チョコレート・マシュマロ・ビスケット
エルモア邸へ向かう途中、なだらかなカーブが続く海沿いの道を車が進んでいる。
高級車のシートがフワフワで気持ちがよかったのか、朝が早くて眠かったのかもしくはその両方の理由からか「保護者」の立場になるだろう年長者の朧をのぞき、二人の少年と少女はすっかり眠りこけていた。
窓の外を眺めるのにも飽きて暇を持て余しつつも眠る気にならなかった朧は、自分を置いて眠り続ける二人を観察する遊びを始めた。
自分に遠慮無くもたれ掛かって眠る少年・アゲハは一旦警戒を緩めるととことん気が緩むらしい。
反対に少女・桜子は車のドアにも朧にももたれかかる事はせず、ジッと大人しく眠っている。
こちらは警戒心が強く、なかなか他人に心を許すタイプではないらしい。
「……残念だなァ。仮にも生死を賭けた時間を共にした仲なのに」
運転手に聞こえない程度の小声で呟いた。
これが本心なのかどうかは言ってる本人にも良くわかっていない。
ただ何となく、この二人の「差」が面白くてつい口元が緩んだ。
「んが……」
少し肩が動いてしまったらしい。
まるで文句を言う様にアゲハが身動ぎする。
二人が眠りだしてから30分。
朧の退屈は空腹に変化した。
「運転手さん、この車って飲食いいのかな?」
「お気になさらずどうぞ」
「ありがとう」
運転手が微笑んでいるのがバックミラーごしに伝わった。
朧は社交的な笑みを返すと、遠慮無く鞄の中から菓子パンを一つ取り出した。
バリ、と袋の口を開く。
甘い臭いが車内に広がった。
「……ん」
「あ、起こしちゃったかな」
「んん……着いた、訳じゃないのね」
物音でか臭いでか、桜子が目を覚ました。
元々警戒心が強い彼女の事だから、眠っていたと言っても半分は起きていたのかも知れないな、と朧は観察する。
「ちょっとお腹すいちゃってね」
言いながらパンを一口齧る。
「そう」
言った後、雨宮は興味無さそうにもう一度目を閉じた。
せっかく目を覚ましたのに、すぐ眠られるのはつまらない。
朧は桜子で「実験」してみる事にした。
「ねえ、雨宮さんもいる? 他にも色々あるんだけど……」
言いながら鞄の中からビニールの袋を取り出した。
中には一つづつ銀紙に包まれたチョコレートやマシュマロ、ビスケット等のお菓子が大量に入っている。
それを一掴み取り出して、雨宮の目の前に差し出した。
目の前の拳と朧を見比べる雨宮。
「甘い物は嫌いかな?」
「いえ……嫌いじゃないけど、遠慮するわ」
「そう?」
「今お腹すいてないし……」
「そっか。残念」
雨宮の視線が「何が残念なんだろう」と言っている。
それを無視して朧は一度手にした菓子を袋に戻した。
「んあ……」
「あ、起きた」
「ん〜……もう着いたのか?」
「まだだよ」
「何だよ……」
目を覚まして会話二つ、時間にして三秒。
アゲハはもう一度眠りに落ちる。
「……さっきの雨宮さんと一緒の反応だね」
「嘘っ! 一緒にしないで!!」
「一緒だよ〜。目を覚まして、着いてないとわかったらすぐ寝ちゃおうとしてたでしょ?」
「起きてるじゃない」
「僕が起こしたからね」
朧がにっこりと笑う。
雨宮はプイと窓側を向いた。
(別に怒った訳ではない。多分……照れか、慣れれない人間とのコミニュケーションから逃げたか、かな)
朧が思考を巡らせていると、寝た筈のアゲハがむくりと起き上がった。
「何か、スゲー甘い臭い」
(これは純粋に食欲からか。流石というか、何というか)
「ああ、これかな?」
朧は食べかけのパンをアゲハに見せた。
「ああ」
アゲハの目が、欲しいけど食いかけはな、という色を示している。
「……これは食べかけだけど、こっちはどう?」
先ほど雨宮に断られたお菓子のアソートパックをアゲハに差し出すと、顔をぱああと明るくしてアゲハが笑った。
「いいモン持ってるな、朧」
「準備がいいだろ?」
アゲハは遠慮なく袋に手を伸ばす。
先ほど朧が雨宮に渡そうとした量より少し多めに握りこみ、袋の口に拳がひっかかるのを力で引きぬいた。
落とさない様に一つを選び、チョコを包んだ袋の片方の端を口に咥え、一つを指で引っ張り器用に中身を取り出すと口に入れる。
口をもぐもぐと動かしながら……ふと、窓の外を不機嫌そうに眺める雨宮に気が付いた。
「雨宮、お前も貰ったら?」
「……いいわ、私は今お腹空いてないし」
「いいからホレ、手、出せよ」
アゲハが体を伸ばし、雨宮の肩を握ったままの掌でつついた。
不承不承、という顔で雨宮が振り返る。
雨宮がまだ手を広げる前に、雨宮の胸元で握った手をひっくり返し、開くアゲハ。
ポロポロと落ちるお菓子を雨宮は慌てて受け止めた。
「あ、ちょっ」
「このチョコ美味いぞ。食ってみろよ」
アゲハが笑う。
雨宮が手の中のお菓子を見つめる。
朧はアゲハの邪魔にならない様、ソファーになるべく体を反らして二人のやり取りを眺めていた。
先ほどは断ったという引け目からか、雨宮がちらりと朧を見た。
食べようかどうしようか、悩んでいる様だった。
ならばと、それには気付かないフリをして、朧はアゲハにこっちも美味しいよとマシュマロを勧める。
勧められるまま、アゲハはマシュマロを口にする。
雨宮は手の中のお菓子達の中からチョコレートを選び、一つ口に運んだ。
(あ、食べた)
なるほどね、と朧は笑った。
「雨宮さん、こっちのビスケットはどうかな?」
雨宮が二つ目のチョコを食べようとしたのを見計らって、朧は雨宮に声をかけた。
アゲハから貰ったチョコレートに手をつけてしまった今、朧からのビスケットを断る事は出来ない。
朧の「どうかな?」は、言い方は欲しいかどうかを聞くというニュアンスだが、言葉自体はそれ以上の強制力があった。
少しだけ頬を赤らめて、雨宮は「いただくわ」と手を差し出した。
その手に、ビスケットが乗せられる。
「どうぞ」
朧が紳士的に微笑んだ。
「……ありがとう」
雨宮が、手渡されたビスケットを口に入れた。
「美味しいかな?」
「……ええ。チョコレートも、美味しかった」
思わず、朧の肩がクックッと揺れた。
「何?」
「何だ? どうした朧?」
「いや、何でもない」
「何だよ、気になるなァ」
「いや……あ、ホラ。あれじゃないかなァ。大きな建物が見えてきた」
「あ? どれ?」
「え、どこ?」
二人が同時に窓を見る。
朧はもう一度笑った。
これなら、もっと早くに二人を起こしておけばよかったと思う。
二人が目を覚ましてから15分程なのだが、朧には5分程に感じられる。
また、暇だった30分間が嘘みたいに長く感じた
「ホントに、面白いなァ。君達は」
まるで子供みたいな顔をして、朧が笑った。
あとがき
ネタを思いついて書く前に、朧のあの真っ黒全開な回があったのでちょっとだけ話の趣旨が変わりました。
朧は人間観察をして楽しんでそうだな〜と思ったのですが……。
二人を見守る(たまにコントロールして遊ぶ)おいしい奴でいて欲しい。と思います。
これからどうなる><
2008.10.5