Call

「…まじィ。」

ずるり、とカップラーメンをすすり、手を止めると呟いた。

これはまずい。やばい。命の危機を感じる。

明神は箸をカップの上に乗せると、水を飲んで一気に腹に流し込む。

「…やべえ。ひめのん帰ってくんの、何日後だっけ…。」

ちらりとカレンダーを見ると、ピンクのサインペンで大きく「修学旅行」とかかれている。

日数は二泊三日分。

今日の朝出て行ったので、帰ってくるのは明後日の夕方頃か…。

げんなりしながら大量に残ったカップ麺の中身を洗い場に流した。

…口がこの濃ゆい味を受け付けなくなっていた。

いつの間に。

「最近ひめのんが作ってくれた飯しか食ってなかったから、舌が贅沢になってやがるな。」

いなくなって初めてわかるこのありがたさ。

いや、いつも感謝してるけど。

冷蔵庫に手を伸ばしかけて…やめる。

自分で何か作ったところで満足できるものができるという補償は一切ない。

むしろ、カップ麺よりマズイものが出来上がりそうだ。

まだ昼間。

空きっ腹を抱えて切ない気持ちで窓の外を眺めると、明神は大きなため息をついた。

アズミの相手をして絵本を読んで午後三時。

姫乃がいない為にテンションが低いガクと軽い喧嘩をして夜八時。

何も食べないのも限界だと感じ、冷蔵庫に手を伸ばすと電話が鳴った。

歩く元気もなくのっそりと電話をでる。

「はい。うたかた荘。」

『あれ、明神さん?』

電話から聞こえてきたのは姫乃の声。

「ひめのん?」

『あー、やっぱり明神さん。どうしたの?声、元気ないね。』

「えーっと…。」

ここで、姫乃がいない為にご飯が食べれなくて元気がない、等と言ってしまうとせっかくの修学旅行なのにいらない心配をかけかねない。

「や、そんな事ないよ。そっちは楽しんでる?」

『うん!今は自由時間なんだ。皆どうしてるのかなって気になって。』

「ひめのんいないから、皆寂しがってるよ。」

わっはっは、と笑いながら大声で話す。

ぐう、とお腹が鳴るのをごまかす為でもある。

『私も寂しいよ〜。楽しいけど、旅行ならやっぱり皆とがいいな。』

「じゃあ今度行くか。今回は今回できっちり楽しんだ方がいいぞー。人生に一回きりなんだからさ。」

そう言うと、電話ごしに姫乃が笑う。

『明神さんおじいちゃんみたい!』

「失礼な。お兄さんといいなさい。」

笑い声がリビングに響く。

ふいに、姫乃の声が途切れる。

「どした?ひめのん。」

『…明神さんは、寂しくない?』

か細い声。

心臓が突然、大きく跳ねて死ぬかと思う。

「え?」

『…何でもない。ね、冷蔵庫の中見た?』

「あ、ええと、まだ。」

『そっか。じゃあ電話切ったら見てみて下さい。』

「おう。…えっとひめのん。」

『ん?』

「ひーめのん。」

『ナニ。』

「早く帰ってきてね。」

『…できるだけね。』

そう言うと電話は切れた。

姫乃の声が聞こえなくなった途端に痩せ我慢していた腹がぐう、と鳴りへニャへニャと床に蹲る。

…冷蔵庫?

姫乃の言葉を思い出し、這うように移動して冷蔵庫を開ける。

「…あり?」

中には、昨夜見た時までにはなかったタッパーやラップのされた皿が沢山入っていた。

思わず口をぽかん、とあけてその様子を眺める。

紙切れが一枚、タッパーの上に置いてあったので手を伸ばすと見慣れた文字。

(明神さんへ。きっと自分でご飯なんか作らないと思うから、日持ちするものをいくつか作っておきました。日ごとにメニューがあるから、順番通りに食べて下さい。お米は炊けますよね?朝起こしてあげる事はできないから、せめて厚着して、風邪はひかない様にしておいてね。おみやげ一杯買って帰るね。姫乃)

全く、本当に、君って子は!

紙に書かれている順番通り、「番号1、緑のタッパー」を取り出して電磁レンジにセットする。

米は炊飯器を覗くと朝のものが少し残っていたのでそれをよそう。

チン、と音が鳴りホカホカになったおかずとご飯を食べながら、もう一度チラリとカレンダーを見る。

帰ってくるのは二日後。

「…やべえ、猛烈に会いたくなってきた。」

明日は電話がかかってこない事を祈る。

「あー!!オレひめのんいねぇと生きてく自信ねえ…。」

…いいお兄さんのふりをして痩せ我慢をする事が、明日はできそうにないから。


あとがき
潜在的に甘甘…な話しになりました。
企画五つ目です。テーマは「餌付け」です。(ええ!?)
こちらはリク下さったさとさんへ。ありがとうございました!!
2006.11.16

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