ふたり。

「で、だな。」

夜の管理人室。

そこに座るエージと、向かいには胡坐をかき、真剣な面持ちの明神。

そして二人の間には二枚のチケット。

そのチケットには「咲良山健康ランド無料招待券」と書かれていた。

「このチケットは今朝十味のじーさんが報酬代わりによこしたモンだ。命賭けの二時間半がこのチケットに化けた訳だ。」

「そりゃーご愁傷様で…。」

興味なさそうに言うエージに、顔をぐぐいと近づける明神。

「貴重な労働の報酬なんだよ!」

「それで健康ランドって…。イマドキの若者が行くとこじゃねえよな。」

しれっとしたエージの頭を右手で鷲掴みにすると、明神は指に容赦なく圧力をかけた。

「あいでででええええ!!!」

「オレだって金があればもっといいとこ探します!」

「…具体的にはどういうトコだよ。」

質問すると明神の指が緩んだ。

エージは急いで明神の手から逃れる。

「具体的にって…。ゆ、遊園地とか?どうぶつえん…?」

「何でどっちも疑問系なんだよ。」

少しの間、明神は下を向き、黙る。

顔を上げると。

「まあ、ひめのんならどこでも喜んでくれるだろう。」

思考する事から逃げやがった…!!

「まあ、オレがお前を呼んだのはこんな話をする為じゃなくってな。」

先ほどの会話をなかった事の様に話を進める。

「はいはい。何だよ。」

「それで、明日の日曜日にひめのんと二人で出かける事になってんだ。勿論、で、で、デートって事でだな。」

「自分で言いながら動揺すんなよ。」

「いちいちうるせえ!じゃなくって。そんで明日二人で出かけるからだな。もしアズミがついて来たがったりしたら、何かこう、巧い事してくれねえか?」

「…そんくらい自分で何とかしろよ…。」

あからさまに怪訝そうな顔をするエージ。

大体、何故自分がそんな事をしなくてはならないのか。

自分達の事位何とかしろよ。

「そりゃそうだけどよ。…ほらひめのんアレだろ?きっとアズミに着いて行くって強く言われたら断れないだろーしさ。」

「まあなあ。」

少し想像すれば「仕方ないなあ」と苦笑いしながら明神の方をチラリと見る姫乃が浮かぶ。

明日早くにアズミを連れて公園にでも出かけてやればその心配はとりあえずなくなる。

「まあ、いいけどよ。」

と、言いながらエージは明神に手の平を差し出す。

「…何だよ。」

「報酬は?」

「…そう来ると思った。」

明神は立ち上がると引き出しを開けて中から何かを取り出しそれをエージに渡す。

2007年度版プロ野球年鑑。

剄伝済み。

「おおおおお!!明神わかってんじゃねーか!」

明神から年鑑を受け取ると早速ページをめくる。

「高かった。買うだけで疲れた。」

「よっしゃ、じゃあ交渉成立!明日は任せとけよ!」

本を大事そうに抱えて壁を抜けようとして…本が壁に引っかかりエージが転ぶ。

バサリと本が床に落ちた。

「…この部屋で読んでけよ。オレまだ起きてるし。」

「…オウ。」

こういう時、年齢は離れているけれど男の友情を感じるエージ。

明神は「憧れの相手」であり、「世話の焼ける大人」であり、「友達」である。

二人は特に会話はしないけれど、それぞれ遅くまで起きていた。

次の日。

約束通りエージはアズミを連れて公園に行ってくれた。

行きがけに「頑張れよ」と一言声援を送る。

よし。よし。

顔をパンとはたいて気合を入れる。

「あれ、どうしたの?玄関で。」

後ろから姫乃に声をかけられ振り返る明神。

いつもと違うセーターとひらりとしたフリルのスカートをはいた姫乃。

いかにも、今日はお出かけなので頑張りました!という格好。

思わずまじまじと眺めてしまう。

「な、何?変?」

「あ、いえ。全然全く。えーっと、どちらかと言うと可愛い…です。」

そう言うと、姫乃は嬉しそうに笑う。

「ありがとう。結構頑張ったんだ〜。」

そう言って明神の隣に並ぶと背伸びをする。

「兄妹みたいって思われたくないもんね。」

歳が離れているのを気にしているのは明神だけではなくて姫乃もそう。

ただ、理由が少し違うけれど。

「じゃあ、行こうか!」

出発は昼前11時。

電車を乗り継いで咲良山健康ランドへ。

この咲良山健康ランド、最近改装オープンしたばかりのレジャーランドで、完全なカップル向けではないものの施設は意外と充実している。

お年寄り、家庭連れ向けというイメージは拭えないものの、なかなかお洒落な外装。

目の前にドンとそびえた煌びやかなビルを見上げる明神と姫乃。

自動ドアを抜け、案内マップを手にすると広い施設内を移動していく。

「えっと、確か都内一の温水プールが売り…なんだよね。ここ。」

「そうなのか?あんま良く知らねぇけど…。」

「そうなんだ。大っきな滑り台もあるんだよ。」

「…水着なんて持ってきてねぇぞ。」

「レンタルがあるよ。ほら!」

姫乃が指さす先に、小さな売店の様なスペースがあった。

そこに並ぶ幾つかの水着。

早速姫乃は物色を開始する。

「どれがいいなかあ。ねえ、明神さんどれがいい?」

「どれがいいって…。」

姫乃が適当に選んだ数点の水着を手に取る。

(何ってか、コレオレが選ぶの?ビキニなんて選んでエロい奴だと思われたくないけど、あんまり可愛いのを選んでも子ども扱いするって怒られそうだ。第一オレ水着選ぶセンスなんかねぇし…。何だこのスカート。水着に何でスカートついてんだ?何だこの長えスカーフ。これ腹に巻くのかそうか。何だこの食い込んだパンツは。こんなのひめのんに履かせられるか破廉恥な。)

真剣に女物の水着を選ぶ明神。

「あ、あの明神さん。そんな真剣に…。ぱっと似合いそうなのって、決めて。ね?」

はっと気付くと手には数点の水着。

大の大人が連れの女の子の為にとは言え目を据わらせて女物の水着を選ぶ光景はやや異常。

慌てて全て姫乃に手渡す。

「じゃ、じゃあコレ!!」

色はブルー、空の色。

姫乃に手渡した水着の中から掴んで引っ張ったそれは広げてみるとセパレート付きのビキニ。

「わかった。じゃあコレで。」

明神は自分の水着を手早く選ぶとそれを持って会計を済ませた。

一旦別れて着替え、プールの中で再会。

細い。

白い。

でも意外と…。

「あの、あんまりじろじろ見ないでよね。」

「はいすんません。」

頬っぺたをつねられて我に返る。

今日はこんなのばっかりだ。

明神は水着の上に薄いパーカーを着ている。

「明神さん泳がないの?それ着たまま?」

「や、なんつーか。」

袖をめくり梵痕をちらりと見せる。

「コレ。忘れてたけどちょっとまずいだろ?」

「…ああ。そっか。」

包帯ででも隠してくればよかったとため息をつく明神。

一般の人が見れば腕に梵字の刺青をした男という事になる。

白い髪とセットで目立つ。

明神は一緒に泳ぐ事を諦めてプールサイドから姫乃を見守る。

姫乃がプールに飛び込み、泳ぐ。

手を振る姫乃。

手を振り返す明神。

辺りを見回すと同じ様な光景がもちらほら。

ただし皆家族連れ。

「兄妹って思われたくないもんね。」

姫乃の台詞が頭をよぎる。

滑り台を子供に混じって滑り降りる姫乃。

水に突っ込み、その子供達と笑う。

どうやら姫乃はその子供達に仲間とみなされたらしい。

一緒になってはしゃぎ出す。

「まだまだ保護者、かな。」

先ほど食い入る様に見てしまった綺麗な谷間は、頭の片隅の方へと押しやり封印する。

プールサイドに置かれたベンチに深く腰掛け目を閉じる。

そういや、昨日結構遅くまで起きてたもんな。

いけないいけないと思いながらも目蓋はどんどん重くなる。

(明神さん、明神さん。)

綺麗な声が呼んでいる。

目を開けたいけど眠くて。

(明神さん。)

頬にポトポトと水の雫が落ちるのを感じた。

…泣いてんのひめのん?

(明神さん。)

ごめんひめのん今起きる泣かないで…。

「明神さん!」

バチリと目を開けると同時に明神は手を姫乃の方へ伸ばす。

がっしりと腕を掴むとその腕は水でびしょ濡れ。

「わ。びっくりした。起きた起きた。」

気がつくと、明神は姫乃と、見知らぬ子供達に囲まれていた。

「なーねーちゃん。コイツねーちゃんの彼氏?」

子供の内の一人が姫乃に聞く。

「ええ!?か、彼氏って言うか。彼氏…かれし。」

「髪真っ白!変なの〜。」

違う子が明神を指さす。

すかさず姫乃がゴツンと一発。

「コラ!変なんて言わないの。明神さんはこれが普通なの。だから変じゃないよ。似合ってるもん。」

「な。これ、ひめのん。何がどう?」

「何かね。仲良くなっちゃって。」

頭をかきながらえへへと笑う。

せっかくエージに頼んでアズミを見て貰ったのに、今や四人の子供に囲まれる大惨事に。

「おっさん泳がねーの?」

「おっさん言うな!」

「泳げないんだろ〜。」

「泳げるけど泳がないの!」

子供達が容赦なく明神に懐く。

男の子二人が明神の海パンを引っ張りだす。

「あ、コラテメエ!」

エージとアズミが二人づつになったと仮定して対応する明神。

纏わりつく子供達を引っぺがし、持ち上げる。

きゃあきゃあはしゃぐ子供達。

姫乃もそれを見て笑う。

「ね、泳ごう!」

子供の一人が明神の手を引っ張る。

「あ、いやオレこの服…。」

姫乃が明神の手をとって引っ張る。

「ひめのん!?」

「売店で新しいの買ってあげる!」

しっかりと明神の手を掴んだまま自分の体重を水面に投げ出す姫乃。

同時に四人の子供達もそれぞれ明神の手足に掴まる。

ぐらりと体が斜めに倒れ、そのままプールの中へと吸い込まれる。

姫乃の笑顔と水面がスローモーションの様に近づいてくる。

バシャーン!!!

派手な音と水飛沫を立てて明神はプールに沈没した。

水の中で歪んで見える姫乃は笑っていて、明神は鼻に水が入って苦しかった。

「ぶっは!!」

足はつく程の深さなので、直ぐに立ち上がる。

「っかー!!鼻に、水!入った!!」

ゲホゲホとむせる明神。

その明神の足を水中でさらう子供達。

「う、お!!」

もう一度明神が水の中に消えた。





結局、その後もその子供達と一緒に施設内を回る事になり、帰りの電車ではぐったりと疲れ果てた明神。

売店に売っていたパーカーの代わりに買ったシャツは、胸に大きく咲良山健康ランドのイメージキャラクター「ランド君」がプリントされていた為、明神はコートの前をしっかりと止めている。

「ご、ごめんね〜。」

「や…いいよ。ひめのん楽しそうだったし。」

満身創痍。

子供は元気だ。

背もたれに体重を預けて少し目を閉じる。

その時、姫乃が明神の肩にもたれてきた。

ああ、いけねと目を開けると、耳元で姫乃の声。

「デートは、家につくまでがデートですよ。」

そうだった。

見下ろすと、片目を開けて明神の様子を伺う姫乃。

少し、頬を膨らませて。

子供達に邪魔されたとは言えプールで遊んで。

今はこうやって二人で電車に乗ってる。

贅沢は言うまい。

元々、貰い物のチケットを使った格安デートだ。

今やっと、二人きりになれた訳で。

デートがしたいと望んでいたのは自分だけではなくてお互い、共にであって。

ガタゴト揺れる電車。

明神は姫乃の手を掴むと、自分の手ごと黒いコートの中へ収め、指を絡めてみる。

寝たふりした姫乃の顔が、耳まで赤くなる。

電車が駅に到着し、二人は手を繋いだまま改札をくぐった。

その間姫乃はずっと顔を伏せたまま。

…自分からふったくせに。

駅からうたかた荘までゆっくり歩く。

夕日が傾いて暗くなっていくにつれて、人影が減っていく。

人が減っていくと、周りを気にしなくなったのか姫乃の顔がちょっとづつ上がってきた。

「…なるほど。」

「何が?」

「ひめのんは人前で手ぇ繋ぐの恥ずかしいんだな。」

「…そりゃそうだよ。」

照れ隠しなのか、姫乃が繋いだ手を大きく振る。

「…でも、エージ君には感謝だね。アズミちゃん今頃どうしてるかな。」

「ん?ああ。結局人数四倍になったけどな。」

姫乃が振り返って笑う。

その手を引いて、不意打ちのキス。

「み、道の、真ん中ですよ。」

「…今他に人いないし。大丈夫だろ?」

「そういう問題じゃないし。」

「だって勿体無いだろ?せっかく二人きりなのに。」

明神は姫乃を抱きしめる。

身長差のせいで、抱きしめると姫乃の体はすっぽりと明神の腕の中に納まって隠れてしまう。

「そうだよね。せっかくエージ君にお願いして二人にして貰ったんだもんね。」

ん?

明神の動きがピタリと止まる。

エージ君にお願いして二人にしてもらった?

「誰が?」

「誰がって?」

「エージにお願いって。何?」

その質問に、姫乃はやや目を伏せ、少し顔を赤らめる。

「だ、だってさ。せっかくのデートだし。二人っきりがいいなって思ったの。だから、エージ君にお願いしてアズミちゃん見ててって。」

「…いつ。」

「昨日の晩。アズミちゃんには悪いと思うけど、今日だけは…って。明神さん?」

明神が姫乃の肩をわしと掴む。

「ご、ごめんなさい。勝手な事して。そうだよね、アズミちゃんも連れてきてあげた方が…。」

「そうじゃなくて。」

嫌な予感がする。

「ひめのん、交換条件とか、エージに持ちかけられなかった?」

「え?えっと、テレビのチャンネル権一ヶ月分…。」

やられた…!!!

「あのクソガキ足元見やがって…!!」

「え?…もしかして、明神さんも!?」

ようやく明神の言わんとする事を理解する姫乃。

「2007年度版プロ野球年鑑」

「うわァ…。」

はあ、と盛大にため息ついて。

その後可笑しくなって二人で笑う。

そして再び足を動かし出す。

長く伸びた影が揺れる。

「あーやられた。次から作戦練らないとな。」

「次から?」

「次から。」

姫乃が手を伸ばし、明神がそれを掴む。

「次だ次。今度は邪魔されない場所がいいな。」

「お金貯めないとね。アルバイトしようかな。」

いいアイディアと手を打つ姫乃。

「駄目。」

直ぐに却下する明神。

「何で?」

背の高い明神を見上げる姫乃。

「あるばいとは危険が一杯。出会いが一杯。」

「…。」

姫乃は呆れるけれど明神は本気。

「ホント、時々子供みたいなんだから。」

「うるせ。」

「でも、そういう風に心配されるの、嫌じゃないな。」

「…オレは心配すんの嫌〜。」

目と目が合う。

明神は勘弁してよと目で訴える。

姫乃はにっこりと笑う。

「アルバイトしようかな〜。」

「駄目です。」

「アルバイトしちゃおっかな〜。」

「嫌です。」

「でも、明神さんとのデートの為なんだよ?」

「ぐ…。それでも駄目。」

姫乃が嬉しそうに笑う。

二人の影が長く伸びる。

夕日がゆらゆらと町の影に溶け、二人の影も足元の闇に溶ける。

辿り着いたうたかた荘の玄関。

名残惜しい気持ちで繋いだ手を離す。

「…じゃあ、かえろっか。」

「おう。」

長い長い一日の、二人だけのデートが終わる。

一歩うたかた荘に足を踏み入れればまた「うたかた荘の二人」。

最後の最後で悪あがき。

明神はもう一度だけ姫乃を引き止めると、頬に軽くキスをした。


あとがき
おまたせしました〜!!本当はもっと早く出来上がる予定がくるくるなりましてやっと完成です!!
「健康ランドデート!!」一度書きかけた物を書き直して今に至ります。うん何とか…。
こちらはリク下さった桜音さんへ!!ラビュー!もちろん返却可で…(弱気)
ありがとうございました!!

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