ハジマリ、始まり
学校の昼休み。
姫乃は仲のいい友人達数人と昼食をとっていた。
窓際の机をいくつか近づけ、それぞれ弁当や買って来たパンなんかを広げている。
午後からの授業の話や先生の愚痴、それから憧れの男子の話なんかをしていたが、恋愛の話になると姫乃は少し退き気味になってしまう。
「それで?どうしたの?」
「や、キスまで。それ以上は恥ずかしくてできません。」
「付き合い始めてからどれくらいだっけ?」
そんな会話を聞きながら、
こっちが恥ずかしいよ…。
と思いながら会話に参加できず、一人で作ってきたお弁当をぱくついていると、友人の一人に声をかけられた。
「姫乃は彼氏とかつくんないの?」
思わず口に入れた玉子焼きを吹きそうになる。
「いや、私なんか無理だよ〜。もてないし。そういうの、何か苦手だし、あんまり考えてないっていうか…。」
「姫乃ってこういう会話苦手そうだよね〜。いつもしゃべんなくなるもん。」
「あう。」
「何で、姫乃もてるのに。」
「そっ、そんな事全然ないよ!もててたら彼氏いるよ!」
「…どうだろうな〜。」
友人達がじとりと姫乃を見る。
何でここだけ皆一致団結するのかな!?
詰め寄る友人達の視線がなぜか痛い。
実際、本当の所は姫乃はもてる。
というか、姫乃に憧れを抱く男子は多い。
だが姫乃本人にその自覚が全くない事や、授業が終わったら直ぐ家に帰ってしまう事(管理人さんが遅くなる事を許さない為)なんかが姫乃とのつながりを遮断していた。
更に、よしんば姫乃と二人きりになれたとしても、何故か姫乃が独り言を言い出したり(エージブロック)する為に何だか機を掴めなくなってしまうのだ。
「姫乃って、好みのタイプとかいないの?」
「へえ?」
あまり考えた事はなかった。突然の質問に戸惑ってしまう。
「3組の山田どうよ?あいつ顔いいし、勉強もできるし。ああいうの駄目なの?」
「いや、駄目っていうか…。何で山田君?」
その場の全員が「ふー。」とため息をつく。
「姫乃、あんた男子に興味ないの?このままじゃ彼氏なんて絶対できないよ?」
肩にポン、と手をおかれ同情の瞳で見られる。
な、なんでここまで言われなきゃいけないんだろう…。
そりゃ皆に比べたら恋愛経験なんてないし、会話にもついていけないけど…。
「す、好きなタイプくらいあるよ!」
「へえ、じゃどんな人?」
「ええ?えっと…。」
頭をフル回転させて考える。
私が好きなタイプってどんなのだろう。
うでを組み、うーんと唸る。
「えっとね、こう、手とか背中とか大きくて。」
ふんふん、と聞く友人達。
「背も高くて…。」
あれ?っと思う。
色々考えて、そりゃ私がよく知ってる男の人なんてそんなにいないけど、いないからだけど。
「普段はだらしないけど…いざとなったらカッコよくて。」
止めよう、止めようと思っても止まらない。
「いつもいつも、守ってくれる。」
頭の中に浮かぶのはあの人の事だけではないか。
「あ、私明神さん好き。」
ぽろりと言った一言にその場がピタリと凍りついた。
「あ、あれ?私今何て言ったっけ?」
「ひ、姫乃。ミョウジンさんって誰?」
友人の一人が聞いてきた。
自分の言った事と、自分の感情に後から気付いて姫乃の顔がじわじわと赤くなる。
「わわわ、私…っ。」
それから姫乃は授業開始のチャイムが鳴るまで友人達に質問攻めに遭う事になる。
そして静かに心砕かれたクラスメイトが教室に数人。
授業が始まっても姫乃は落ち着いて先生の話を聞く事ができなかった。
どうしてだろう!今までこんなの考えてなかったのに!
うたかた荘に帰ったら今までみたいにできるだろうか。
好きだと分かってしまった途端、自分の世界が一気に変わってしまった気がする。
明神の顔を思い浮かべるだけで心臓がおかしくなる。
「…どうしてくれるの〜…。」
ぽつりとつぶやく。
友人達を恨んでも仕方がない。
これが恋のハジマリ始まり。
あとがき
電車の中で、女子高校生が恋話をしていて思いついた話です。
初々しいねえと思いながらそっと聞いていしまいました。(だってえらいでかい声で喋ってたから。)
がんばれ恋する乙女。
2006.10.11