大丈夫

もうすぐ、そこまで出かかっている言葉がある。

喉の辺り、首の上までその言葉は少しづつ持ち上がってきていて、後一回、あなたがその言葉を言ったら私はそれを言ってしまうだろう。

だから、私も聞かない様にする。

きっと困らせるだけだから。

だけど気になるから、自分の部屋であなたが帰ってくるのを待ってて、帰って来たらちゃんと無事かどうか確認に行く。

明日の学校なんかよりずっと心配で、眠たいけど寝れないから。

かたん、と音がする。

うたかた荘の玄関の扉が開いて、そおっと閉じる音。

毎回私に気付かれない様にする為にか忍び足で入ってくる。

そうはさせない。

駆け足で階段を下りて迎えに行く。

「お帰り。」

声をかけると、あからさまに「仕方ないな」って顔をする。

「…ただいま。コラ、明日学校だろ?今何時だ〜?」

「明神さんこそ、今日は早くカタつきそうって言ってたのに。随分遅い帰りだね。」

「ん?いや、十味のじいさんの話じゃ相手は一匹だったのに、行ったら五匹いてさあ。びびったよ。」

「ふーん…。」

怪我はしてないのか気になって、思わずじっと見てしまう。

その視線が何なのか気が付いたのか、明神さんは私の頭にぽん、と手を置く。

「大丈夫、大丈夫。でっかい怪我はしてねえし。」

大きな手が、あったかい。

あったかくて、凄く悲しい。

どうしよう。上を向く事ができない。

「ひめのん、心配かけた?ごめんごめん。」

「…心配、しました。」

「そっか。でも大丈夫だから。」

ほらまた。もう駄目だ。

歯を食いしばって我慢していたけど、喉の奥から嗚咽と一緒に。

「嘘つき。」

「え?」

目を丸くして驚く明神さん。

そりゃそうだよね。そうだけどね。

「簡単に、大丈夫なんて言わないで。そんな言葉じゃちっとも安心なんかできないんだから。」

「ひめのん。」

涙がぼろぼろと止まらない。

溜まりに溜まった心配とイライラが、全部涙と言葉になって次から次へと溢れて出てくる。

ちらりと明神さんを見たら、凄く困った顔をして、一生懸命私の頭をなでている。

ほらね。こうなっちゃった。

「ごめんな、ひめのん。ごめんな。」

「怪我…して、明神さん自分で治せても、怪我したら、痛いでしょ?」

「うん。」

「痛かったら、痛いって言ってよ。」

「うん。」

「馬鹿。」

「ごめん。」




それから暫くわあわあ泣いてしまったけれど、明神さんはずっと私の側にいてくれた。

泣き止むと、台所であったかいお茶を入れて渡してくれた。

「…おかしいなあ…。結局私、勝手に泣いて勝手にすっきりしちゃって。…ごめんなさい。」

冷静になってくると、何だか恥ずかしくなってきた。

八つ当たりみたいに泣いて、馬鹿だなあ…。

「いえ、ちゃんと反省しましたよ。今度から心配かけない様に
できるだけするから。」

「…何その
できるだけって。」

「う…。強くなるから。」

はああ、とため息一つ。

「それで、今日の怪我は本当に大丈夫?」

聞くと、明神さんは、ああ、と言って。

「それなら大…。」

沈黙。

お互いに、にっこりと微笑み合う。

隠し事はなし、で!

「えーっとな、左手首捻って捻挫。後、背中打ちつけたから打撲と、ちょいと肩にガタきてる。そん時ついでに右肘も擦り剥いて、それから…。」

聞いてる内に、すーっと背中が寒くなる。

お茶をいただいている場合じゃないじゃない!!

「馬鹿ー!!!」

私は大慌てで救急箱を取りに走った。

結局、明神さんが案内屋を続ける限り、心配しなくていい事なんかなくなる訳なくって。

もう仕方ないから、ずっとできる事はさせて貰うんだから、と心の中で誓った。


あとがき
今更なんですが、こちらの20題はシリアスになりがちなタイトルが多いなあ〜と思いました(笑)
人間、結構やばい状態になっても、思わず大丈夫って言ってしまいますよね。
周りからみたらいやいやいや、やばいって。って事がままあります。はい。
2006.11.10

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