ファミリイ

「明神さん!一っ生のお願い!!」

起抜けに、姫乃に手を合わせて拝まれた。

「…ハイ?」

ボサボサの頭を撫でつけながら虚ろな目で明神が答える。

姫乃はそんな明神の様子を全く無視してさらに頭を下げる。

「お願いっ!今度晩御飯、豪華にするし、準備は全部私がするから。」

「あのえっと、ひめのん。お願いにもよるんだけど…。どんなお願い?」

そう言うと、そろそろと頭を上げてジッと明神の様子を伺う姫乃。

「…断らない?」

「いや、無理な内容なら考えるけど…。」

そう言うと、姫乃はまた頭を下げる。

何だ何だとやってくるエージとアズミ。

アズミは首をかしげ、エージは何を勘違いしたのか冷たい視線を送ってくる。

「あああひめのん、頭上げて!頭っ!」

「明神さんが「いい」って言ってくれるまでこのまま。」

「ええ…。」

「お願い。」

ここまで頼まれたら、姫乃に甘い明神の事。

ついつい根負けして「じゃあわかったから、何したらいい?」と聞く明神。

姫乃が、がばっと顔をあげ、明神がびっくりするくらいに目を輝かせた。

「明後日、学校で三者面談があるの。」

一応落ち着いて、リビングのソファーに座ると、姫乃は開口一番そう言った。

思わず、口に含んだお茶を吹き出す明神。

「つまり、三者面談に、オレが、行くの?」

「明神さん、いいって言ったよね?」

口を拭いながら言うと、姫乃がまた押しに転じる。

「明神、約束破るのはマズイんじゃねーの?」

エージが口を挟む。

「オマエは面白がってるだけだろ!!」

「みょーじん、嘘ついたの?」

エージに乗って、アズミまで明神を責める。

「うぐ…。」

四面楚歌。

ぐるりと囲まれて逃げ場がない。

大体、三者面談なんて何をどうしたらいいのか。

それに、自分は姫乃の管理人であって、教師にもどう説明したものやら全くさっぱり見当もつかない。

「ええと、あなたは?」

「管理人です。」

「は?」

短いやりとりが明神の脳裏をよぎった。

駄目だ。どうシュミレーションしてもそれ以上進まない。

「…皆、友達ね。お母さんが来るって。私の家お母さん死んでるって言ったら、じゃあお父さんが来るの?って。私、うんって言っちゃった。」

つまり、明神としてではなく、姫乃の父親として三者面談に出て欲しい、という事だった。

言葉が出ない明神。

姫乃の気持ちは、痛いほど伝わった。

明神をからかう為に参戦していたエージも黙る。

「…わかった。」

長い長い沈黙の後、明神にはこう言うしか道は残されていなかったと思われる。

次の日、学校が終わったと同時に姫乃は走って帰って来た。

「明神さん!明日の準備しよう!!」

「お、おう。」

昨日の夜、少し思うところがあるのか塞ぎがちに見えた姫乃だが、今日は一転して明るい。

明神の目にははしゃいでる様に写った。

「明神さん、背広とか持ってる?」

「ねえな〜。紋付き袴ならあるけど。入学式ん時着て行ったあれ。」

「三者面談で紋付き袴は…。」

「ああ、オッサンのがもしかしたら残ってるかもしれねえな。」

「わかった!探してみる!」

意気揚々とタンスを漁る。

数分後、姫乃はタンスの奥の方から引っ張り出した背広のセットを誇らしげに掲げた。

手際よくアイロンをかけ、明神に着せるとテキパキと裾や袖の長さを調整していく。

(ひめのんって、本当に家庭的というか、いいお嫁さんになるよな。)

そんな事を考えていると、「ハイこれ!」と度が入っていない眼鏡を渡される。

準備万端。

いつの間にこんな物を用意したのかと苦笑いしながらもそれを受け取る明神。

「わあ…。」

背広のセットを着て眼鏡をかけると、姫乃は手を叩いて喜んだ。

「ネクタイ、どの色が合うかな…。」

これもタンスの奥から引っ張り出したダンボールの中から何本かのネクタイを取り出し、背広に合わせてみる。

「うん!ばっちり!!」

最後はヘアワックスで前髪をガチっと上げて、「サラリーマン風明神」が完成した。

「凄い凄い!明神さんカッコいい!!」

ころころと笑って喜ぶ姫乃。

「ちょっと、鏡見てくる。」

カッコいい、と言われて嬉しくないはずはないけれど、照れくさい。

顔が赤くなるのを見られたくなくて、明神は洗面所へと向かう。

途中、エージとすれ違った。

…目が合った瞬間、エージは目を背け吹き出し、明神はそれを予測して襲い掛かった。

そして三者面談当日。

やや緊張した面持ちで明神は高校の校門をくぐった。

不審者の様にきょろきょろと辺りを見回すと、姫乃が走ってくる。

「お父さん!」

そう呼ばれて、明神は苦笑い。

「えーっと、ひめのん?」

「何?お父さん。迷子にならなかった?」

あくまでこの芝居を解く気はないのか、姫乃はそのまま「親子」を続ける。

「ほら、教室こっちだよ!」

明神の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張っていく。

「お、おいおい。まだ心の準備が…。」

廊下を渡って、ズンズン進む。

その間も姫乃は終始ニコニコしている。

途中、姫乃の友人らしき子とすれ違った。

一緒にいた母親が頭を下げ、慌てて明神も挨拶する。

「これが姫乃のお父さん?若いんだ〜。」

そう言う友人。

姫乃は、明神の腕をぎゅうっと掴む。

「うん!今日海外出張から帰って来たの。これが終わったらまた行っちゃうんだけどね。」

明神はいつこの嘘がバレるものかと内心冷や冷やしていたが、姫乃があっけらかんと答えるので友人は疑いもしなかった。

そのまま順番を待ち、教室に入る。

「は、ハジメマシテ。姫乃の、父です…。」

自分でもびっくりする位の棒読みだったと思う。

「海外から帰ったばっかりで。」というよくわからないフォローを入れてはみたが、効果があったかどうか。

横で姫乃は口を押さえて肩を震わす。

…あのなあ。

「ええっと、姫乃は学校ではどうでしょうか?」

何とか気持ちを切り替えて、姫乃の為にも「父親」に徹してみる明神。

「そうですね。成績はいいですし、授業態度もとてもいいですよ。ただ。」

「…ただ?」

思わず、身を乗り出す明神。

これは、管理人、同居人としての親ゴコロでもある。

「無断欠席が多くてですね…。単位を落とす程度ではないのですが、もう少し気を付けていただかないと…。」

そう注意されて、思わず焦る明神。

その無断欠席の大半が自分の「仕事」絡みが原因であったから。

「えっと、すんませ…。すみません。オレ、私の仕事が遅くまでかかってしまったりして、ひめの…ん、姫乃に心配や迷惑をかける事が多くて…。」

予定外の事を喋ろうとすると上手くロレツが回らない。

背広の背中に、汗をかいているのがわかる。

「お父さんのせいじゃないよ。」

すかさずフォローを入れる姫乃。

「桶川さんは問題児、という訳でもないですし、クラスの行事なんかも積極的にやってくれてますから心配はしてませんが。」

先生がニコリと笑う。

その言葉と笑顔にほっとする明神。

(お、オレ意外とこの話題なら大丈夫かも。)

「ええ。家の事も何から何までやってくれてます。」

「そうですか〜。クラスメイトからも慕われているみたいですよ。」

「洗濯も掃除も全部やって貰って、飯も作ってもらってます。いやあ、我が娘ながら助かってますよ〜。」

毎日お世話にはなっている。こういう言葉ならスラスラと出てきた。

「…アレ、桶川さんはアパートの一人暮らし、でしたよね?」

…ぐふっ。

ゲホゲホとむせる明神。

「お父さん大丈夫?先生、今お父さん一時帰国していて、私のアパートに泊まってるんですよ。」

「そうか。良かったなあ、桶川。」

「はい!」

明神は「見事な女優っぷりだ」と、真っ白になりかける頭の隅でそんな事を考えた。

それから、姫乃の今後の進路の事や、海外の事なんかを話して三者面談は幕を下ろした。

「…自分が何話したか、全っ然覚えてねえ…。」

教室を出た明神はゲッソリと肩を落とす。

「じゃあ、お父さん帰ろっか。」

「あ、おいおい。」

また明神の手を掴むと、ぐいぐいと引っ張っていく。

校門を出て、帰り道を行く。

暫くの間、姫乃は明神の事を「お父さん」と呼び続ける。

今日学校であった事や、すれ違った友人の事なんかを楽しそうに話す姫乃。

明神は「うん。うん。」と聞きながらもどこまで合わせていいのかわからない。

一人だけ取り残されたみたいにふわふわしている。

とうとういたたまれなくなって。

「…ひめのん、もう、いいか?」

そう言うと、姫乃が「あ、少しだけ、ちょっとだけ待って。」と言うと、明神の前にピシッと立つ。

「お父さん。今日は有難う。まさか本当に来てくれるなんて思ってなかったからびっくりしたよ。…でも嬉しかった!」

えへへ。と笑う。

この言葉が、本当に自分に向けられているものか、明神にはわからない。

自分を貫いて、自分の背中の先の、もっと遠い遠い人物に語りかけている様な、もしくは、そう言いたかったのか、そんな気がした。

「…なんちゃって。ありがとう、明神さん。」

顔を上げた姫乃は、昨日までの子供の様にはしゃいでいた姫乃ではなく、いつもの姫乃だった。

また、明神は言葉が出ない。

(本当に、自分の中だけで解決しちゃった?)

そう思うと切なくて、先を歩き出した姫乃の手をとっさに掴む。

「…何?明神さん。」

(もっと甘えろ。)

喉まで出た言葉は一度飲み込む。

「…『姫乃。』」

「なあに、『明神さん。』」

わかってはいた。

姫乃とはそういう子だ。

深く、ため息を付くと上げていた前髪をくしゃくしゃとほぐす。

「もっとオレを…。」

姫乃は首をかしげる。

「もうちょっとオレを困らせるくらい、何ともないんだからな。」

そう言うと、姫乃は少し俯き、目を閉じ、ややあって首を上げ明神と目を合わせる。

「…うん。ありがとう。」

さしあたって、と言って姫乃の手を取る明神。

手を繋ぎ、その冷たさにちょっと驚いてその手を包み込む様に繋ぎ直す。

姫乃が笑う。

「じゃあ、来月の授業参観日も明神さんにお願いしようかな〜。」

「……いいよ。」

今のタイミングで言われて、断れる訳はない。

「やった!じゃあ宜しく、『お父さん。』」

まあ暫くは、お父さんでも構うまいと、にこにこ笑う姫乃を見て思う明神だった。


あとがき

明神のあたふた具合はどうでしょうか??
姫乃に振り回されて苦労する明神は大好きです。
企画第二段、一作目は桜音さんへ!ありがとう御座いました〜!
2006.12.10

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