文化祭
今日は姫乃の学校で文化祭がある。
最近帰りが遅いので明神が心配して聞いてみれば出し物の準備に追われているとの事。
クラスメイトと仲良くするのはいいのだが、色々といらん心配が尽きない。
この最後の一週間が特に遅くて、九時を過ぎても戻らなかった日は学校の前まで迎えに行き、校門の半径50メートルを姫乃が出てくるまでぐるぐる徘徊した。
それもこれも今日が最後…。
何だかすがすがしい気持ちで朝、明神は姫乃より学際の入場チケットを受け取った。
「みょーじん、それなあに?」
朝からチケットを握り締めてにこにこしている明神をアズミが覗き込んだ。
「ん?今日ひめのんの学校でお祭りがあるんだ。アズミも行くか?」
アズミの表情がぱああ、と明るくなる。
「「「「行く!」」」」
返事は、何故か四人分。
「明神、キサマ一人だけひめのんに会いに行く気か!許さんぞ。」
「アニキがいくならオイラはついてきますよ!高校の文化祭なんて初めてっす!」
「お祭り!ひめのにも会えるのー?」
「オレ達もヒメノに来いって言われてんだよ。てか明神朝からニヤニヤ気持ちわりーぞ。」
明神はがくりと首を落とし、うたかた荘一行は姫乃の高校へと向かう事となった。
一方姫乃。
クラスの出し物は喫茶店をする事になった為、姫乃のクラスは家庭科室を占拠している。
「お客さん来るかな。」
パンケーキや出来合いの簡単な物しかないけれど、準備はなかなか大変だった。
皆でお揃いの制服も用意した。
フリルのついたシャツにヒラヒラしたスカート。首にリボンをつけただけのシンプルなものだけど、全員でそろえるとなかなか様になる。
男子もシャツにズボン、首のリボンが女子とお揃いになっている。
「皆、来てくれるかな〜。」
知り合いがやってくるとなると、何だか緊張してくる。
「姫乃、知り合い来るの?ウチは親が来るとか言ってたけどな〜。」
友人が声をかける。
「んー、と。私は、保護者…代わりと、家族…が来るかな?」
曖昧な返事をして笑った。
「うひょー!すっげー!!」
「お祭りー!!」
「おおー、何かにぎやかっすね。アニキ!」
「この中にひめのんが…。」
「ハイハイ、お前たちはしゃぐのはいいがあんま勝手に行動すんなよ。」
そう言ったそばからアズミはエージと、ガクはツキタケとそれぞれ走り出す。
「うおい!!!」
死者には壁や人ごみといった制約がない。
明神を置いて行きたいところへ行ってしまった。
「…まあ、いいけどよ。」
アズミとエージはここに来た事があるし、ガクとツキタケも特に問題はないだろう。
とりあえず明神は姫乃がいるであろう家庭科室へ向かった。
「いらっしゃいませ!」
「お、賑わってるね。」
あちこち飾られてにぎやか…というかごちゃごちゃした校内をぐるりと回って家庭科室にたどり着くと、姫乃が迎えてくれた。
「うん。がんばった甲斐あるよ!これも作ったんだよ。」
くるり、と回って制服を見せる。
…可愛い。
「ええと、良く、似合ってマス。」
そう言うと姫乃は嬉しそうに笑う。
姫乃が厨房スペースに戻ると友人達はこぞって白髪で黒コートでグラサンの人物が何者なのか聞いてきた。
「ウチの管理人さん。カッコいいでしょ?」
言われて見れば怪しい風貌だが、もう見慣れているので何てことはない。
というか、むしろ良いと感じる。
「すっごくいい人だよ。話しかけてみる?」
友人達は揃ってブンブンと首を振った。
「…怖くないのになあ。」
注文されたサンドイッチとコーヒーを持って明神の所へ行く。
「お、サンキュー。」
「あのね、あと一時間くらいで交代なの。自由時間になるから一緒に回らない?」
サンドイッチをもぐもぐと食べながら明神が応える。
「いいの?友達と回らなくて。それに皆ちょっとひいてるだろ。」
話が聞こえてきた訳ではないが、雰囲気で何となく怖がられているのかな、と感じる。
まあ、こんなナリをしているのだから仕方はないが。
「変な気使わないでよ。私は来てくれて嬉しいんだから。」
「…じゃあ、お言葉に甘えて。」
食べ終わって教室から出ると、一時間を潰す為に一人であちこち見て回る。
店や出し物。校内は学生と一般の来賓者で溢れている。
その中で自分は浮いてんなー、と何となく感じる。
アズミとエージが走っているのが遠くに見えた。
子供達は元気だ…。
こっちは知り合いもいないので何をどう見ていいのかいまいちわからない。
「ちゃんと行かなかったしな…。」
笑いながら走っていく学生を目で追いながら、自分には似つかわしくねえな、と苦笑いする。
姫乃との約束がなかったら姫乃のクラスだけ覗いてすぐ帰っていただろう。
「お待たせ!」
やっと一時間が経って姫乃と合流する。
一時間がとても長く感じた様な気がする。
「おー、お疲れ。」
「ごめんね。待たせちゃって。もうあちこち見ちゃったかな。」
「んー…まあ、ぼちぼちと。」
頬を掻きながら応える。
「じゃあ、せっかくだし、学校ツアー旅行!私ガイドやるね。」
腕まくりをして姫乃が言う。
この子も元気だ。
そんな様子がおかしくて、笑いながら明神は頷いた。
「さっきガクリン来たよ。皆来てくれたんだね〜。」
二人で校内を歩きながら話をする。
人で賑わっているところではなく、体育館や視聴覚室なんかを使う為に今は使われていない静かな教室なんかを回っていく。
「ひめのんの誘いだったら皆行くよ。アズミも大喜びしてた。」
「ホント。よかった。あ、ここが図書室。」
「おお。」
「ここは冷暖房ついてるんだ。パソコンもあるんだよ。」
「へえー。最近の学校はすげーな。」
「そうかな、普通だよ。」
「オレん時はなかったの!」
拗ねてみせるとあはは、と笑う。
廊下の掲示板には沢山のプリントやクラブの募集ポスターなんかが貼られている。
喫茶店の制服姿の姫乃と、黒いコートの自分はこの静かな空間でとてもミスマッチな気がした。
少し離れたところから館内放送や人のざわめきが聞こえてくる。
「ここが私の教室。」
がらがら、と扉を開けて中に入る。
「ほお〜。ひめのんの席は?」
「ここ。」
窓際の前の方の席を指差した。
何となく、明神は座ってみる。
「…小せえな。」
「明神さんが大きいんだよ。」
姫乃が笑う。
「何か変な感じだね。ぎゅって収まってて。」
「スミマセンネ。」
ふてくされてみせると姫乃がおもむろに教壇に立った。
「では、出席をとります。明神君。」
「…」
ちょっと呆れた顔で見ると、姫乃が恥ずかしそうに文句を言う。
「明神さん、乗ってよ!何その目は!」
「ああ、ハイハイ。」
「じゃあ…。明神君。」
ゴホン、とわざとらしく咳をして仕切りなおす。
「ハイ。」
「授業中はサングラスを外しなさい。」
「ええ…。」
「文句言わないの!」
「ハイ…。」
しぶしぶサングラスをとる。また姫乃が笑う。
「明神さんが同じクラスだったら、毎日もっと楽しいだろうなあ。」
「そう?」
「うん。きっと、凄く楽しい。」
言われて、想像してみる。
自分にこんな力がなかったら。
強く望んでいた、手が届かなかった普通の毎日。
学校行って、友達作って、その毎日の中に姫乃がいたら…。
「そうだな。きっと楽しいな。」
笑いながら、姫乃は明神が座っている席の前の席に腰掛ける。
横向きに椅子に座り、上半身だけこちらに向けて話しかける。
「明神さん、転校してきたらいいのに。」
「桶川さん、無茶言わない。」
「明神君はきっとクラスで人気者になるね。楽しくてさ、明るいもん。」
「…そうでもないよ。」
また苦笑いをしてしまう。
そんな様子をみて姫乃は頬をぷうと膨らます。
何故か姫乃が不満気だ。
「きっと女子にモテるよ。カッコいいもん。」
「こんな白髪頭、悪目立ちするだけだって。」
「それならそれでいいもん。…独り占めできるから。」
言いながら目をそらす。
「…ひめのん。」
「今は桶川さんでお願いします。」
「じゃあ、桶川さん。」
「はい。」
今は「ごっこ」なのか本気なのか、その境目がお互いにわからなくなってくる。
もう一度ちゃんと目を合わせて。暫く黙る事数分。
「桶川さん、オレと」
その時、学校のチャイムが鳴った。
何だか透明な音が静かな教室に嫌に響く。
「…あ、文化祭、終わっちまったかな。」
何だか魔法が解けた様な気分になる。
明神は椅子から立ち上がるとそろそろ帰るわ、と姫乃に言った。
「明神さん。」
「はい?」
「さっきの続きは?」
恨めしそうに明神を見る姫乃。
「続きって。」
「オレと、の続き。」
あー…、と口ごもる。
先ほどまでのあの雰囲気とは違う。
さっきまでは自分に勢いがあった。
魔法がかかっていたとは良く言ったものだが、吸い込まれるように自分に素直になれた。
だけど、今はあのチャイムのせいで、伝えたい気持ちよりも照れくさい気持ちの方が勝っている。
というか、さっきだって姫乃が作ってくれたムードに乗って何とかしようとしていたかと思うとまた凹んでくる。
オレって、駄目なヤツかも…。
「明神さん?」
ややイライラした様な姫乃の口調に、思わず。
「お、オレ、と一緒に、お茶、でも。」
ナンパかよ!!
カタコトの日本語が紡いだのは自己採点マイナス500点の台詞だった。
「…ふーん。」
姫乃は冷たくそう言うと、教室の出口へと向かう。
「あ、えっと、ひめのん。」
慌てて後を追う明神に、
「後片付け言って来ます!」
そう言ってつかつかと行ってしまう。
あー…。オレって馬鹿?
しゃがみ込んで頭を抱えていると、視界のはしに細い足と、ひらひら揺れるスカートが見えた。
顔を見上げると姫乃が腕組をして立っている。
「あれ、ひめのん?」
「公園で待っててね。今日は明神君のおごりで喫茶店に寄りますから。」
「ハイ。」
逆らえるはずもない。
そして明神を放ってはいられないのが姫乃。
冷たく言い放すつもりが、やはり気になって戻ってきてしまった。
自分でも甘いなあ、と思いながらクラスメイトの元へ向かう。
明神はこの逆ナンパを受け入れ、姫乃が文化祭の後片付けを終えて公園までやってくるまでの間、この与えられた起死回生のチャンスをモノにする台詞を必死で考えた。
学校で姫乃を待った一時間とは比べ物にならない位あっと言う間に時間は経ち、今、姫乃がこちらに走って向かってきている。
待っておけ、と言いながら沢山待たせない様に走ってくるのが姫乃らしい。
明神は息を大きく吸って、全ての覚悟を決めた。
あとがき
書き出してからが長くて何日間にも渡って書いたため、初めに書きたかったことからややずれてる気もしますが、結局明神が駄目な大人に…。
アレー。時期も微妙に外してる?まあ、いいか…。
次はもっと甘い話を書きたいです。
2006.10.25