踏み外せば別世界

「げ。」

仕事を終え、うたかた荘に戻った明神は、自分の部屋に戻るとこう言った。

確かにここは管理人室。明神の部屋だ。

なのに、何度目をこすっても見間違いではないので確かに、何故かこの部屋で姫乃が寝ている。

「え、ええっと…。」

これは一体どういう状況なのか、全く理解ができない。

自分がいつも寝ている布団の上に、パジャマの姫乃が丸くなってすうすう眠っている。

電気も消してあったので、危うく踏みつけるところだった。

このまま放ってはおけない。

まず、自分の寝る所がなくなってしまう。

隣で寝るなんて持っての外だ。

そう考えながらも、起こすのも勿体無いなという考えがもやもやと出てくる。

「…オレは馬鹿か!」

ぶんぶんと頭を振って、やましい考えを打ち消す為に電気をつける。

寝ている姫乃を見ると、まぶしそうに目を顰めている。

「…アレ?何か匂うな。」

部屋に、あまり嗅ぎ慣れない匂いが充満している。

甘ったるい、最悪の事態を想定するならば、酒の匂いが。

「…まさかひめのん。」

慌てて台所へ向かうと、共同用に置いてあった冷蔵庫の中に入れておいた缶中ハイがなくなっている。

もう一度ダッシュで管理人室に戻り、姫乃の様子を確認すると、顔を真っ赤にしてぐったりと眠っている。

枕元には空になった缶が転がっていた。

「何でエエエ??」

普段、明神もあまり酒を飲んだりする方ではないが、たまたま貰い物があった為に冷やして置いた物だ。

それを姫乃が飲んでしまう事は全くの予想外。

間違えたなんて事も考えにくいし、自分から飲んだなんて事はもっと考え難い。

「ひ、ひめのん。おーい。」

姫乃の体を支えて上半身を起こし、ぺちぺちと頬を叩くと、ううん、と反応があった。

「ひめのん、大丈夫か?」

「…みょうじんひゃんですか?」

ロレツが上手く回っていない。

完全な酔っ払いだ。

目が虚ろで視線が定まらない。

「ひめのん、どうした?酒飲んだのか?」

「はい。」

ふふ、ふふふ。と、何がおかしいのか笑う姫乃。

…笑い上戸!!

「おかえりなひゃい。今日もおそらったんれすねえ。」

ぐらぐらと頭が揺れている。

慌てて明神が手を回して支える。

「怪我とか、しれませんか?」

「してない、してない。それよりひめのん。」

「…よかった。」

突然、姫乃の目に涙が浮かぶ。

そのままボロボロと泣き出してしまった。

「あ゛ん゛まり゛、おぞいがら…っ、ろうかしちゃったがとおもっで…。」

…泣き上戸!!

「大丈夫だって、ほら泣くな泣くな。どっこも怪我なんかしてねえし、無事に帰って来たから。な?」

まるで子供をあやすみたいだ。

手で涙を拭っても拭っても新しい雫が落ちてくる。

相手がよっぱらいとはいえ、姫乃にこんなに泣かれてしまうと何だか申し訳なくなってくる。

「ひめのん、泣かないで。」

そう言って頭を撫でると、今度はいきなり抱きついてきた。

「い゛っ。」

「明神さん、もうお仕事行かないで。」

「え、えええっ!!?」

「心配して待ってるのも、明神さんがみんなり優しいろも、やだ。」

「ひ、ひめのんちょっと?」

座ったまま、ずりずりと下がろうとする明神。

掴まったまま放さない姫乃。

…か、絡み上戸!!!

「…ずっと、一緒にいてくらさい。」

これが、酒の力を借りて言った姫乃の本音なのか、それとも本当に酔っ払って絡んでいるだけなのか、明神には全くわからなかった。

だけど、自分にしがみついている細い腕は少し震えていて、しがみついて胸板にしっかりと顔を埋め一度もこちらを見ない姫乃がどんな表情をしているのか、何故か想像できて。

「ひめのん。ごめんな。」

言うと、姫乃の体がぴくりと動いた気がする。

「案内屋の仕事、絶対に辞める訳にはいけないから、怪我したり、心配かけたり、もしかしたら巻き込んだりするかもしれねーけど。」

姫乃の頭と、肩と、背中をできるだけ優しく抱きしめる。

酒でぼんやりしているであろう姫乃にちゃんと届くように。

「何かあっても絶対守る。何があっても絶対戻ってくる。姫乃のところに。」

巧い台詞なんか思いつかないけれど、伝えたい事は言えた気がする。

言ってしまった後から照れくさくなって腕の中の姫乃をちらりと見る。

姫乃は下を向いたまま、まだこちらを見ようとはしない。

腕をつかみ、自分から少し引き離してみる。

…引き離したとたん、姫乃の首が、がくんと垂れた。

「…すー…。」

「…。」

「すー…。」

「…。」

「…。」

「……寝てる。」

赤い顔のまま、姫乃はすうすうと眠っている。

「…ねえ、どこから聞いてねェの、姫乃さん。」

「…ん。」

「ん、じゃねえ!」

今ついさっきの自分の告白はどうしてくれよう。

こっちとしては、一世一代のつもりでせっかくこんなに頑張ったのに!

があ!と吠えると姫乃を布団にごろんと寝かす。

「もういいです!寝ときなさい!」

上から毛布をかけてやる。

今日はソファーで寝る!

そう決めて部屋の電気を消すと、ずかずかと入り口に向かう。

「…みょうじんさん。」

呼ばれて、反射的に振り返る。

振り返ってみたが、姫乃はすやすやと眠っている。

「…寝言かよ。」

また姫乃のフェイントにひっかかった自分が悔しい。

悔しいので、ずかずかと部屋に戻ると、寝ている姫乃の口を自分の口で塞いだ。

「ん゛。」

ついでに鼻も塞いでやる。

息ができなくてバタバタする姫乃を見て、してやったり、と何となく満足する。

「ぷは。」

満足したので放してやると、何か言葉にならない言葉をブツブツ言いながらゴロリと体勢を変えて逃げる。

「明日は説教だかんな。」

そう言って、今度こそ管理人室を後にする。

明日は盛大にしかってやろう。

未成年が酒を飲むとは何事か!と。

そして説教の後はまた抱きしめてやろう。

姫乃が眠ってしまったあの続きをちゃんと伝えないと気が済まない。

酔っ払っていたとはいえ、こちら側に踏み込んできたのは姫乃の方なんだから、責任は取ってもらう。

姫乃がどこまで覚えているかは解らないけれど。

もう朝まで眠れないのはわかりきっていたけれど、ソファーにごろりと体を預けた。


あとがき
酔っ払った姫乃に振り回される明神で。
お題と合っている様な少しずれている様な(汗)自分の中ではあっているのですが、上手い事表現できないや!
お題六つ目でした。

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