衛星十号

ごろんごろんと眠ったまま床を転がって移動する明神。

それは見慣れた光景になってしまい、うたかた荘の住人は誰一人としてそれを見ても驚いたり慌てたりはしない。

「ああ、寝てるな」と思う位で、唯一姫乃が風邪をひいてしまうと焦って布団に戻そうとする位。

それでもポカポカと日差しが入る昼間なんかでは、そのままほったらかしにする事の方が多かった。

日曜日。

いい天気で、姫乃は張り切って沢山洗濯物をした。

悪いとは思いながらも寝ている明神から布団カバーや毛布なんかも奪って全部洗濯機に放り込んだ。

明神には、どうせ這い出しちゃうんだろうなあと思いながらも自分の毛布をかけておく。

昨日遅くまで仕事だったのは知っていたから、起こすのも可哀想、けれど布団は洗いたい、けれど布団を奪ってそのまま放っておくのはもっと可哀想と思ってその状態。

眠ったまま移動する明神を捕獲する様に上から毛布をかけてやると、その毛布に潜り込む様に丸まった。

「…何か、こんな動物いたよね。」

つついたら丸まる。

「あ。」

「ダンゴムシ。」

思いついた時に背後から声がして振り向いた。

エージが丸まった明神を見下ろしている。

「ったくまたかよ。良く寝るよなあ〜明神。」

「仕方ないじゃん。昨日も遅かったんだしさ…。でもダンゴムシかあ〜。私アルマジロって言おうと思ったのに。」

同じ丸まる動物でもダンゴムシとアルマジロではイメージが違う。

「アルマジロォ?ダンゴムシでいいだろ。」

姫乃は苦笑い。

エージがけっ言うと、それが合図の様に二人はその場を後にする。

昼を過ぎ、昼食を済ませると乾いた洗濯物を取り込んで畳む。

エージと姫乃はそのままダンゴムシかアルマジロか若しくはハリネズミかと話を膨らませていた。

明神はまだ眠っている様で姿を見せない。

そのうち腹が減ったとのっそり現れるだろうと姫乃は思っていたけれど、予想は外れて明神は眠ったまま姫乃の前に現れた。

ゴトンと音がして振り返ると、明神がドアに引っかかっていた。

居た堪れなくなって扉を開けてやると、そのまま部屋の中に這いずって入ってくる。

「…これは。」

「ナメクジだな。」

「ちょっと酷くない?」

「だってそうだろ?でなきゃカタツムリ。」

変わんないよと言いながら、気を取り直して洗濯物の残りを畳みだす。

すると、明神がゴロゴロ転がって畳んで重ねてあった洗濯物を崩し始めた。

「あ!あ!」

姫乃が頭を抱える。

エージが笑う。

明神が転がる。

明神は手足を伸ばしたり縮こませたりしながらズルズルと床を移動する。

そして明神が移動する度、のきなみ洗濯物がなぎ倒され、散乱し、踏みつけられた。

「あー!!!酷いー!」

明神は尚も移動を続け、やがて姫乃の周りをグルグルと回り出した。

「…ねえ、コレ。」

「…昔理科で習ったな。地球と月。」

地球の周りをクルクルと回る月の様に、明神は姫乃の周りをゴロゴロ転がる。

寝心地の良い場所を探しているのか、眉間に皺を寄せうんうん唸りながら姿勢を変え、ついでに移動する。

「…惑星姫乃。衛星明神。」

「エージ君、馬鹿言ってないで何とか…!ちょっと明神さん洗濯物下敷きにしないでよ…!!」

姫乃が明神の体の下敷きになっている服を引っ張った。

何が気に入らないのか明神は嫌がって動かない。

「もう…!!うわ!?」

ぬ、と明神の手が伸び、姫乃を押さえつける。

そのまま引きずり倒すと抱え込み、姫乃の腿の辺りに自分の頭を置く。

「うわ、ちょっと明神さん!?」

…あ、月が地球に衝突した。

そんな事をエージが考えている間に、明神はもぞもぞ動いて寝心地の良い姿勢に落ち着くと、すうすうと寝息をたてだした。

姫乃が上半身を起こすと丁度膝枕の状態になる。

「……ねえ、コレ。」

「…セクハラ明神。正体見たりだな…。」

「ね、寝てるんだし仕方ないでしょ!?」

姫乃が顔を真っ赤にして抗議する。

「意外と喜んでんの、ヒメノ?」

「そんな訳ないでしょ!」

「いーや、喜んでるね。」

「喜んでなんていません!あー重い!あーしんどい!早くどいてくれないかなっ!」

そう言いながらも姫乃は明神を無理にどかそうとはしない。

明神は明神で、大きな声で言い合いをしていても起きる気配も見せない。

眉間の皺もなくなり、すやすやと眠っている。

「もう、仕方ないなあ。子供みたいな顔しちゃって。」

そう言う姫乃は、パタパタと手で赤くなった顔を扇ぐ。

それでも明神の存在が気になって、こんな間近で明神の顔をまじまじと眺める機会なんてなかったので横目でチラチラと見てしまう。

しっかりと足を固定する大きな手は意外と節ばってて大きいな、とか、膝に触れる白い髪はツンツンしてるけれど意外と柔らかいな、とか。

「ホント、仕方ないなあ。」

窓から明るい日差しが入って、部屋はポカポカしている。

姫乃は小さな欠伸をした。

「何か、猫が膝の上に乗ってるみたい。」

そう言って姫乃は明神の頭を撫でる。

「…まあ、ほんじゃ。」

ここに居てもこのまま見せ付けられるだけだとエージはさっさと引き上げた。






薄っすらと目を明けるとそこは管理人室ではなかった。

ああまたどっか移動したんだなと考えて、何か頬に柔らかい触感がある事に気が付いた。

ぼんやりする頭でそれを確かめようと手で触れて、掴んでみる。

「うひゃ!」

頭の上から聞きなれた声が聞こえ、明神は凍りついた。

そして全身から汗が吹き出した。

「………ナゼ、ココニイラッシャイマスノ?」

カタコトの日本語でそろそろと見上げると思ったとおり困惑する姫乃の顔。

「み、明神さんが勝手に吸い寄せられて来たんだよ。っていうか、手!」

「うおわ!」

慌てて姫乃の太腿を掴んだ手を離し、明神は上体を起こす。

辺りを見回すと、何故か散乱した洗濯物が散らばっている。

一体この部屋で何があったのか、意識不明だった明神には理解不能だった。

「あの、ひめのん、オレほんっと、記憶がなくて、っていうか完全に寝てて。」

「寝てるのは知ってるけど。でも今のは、お、起きてから触ったもん!」

お互い正座。

そしてお互い俯いて耳まで顔を赤くしている。

さっきまでずっと膝枕で寝ていたのか、というかひめのんの口調からするとオレが勝手にあがりこんでお邪魔したって事?

「あ〜、ごめん、その、何だ。寝ぼけてたの。」

何とか言い訳を探す明神。

手には先ほどの柔らかい触感がまだ残っていて頭がくらくらする。

当たり前だけれど自分の足はあんなに柔らかくなくむしろ硬い。

やっぱり姫乃は女の子だ。

「大体、眠ったまま転がってきて、無理矢理膝枕させるってどうなの?」

それを言われると何も言えない。

けれど寝てる間の事なんてどうしようも無い。

意識がないのだから。

「ひ、ひめのんの引力に引っ張られて…。」

苦しい言い訳だった。

姫乃が白い目で明神を見る。

「あー!もー!ごめんって!今度パフェでもアイスでも奢るから!」

「駄目ー!物じゃ釣られません!」

腕組をし、プイッと顔を逸らす姫乃。

ふー、とため息を吐くと、姫乃ににじり寄る明神。

「じゃあ体で…。」

「パーンチ!」

言いながらビンタ。

「冗談に決まってんだろ!?」

「冗談に見えませんでした!今ハンターの目、してたもん!」

「人聞き悪ィ事言うなー!!」

「明神さんのチカーン!変態!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。

その声を避ける様に避ける様に移動すると、エージは屋根の上に辿り着いた。

空を見上げると、うっすらと白い月が見える。

まだ空は明るい。

気が早い奴だと思いながら、エージはその月をぼんやりと眺める。

月は、地球との距離を常に保って地球の周りを回り続けている。

まるであの二人みたいに。

月め。

月は月らしく、地球の周りをくるくる回ってりゃいいと思う。

どうか降ってくんじゃねーぞ。

とりあえずあの月には嫌われておこうと、エージは顔をくしゃりと歪めてべェ、と舌を出した。


あとがき
お待たせしましたー!!!
最後の一作です!リクコンプリートです!
最後のお題は「無自覚にラブラブで、(第三者が)もう見てらんない」感じの明姫だったのですが、これまた何だかリクと外れている様な…!
無自覚というか、無意識(汗)第三者は普通に拗ねてます。こんな感じですが、こちらリク下さったさとさんへ!気に入って頂ければ…(恐る恐る)
2007.02.19

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