙の了解での二人のルールだった。

「おう、おはよう桶川。」

休み明けは特に口が変な感じがする。

うっかり「ひめのん」と言いそうになるのをぐっと我慢する。




朝の授業を全て終え、職員室で昼食を取る冬悟。

同僚の保健医、湟神澪が隣に座る。

「最近、弁当なんだな。去年までカップラーメンとかじゃなかったか?」

湟神は男子生徒の間で絶大な人気を得ていると同時に、仮病を使う生徒は直ぐ見抜いて保健室から文字通り「叩き出す」為恐怖の対象でもある。

「まあ、何だ。体に悪いもんばっかり食ってると良くないと思いまして。」

うやむやに答える冬悟。

玉子焼きを一つ口に頬張る。

確か少しお塩を多く入れすぎた、と朝謝っていた玉子焼きだ。

少し塩辛いけれど気になるほどではない。

「そういや、お前。担任のクラスの桶川と同じアパートなんだって?」

一瞬、玉子焼きが喉に詰まる。

吐き出すのも勿体無くてそのまま無理やり飲み込む。

「まあ、そうみたいっスね。…部屋は違うけど。」

嘘ではない。

けれどほぼ同棲です、とは言いがたい。

「ふーん。」

そう言うと湟神はもう一度弁当の包みをまじまじと眺めた。

「…あげないですよ。」

そう言ってさりげなく湟神の視界から弁当箱を隠す。

「別にいらんが。」

カラカラと音を立てて職員室のドアが開いた。

ひょこりと姫乃が顔を出す。

「あ、明神先生。」

「…どうした?桶川。」

姫乃は、冬悟と湟神を順番に見ると、何やら手で冬悟にサインを送る。

(今日の晩御飯、何がいいですか?)

それに、冬悟もサインで返す。

(お任せします。でも、お肉がいい。)

(昨日も、お肉でした。今日は、魚に、しませんか?)

(じゃあ、煮付けがいい。)

(了解!)

最後はお互いにぐっと親指を立てると姫乃は満足そうに職員室から去っていった。

その後姿を眺める冬悟と湟神。

気まずい時間が流れる。

冬悟が、残りの弁当に手をつける。

「…まあ、何だ。個人の自由だから私はとやかく言わんが、卒業するまで手は出すなよ。」

今度こそ、冬悟は玉子焼きを吹き出した。

「そんなんじゃねえっス!!」

精一杯否定してみるけれど湟神はふう、とため息をつく。

「PTAは怖いぞ…。教師を辞めたくなければもっと上手に立ち回れ。今のじゃ何かあると言ってる様なもんだ。」

先ほどのサインも春先に姫乃が学校で「今日の晩御飯は…。」と聞いてきたのを必死で止めて、じゃあどうするかと作戦を練った結果のものだった。

姫乃的には「いいじゃない?」なのだが、色々と勘違いされてある事ない事噂が広まり教師を辞めることになったりすると、社会的に抹殺されてしまうと懇願したら姫乃が真剣にサインを考えてくれた。

それを却下はできなかったのだ。

それに、こういう二人だけのやりとりは、何だかくすぐったくて悪い気はしない。

…いかんいかん。

ブンブンと首を振る冬悟。

「一人前の教師になるまでは、絶対に辞めないっスよ。」

「養父親みたいに、か?」

言われて、プイとそっぽを向く。

「ガキだな。」

「ほっとけ。」

残りの弁当を全て平らげると次の授業の準備を始める。

「じゃあ私は保健室に戻るぞ。」

「おう。」

背中で答える。

養父勇一郎は元教師で、湟神はその教え子だった…らしい。

何かと気にしてくれるのは嬉しいのだが、勇一郎の名前をちらつかせるのはあまり気分がよくない。

「わかってますよ〜。オレはまだまだヒヨッコだ。」

口を尖らせると机に突っ伏して目を閉じる。

色んな事が頭の中を駆け巡る。

自分を引き取った明神の事。

敬遠しつつも何故か惹かれ、気が付いたらその養父と同じ職業にと考えた事。

毎日の生活。

新しい光。

姫乃と過ごすこの不思議な生活の事。

…暖かい。

今までにないやりがいと幸せ。

ぐるぐると考え事をしていると、気が付いたら眠ってしまっていた。




(んせい。先生!)

…まだ眠い。眠っていたい。

(明神先生!)

だから、まだ眠いんだってひめのん。

「冬悟、さん。」

びくっと肩が震えて、、目が覚めた。

冬悟は物凄く狭い場所に収まって眠っていた。

職員室をゴロゴロ移動して違う教師の机の下に収まっていたらしい。

椅子をどけてやっと発見した姫乃が冬悟を見下ろしている。

「やっべ!今何時!?」

がばっと体を起こすと頭が机に盛大にぶつけてしまい頭を抱えて蹲る。

「い痛ってー!!」

「先生、大丈夫!?」

「悪イ。えっと、今どうなってる?」

「五時間目の授業始まっても先生来ないから、自習状態。先生寝ちゃうと勝手に移動するから見つけるの大変で…。」

何人かで探しに行ったけれどなかなか見つからずにいたらしい。

第一発見者が姫乃とは全く恐れ入る。

「すぐ行く。ひめのん…桶川は探しに出た生徒皆教室に呼び戻して。」

「うん。…はい!」

返事と同時に駆け出す姫乃。

ふわあ、とあくびをして、大きな伸びを一つ。

(冬悟さん。)

姫乃の声が頭の中で繰り返し再生される。

無自覚から自覚に。

自覚から確信に。

バシンと自分の頬を自分ではたく。

(後三年、待てばいいんだろ?)

自分の机に用意された教科書を掴むと、明神は職員室を後にした。


あとがき
ああ、やっちまったよ。
姫乃に「先生」って言わせたかっただけなんです。
同級生もいいけど、教師と生徒もいいな、何て思っちゃったんです。
はい、反省。
2006.12.01

Back