笑顔

時計の音がリビングにカチカチと響く。

明神はその時計ともう数十分間にらめっこを続けていた。

時々立ち上がり、また座る。

それを繰り返してまた五分。

「そろそろ、お茶でも入れるかな。」

呟いてもう一度立ち上がったところを、その姿を飽きる事なく眺めていたエージに止められる。

「さっき持って行ったとこだろ?まだ20分しか経ってねーぞ。」

言われて、時計を見直す明神。

「…もう、20分も経ってる、だろ?」

「その前もお茶とお菓子持って行っただろ!?」

「あれはお菓子を持って行ったの!次はココア。そんで今からお茶。」

その言葉に唖然と口を開けるエージ。

「…自分で、どうかと思わねーの?明神。」

「何が。」

「姫乃さっき何か言ってなかったか?」

そう言われて明神は頭の中で20分前の映像を再生させる。

「「また持って来てくれたの?ありがとう明神さん。」って。」

エージはふー、とため息を付くと大げさに首を振る。

「そのうち「明神さんうざい。」とか言われるぞ。」

「ひめのんに限って、そんな事言うわけないだろー!!!」

「…泣くなよ。こっちが泣きたくなってくるよ。」

全ては、姫乃が学校から帰って来た時から始まった。

どうしても授業でわからない所がある、とお菓子を食べながら言った姫乃に、ガクが「じゃあ教えようか」と声をかけた。

姫乃は、大喜びで「お願い」と答えた。

それから、一時間ほど二階の姫乃の部屋から二人は出てこない。

お茶やお菓子を持って行くと、確かに二人はちゃんと勉強をしている。

…楽しそうに。

更に明神が覗き込むとガクに「お前にはわからんだろう、邪魔だ消えろ」等と暴言を吐かれ、喧嘩を始めると姫乃に怒られる…。

まさに地獄絵図だ。

「どうしてこんな事に…。」

「いや、心配しすぎだろ明神。」

「だってよエージ。ひめのん、ガクの事大分怖がってただろ?初めて会った頃。アイツが近づく度にオレの後ろに隠れて服をぎゅーって掴んでたんだぜ?それが…。」

そこまで言うと、明神はガクリと肩を落とし、頭を抱える。

「さっきココア持って行った時「ガクリンのおかげで数学が好きになれそうだ」っつって、もう満面の笑顔で…!!」

今にも叫び出しそうな明神を必死で抑えるエージ。

「お、落ち着けよ、明神!今殴り込んだって姫乃を怒らすだけだろ?」

そうなったらそうなったで面白いけれど、という言葉は喉の奥にしまいこむ。

この明神という男は本当に姫乃の事に関してはからかうと面白い。

机に突っ伏している明神がちらりとエージに顔を向ける。

「あの笑顔が、自分以外のヤツに向けられんのが嫌っての、そんなに変か?」

不貞腐れて、だけれども感情的ではなく、真面目に明神はエージに問いかける。

エージは今までガクと姫乃が二人きりになってる事だけが気に入らないのだと思っていたけれど、意外と理性的に嫉妬をしていたのだなと思うと茶化してやろうという気持ちがしぼんだ。

「…たぶん、変じゃねーよ。」

エージの頭にも、姫乃の笑顔が浮かぶ。

出会った頃、ベランダで見せたあの笑顔は確かに自分だけに向けられていた。

あれは、何だか不思議な気持ちになる。

別にそれを独占したいとまでは思わない…けれど。

「じゃあ、グダグダ言うくらいいいじゃねーか。オレ学ねぇし。勉強なんて見てやれねえし。」

「いいんじゃねーの?」

「あ?」

「どうせ、ヒメノはお前しか見てねえよ。」

「何だ。慰めてくれてんの?」

明神はエージを見るとにひひと笑う。

エージは、目をそらす。

「べっつに。そう思っただけ。」

「お前、イイヤツだよなあ。」

今度は体をちゃんと起こし、頬杖付きながら明神が言う。

エージも、鏡合わせの様に頬杖付き、答える。

「馬ー鹿。いつかオマエを倒して、オレが宇宙一の霊になんだから。油断させてんだよ。」

「おうおう、やれるもんならな。百年早えよ。」

「百年経ったら明神じーさんだろ?余裕だっての!」

お互いに拳を突き出して、ゴツン、とぶつける。

笑い合っていると、足音が近づいて来た。

「あれ、二人で何話してたの?」

姫乃が顔を覗かせる。

手にはお盆。

慌てて明神がそれを受け取りに行くが、姫乃が「いいよ片付けは」と言ってそのまま流しへ向かう。

「勉強、どうだった?」

やや棒読み口調で明神が訊ねる。

「んー、順調!ガクリン教えるの上手くってさ、ついつい次の授業のとこまで教えてもらっちゃった。」

洗い物をしながら姫乃は上機嫌。

逆に、明神は「そっか」と言いながら背中を丸める。

その姿を見て、エージはちょっとだけ同情する。

暫くはからかってやるのは我慢するか。

「あ、そうだ!」

姫乃がくるりと振り返る。

「明神さん、さっきはお茶とお菓子、ありがとう!美味しかった〜。」

満面の微笑み。

明神はちょっと驚いて、それから笑い返す。

「ああ、いや喜んでもらえたなら、良かった。」

照れ臭そうに頬を掻く。

…ほらみろ!同情なんかするんじゃなかった。

エージはその明神から目を逸らした。

今日少しだけ、本当にちょっとだけ初めて、姫乃の笑顔を独占したい、と本当に少しだけ、思った。

次は絶対に同情しねえ。

そう決めると、エージはその場を後にし、打倒明神を目指して素振りを開始した。


あとがき
お待たせしました…!!最後のリク、完成です。
明→姫だったのですが、エージが出張る出張る(笑)
こちらはリク下さったあひろさんへ!!ありがとうございましたー!!
2006.12.16

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