Father’s Day

その日はいわゆる父の日で、いい歳こいたオッサン、明神勇一郎はそわそわしていた。

カレンダーには大きく赤ペンでぐるりと○がしてある。

朝食の席。

向かい合わせに座って食事を摂る明神と冬悟。

明神はあからさまに咳をしたり、テレビのチャンネルをくるくると回したり、新聞を閉じたり開いたり閉じたり開いたりと落ち着きが無い。

「…何だよ。」

どこまでも不機嫌な声で冬悟が声をかけると、ことさらオーバーリアクションで明神は「わあ!」と言った。

「何って。別に何でもないぞ〜!別に今日が父の日だな〜とか、冬悟は父ちゃんに何も用意してないのかな〜とか、そんな事は全く考えてないぞ!」

(もう言ってるじゃねぇか)と心の中で毒づきながら、冬悟はふーんと受け流す。

「あっ、ひでえ!さらっと無視しやがった!」

「あ?全く考えてねぇんだろ?」

「ぐ…口ばっかり達者になっちゃって…。」

わざとらしく大きなため息も、寂しそうな視線も無視して冬悟はさっさと自分が食べた食器を片付ける。

「ちょっと出かける。」

あまりこの空気の中に長居したくなかった冬悟は財布を掴んで玄関へ向かう。

「あんまり遅くなる前に帰れよ〜。今日も仕事だかんな。」

「わかってる。」

短い会話を終えると冬悟はうたかた荘を後にした。

ブラブラと近所を散歩して、特に行くあても予定もなく街を歩く。

「…父の日、ねえ。」

口の中で呟いた言葉を、言ってしまった後慌てて飲み込んだ。

大体、あのおっさんはいつもああなんだ。

あんな風に、寂しそうにしたり気にしているフリをしながらこちらを伺って。

その通りに事が運べば「良く出来ました」みたいな顔をする。

今まで接してきた顔色を伺いながらコソコソしている同級生や大人達も腹立たしくうざったかったけれど、どれだけ口で言っても笑って流され、どれだけ殴ろうとしてもかわされる―こんなの初めてで戸惑う事ばかりだった。

どれだけムカついても、生きる場所も、生き甲斐も、全て与えられたものなのだから仕方がない。

飛び出して二度と戻らないでやろうか、そうしたら困るだろうかと考えたって、自分自身がもう一人に耐えられないのは目に見えている。

仕事にはやりがいを感じている。

修行では「進歩」に対する喜びが得られる。

無くなれば何もなくなるのは、むしろ冬悟自身だった。

飲み物が欲しくなりスーパーに立ち寄ると、目に入る「父の日ギフト」の文字。

店内放送でもしきりに「日ごろの感謝を〜」と何かしらの商品の購入を促している。

…花なんて柄じゃねぇだろ、あのオッサンは。

菓子ったって、あんま食ってるとこ見ねぇし。

酒…はアリだけど、オレ未成年だし売ってくれねぇよなこんなナリしてるし。

ハッと我に返る冬悟。

って!!何つられてプレゼント探してんだ!!!

「…っ。」

妙に気恥ずかしくなって、ズカズカと食品コーナーへと向かい、買い置き用のカップ麺を幾つか手に取りカゴに放り込む。

スナック菓子と、ペットボトルのお茶もカゴに入れ。

「…あ、そういや今日オレが夕食の当番だっけ…。」

明神のにやけた笑顔が頭をよぎった。

正直、ムカついた。

ムカつきながら晩御飯のメニューを頭の中で組み立てる。

レパートリーははっきり言って無いに等しい。

そんな事全部無視して、今食べたい物を頭の中に描いた。

そしてそれに必要であろう食材を買い込む。

財布が軽くなってしまったがもうそんな事どうでもいい。

とにかく、今は色んな事が腹だたしかった。

あの明神のわかってますよ〜的な笑顔とか、わかっているのにそう行動してしまう自分とか。

動物じゃねぇんだ先を読まれるのは面白くない。

全くもって面白くない。

うたかた荘に帰った明神は鍋に水を張り、火をかけるとその中にパスタを突っ込んだ。

ソースは缶詰めの物を鍋に入れて暖める。

大体どの位暖めるかなんて確かめるのが面倒臭い。

ソースに肉と野菜を入れ足すべく冬悟は買ってきたスーパーの買い物袋からゴロゴロと野菜を取り出し適当に切る。

グツグツと煮えたぎるソースの中に、ぶつ切りの野菜と肉を流し込む。

そうこうしている内に、パスタの鍋がブシュウと音を立てて泡を吹いた。

「うお!?」

慌てて鍋を掴むとあまりの暑さに思わず手を離す。

「熱っちー!!お湯、これ流すのめんどくせぇな。冷めるの待つか。」

気を取り直してソースの鍋をかき回す。

盛り合わせはいつか食べた鶏肉入りのサラダ。

蒸した鶏肉がほぐして入っていたのだが…蒸すという感覚がわからない為に取りあえず買ってきた肉をフライパンで焼いた。

「…意外と美味そうな匂いするじゃねぇか。」

自分は思っているより料理はいけるかもしれない。

そんな事を考えながら、塩コショウを振る。

これまた分量は適当なのだけれど直感に従い小瓶を振る。

満足そうにフライパンの上の肉を転がしながら、冬悟はソースの鍋の存在をすっかり忘れていた。








「食え。」

ドンと机に並べられた皿。

その上には何かぐちゃぐちゃしたパスタと、そのパスタにかけられたドス黒いソースとカリカリのサラダが盛られている。

どっかと椅子に座ると冬悟は不機嫌そうに先に料理(?)に手をつける。

フォークですくおうとするとパスタがモロモロと崩れた。

イラっとした冬悟はスプーンを手にしてすくって食べる。

その様子をぽかんとした顔をして見ている明神。

「…何だよ。食わねーのかよ明神。」

呼ばれて我に返る。

「あ、いや…なんかさ、本当に父の日やってくれるとは思ってなくってよ。」

冬悟の手が止まる。

渋い渋い顔をして明神を見る。

「そんなんじゃねーよ。」

「うわ怖い顔!だってさ。コレ今まで作ったことない料理だろ?特別料理ってやつだろ?」

「オレが食いたかったの。」

「何だ〜。可愛いトコあるじゃねーか!」

「だから違うって言ってるだろ!?話噛み合わねぇなあ!」

それでも明神は一人「そうかあ、そうかあ」と嬉しそうに皿を眺める。

「いっただっきまーす!!」

そして嬉しそうにその料理を口にした。

バクバクと食べ進める明神と、それを口をへの字にしたまま眺める冬悟。

「…そんなモンで嬉しいのかよ。人間が食えるもんじゃねーだろ。」

「そう思うんだったら料理上手くなって美味いもん食わせてくれよ。」

「うるせ。」

「でなきゃ早く可愛い嫁さん貰って来い。料理のウマイ可愛〜い子な。」

「死ね。」

「いいじゃねーか。オレだって可愛い女の子にお義父さんとか言われてみてぇんだよ〜。」

「黙って食えよ。」

「オッサンのロマンよ。」

「下らねぇ。」

「そうでもないさ。息子がでかくなって、一人立ちして、嫁貰ってきたら親父は嬉しいもんだ。勿論、手料理だって大歓迎。」

「…。」

息子とか、親父とか。

「勝手に…息子とか。言うな。」

「ああ、悪かったなあ。」

言った後何となく後悔するのは冬悟自身。

それをわかっているかの様に微笑むのは明神。

苛立ってもどうしようも無いならどうすればいいのか。

素直になる方法はこの時の冬悟には逆立ちしても思い浮かばなかった。

食事を終え、それからいつも通り仕事を終え。

時刻は深夜0時を回った。

明神は感慨深そうに大きなため息を吐く。

「ああ、もう終わりかあ。冬悟、来年も頼むな!」

そう言って豪快に笑う明神に、冬悟は全く懲りない親父だと苦笑いした。


あとがき
父親といえば勇一郎さん!と思いました。
一日早いですが、父の日ネタです。
2007.06.16

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