ハイパーストロングガール
表裏一体+
明神がおぼつかない足取りでうたかた荘に戻ったのは午前4時。
白金の策略にはまり、立って歩けるギリギリの所まで酔わされて帰らされたのだけれど、明神本人にその自覚は無い。
何だか今日は饒舌だった、ちょっと喋りすぎたかな、何て考えながらも気分はいい。
行きはあんなに重い気持ちだったのに、溜まっていたモヤモヤを吐き出して、帰りはこんなにも気楽になっている。
「やっぱり、何があってもひめのんはひめのんで居てくれるよな。うん。きっと。」
鼻歌交じりに玄関を開けると、黒髪の背中が明神の目に飛び込んだ。
酒の席で、ずっと話題になっていた愛しの人物がポンと目の前に現れ、明神は一気に舞い上がる。
今の時間はわからないけれど、遅くなった自分を今まで待っていてくれたのだと思うと、お酒の勢いも助けて明神の「愛しい」が爆発する。
「ひめのんー!」
飛びついて、抱きつこうとすると、その黒髪が振り返った。
「!!!」
咄嗟に、明神は体をあり得ない方向へとねじってその人物を避ける。
受身も取れないまま階段に突っ込んだ明神を、その人物は口元に手を当て見下ろした。
「あら、今日は随分酔ってるのね。姫乃なら待ちきれなくてそこのソファーで寝ちゃったみたいなんだけど…。」
そう言う雪乃はさっきまで寝ていた為か、いつもは束ねている長い黒髪を下ろしている。
「いえ…本当に…スンマセン。」
起き上がれないままとりあえず謝る明神。
「こちらこそ、ゴメンなさいね。姫乃じゃなくって。」
狙ってなのかそれとも意識しなくてなのか。
微笑む雪乃の言葉は明神の心に突き刺さる。
親子なので背格好が似ているとは言え、普段の明神なら間違える事は万に一つも無い。
勝敗を分けたのは酒を飲んでいるか、いないかという事だという事は明白で、明神は暫く禁酒しようと心に誓う。
「それで冬悟さん。帰ったばかりで悪いけど、姫乃を上まで運んで貰えるかしら?」
「あ、ハイ。今すぐ。」
あまりの衝撃に酔いも醒め、明神はソファーで眠る姫乃を抱えて階段を上る。
傍らに立てかけてあった使い古した木刀も、一緒に抱えて運んでおく。
明神は、背中に雪乃の視線を感じながら、大きな体で姫乃を隠してその顔を覗きこんだ。
先に寝る様言っておけば良かったと後悔しながら、何にしろこれから色々と頑張っていこうと一人心に誓う。
姫乃を運び終えて雪乃に挨拶をすると、明神は顔を洗って管理人室に倒れ込む。
一日の最後の最後で叫びそうな程驚く事があったけれど、あの酒の席を思い出すとまま良い日だったと自然に顔が綻んでくる。
これからも何かあったらあいつに相談しよう何て事を考えながら、明神は目を閉じた。
湟神澪は腕を組んで白金を待っていた。
待ち合わせの時間まで後十分。
少し早く着き過ぎて、どうせなら待たせる方が性に合っている等と考えながら、店の前で仁王立ちしている。
五分前になって白金が白いスーツで現れ、先に着いている澪を見つけると心底嬉しそうに微笑んだ。
その微笑を、駆け寄る白金を見て、澪はやっぱり早く来るんじゃなかったと少し後悔した。
「澪ちゃん!オレより早く来てくれるなんて、感激だなあ☆」
「たまたま。偶然。というかお前がもう少し早く来い。」
「ああ!!こないだ余所行きの服が無いって言ってたからプレゼントしたドレス!着てくれたんだね!!」
「他に着るものが無かったからだ。大体こいつのせいで身支度の時間の感覚が狂った。」
「澪ちゃん綺麗だ!良く似合ってるよ☆お姫様みたいだ。」
「お姫様なら昨日本物を見てきたよ。」
二人の会話はことごとくすれ違う。
けれど白金はそんな事お構いなく話を進め、澪は澪でそれを無表情でかわす。
「入るぞ?私は腹が減った。」
「ああ。エスコートしますよお嬢様。」
「誰がお嬢様だ。馬鹿め。」
白金が澪の手を取る。
澪がその手を振り払う。
白のスーツと黒のドレス。
傍から見ると軽い取っ組み合いをしている様に見えなくもない二人が、揉み合いながら豪奢なレストランへと入っていった。
目を離すと殴りかかってきそうな澪をどうどうと抑えながら、白金は予約のチェックを済ませて席へと急いだ。
あまり時間をかけている内にへそを曲げられたらかなわない。
席に付いて数分、運ばれた前菜を急いで薦めて機嫌を取る。
むっつりしながら料理を口へと運び、数秒後。
「…美味いな。」
これでとりあえず一安心。
こういう時は少し黙って、もう少し料理を食べさせる。
まるで子供をなだめてるみたいだ、と白金は思った。
「で?」
「ん?」
「ん?じゃない。ここへ来た目的を忘れたか?」
「ああ。」
忘れていた。
白金にとって、一緒にご飯を食べるというのが目的で、手段の方は昨日の内にさっぱり流してしまいそうになっていた。
さんざん明神をからかって、満足した、ともいえるけれど。
「えっと…。」
昨晩の明神との会話を思い出し。
「…今言うと、澪ちゃん直ぐ出てっちゃいそうだから、澪ちゃんが何か一つ食べ終わったら、何か一つ話をする、って事にしようかな?」
「なんだっ。」
「じゃあ、一つ目の話。」
澪の言葉を遮って、白金が身を乗り出し話を始める。
抗議しようとした澪も、一瞬虚をつかれて黙ってしまう。
「…まあ、いいよ。」
「それじゃあね。どの話にしようかな…あんまり澪ちゃんが怒らなさそうなのから。」
「何だそれ。」
「出来るだけ長い時間一緒に居たいからね。」
「あのな。」
「二人が最初に会ったのは、あの近くにある公園だったらしいよ。姫乃ちゃん、木の下で鞄枕にして寝てたってさ。びっくりだよね。無用心っていうか、何て言うか。その時既に流仙蟲に憑かれてたってんだら、ホントある意味大物って言うか。…でね。」
白金は話をするのが上手い。
口調に表情があって、聞いていて飽きないし、手振り、身振りで相手に話を面白く伝えるという事が本当に上手い。
無口な奴だと認識していた為につい最近まで知らなかった事だけれど、白金が話し出すと、澪はついついその話を聞いてしまう。
澪は白金の良く動く口を眺めながら、サングラスに隠された瞳を見ながら軽く頷いて話を聞いている。
「こうやって二人は一緒に住みだしたんだって。…これで一つ目の話は終わり。」
「へえ…。そんな事があったのか。」
「じゃあ次の話は、澪ちゃんがそのスープを食べ終わってからにしようかな?」
「…わかった。」
言われたとおりにするのは何だか腹が立つ。
理由は無い。
澪はしかめっ面でスープを口にし、口にした瞬間少し口角を上げる。
白金はそれを目の端で覗き見、こっそり喜んだ。
「ぐご…。ぐ、う、うぐ?」
明神が目を覚ますと、そこはうたかた荘の外だった。
「おお…いけね、またか。」
パーカーをはたいて目を擦ると、辺りは薄暗く、明神は自分が何時間寝ていたか確かめるべく急ぎ足で部屋へ戻り時計を掴んだ。
「…あれ。六時半?」
時計の針は六時半。
寝たのは確か朝方で、それから今が朝の六時だとしたら数時間しか寝ていないという事になるけれど、脳の調子や腹具合を考えるとどうもそういった風ではない。
かと言って、次の日の夕方六時半だとすると、明神は丸一日眠っていた事になる。
「…マジですか。」
どうして誰も起こしてくれなかったんだろうと少し寂しい気持ちになりながら、昨日遅くまで待たせてしまった姫乃の姿をとりあえず探す。
すると、二階へ行く途中の階段で、その姫乃とばったり出くわした。
「あ、明神さん起きたの?おはよう。…ってもう遅いけど。」
「あー、ひめのん。昨日はごめんな、遅くまで。……あ、お母さんから何か聞いた?」
まさか姫乃と間違えて母親に飛びつきそうになっただなんて事が姫乃の耳に届いていたとすると、明神としては恥ずかしくて堪らない。
一瞬悩んだけれど、確認をする事にした。
「え?何かって…。」
姫乃が首をかしげ記憶をめぐらす。
その間、明神は嫌な緊張感で顔を歪ませる。
「いや、何も聞いてないならいいんだけど…。」
「………あ。」
顔を赤らめる姫乃に、明神は墓穴を掘ってダイブしたい気持ちになった。
そして、姫乃が忘れていたのなら聞かなきゃ良かったと後悔した。
「オレ、ちょっと、顔洗ってくる…。」
「あ、私も。」
とぼとぼと歩き出した明神に、姫乃もちょこちょこ付いて来る。
「ひめのんも?」
「学校は行ったんだけど眠くて…さっきまで寝てたの。お母さんは今お買い物。ご近所のお友達と少し話して帰るって言ってたから、ちょっと遅くなるって言ってた。」
そう言って欠伸をする姫乃を見ながら、明神は何故自分が起こされなかったかを理解した。
二人並んで順番を譲り合いながら顔を洗い、歯を磨き。
「リベンジ。」
横目で姫乃の様子を伺っていた明神が不意打ちでキスをする。
「みょ…。」
驚いて目を見開いて、それから急いで目を閉じて。
「…いじわる。」
離れると、タオルを手にして何度も顔を拭く姫乃の頭を撫でる明神。
しかし明神はふと、何か違和感を感じ眉を顰めた。
「えっと…何だかスッゲぇ今オレのびのびとしてるというか、安心してると言うか…違和感があるんだよな。つい最近までこんな事は……あ!!!こ、湟神は!?」
「ほえ?」
「ほえ?じゃなくて。湟神は?」
「澪さんなら、今日は白金さんと会ってご飯食べるって…。」
ぞくりと、明神の背中に悪寒が走った。
「…白金と?」
「うん。」
「…白金と?」
「うん。」
「……しろが。」
「だからそうだって。」
明神の中に、「まさか」という言葉が警報の様に木霊する。
いやまさか、まさか、そんなまさか。
「ねえ、澪さんが白金さんとご飯食べるのがそんっなに気になるの?」
何かを勘違いしてふくれる姫乃に、止まっていた明神の思考が一気に動き出す。
「いやそうじゃなくて!!そうじゃないんだけどある意味滅茶苦茶気になるというか、今ちょっと命の危機を感じてるというか、まさかそんな事はと思うんだけど。ひめのん、白金って湟神とオレとどっちが好きだと思う?」
「……明神さん、白金さんの事が。」
「違 う!!!!言い方悪かった、男の友情と湟神、どっち取ると思う?」
「澪さん。」
即答だった。
青くなった明神は口元を押さえてうずくまる。
「どうしたの、明神さん。二日酔い?」
ことごとく的を外す姫乃の問い掛けに答える気力も残っていない。
「…ひめのん。」
「何?」
明神は姫乃の手を握った。
「ちょっと、遠くまででかけようか。今から。」
「え?」
かくして、二人の逃亡が始まった。
あとがき
やっぱり一回では終わりませんでいた。後一回。
タイトルがもう大変な事になってきました。
2007.07.16