暴走する金曜日

ボロボロの顔と自転車で帰ったら親父がびっくりしながらも笑ってた。

理由を聞かなかったのは意外だけど、多分、何かが解決したのはわかったみたいだから、そういうのはこっちに任すみたいだ。

潰してしまった自転車が昔っから使ってるもんだって聞いてたから姫乃と二人で謝る。

オレが壊したもんだから姫乃は気にするなって言ったんだけど、原因の一つに自分もあると思っているので姫乃は相当落ち込んでいる。

「ごめんなさい。」

「本当に悪い。オレが引っかかって転んだから自転車…。」

「何か、勘違いしてるみたいだけど、昔のチャリなんてとっくに壊れて捨てちまったよ。ソレはあったら便利と思って中古で買ったやつ。」

茶をすすりながら言う親父。

「元々古くてボロボロだったし、そろそろ捨ててもいいかと思ってたとこ。」

「本当に?大事なものって聞いて私、大変な事しちゃったって…。」

本当に済まなさそうに言う姫乃の頭をグリグリ撫でる。

「心配性だな〜ひめのんは。使うならまた買うし気にすんな、冬悟も。」

ちらりとこっちを見て言う。

釘を刺された気がする。

姫乃には本当の事言うなって事か。

ばっかやろう。

大事にしてたから、ボロボロになっても置いてたんだろ?

「思い出の品」ではなかったとしても、お詫びとして姫乃が気を使ったのか今日の晩飯は豪華だった。

オレは、その晩飯の後、姫乃が寝静まったのを確認してから管理人室に向かった。

自転車の鍵と、親父が好きな銘柄の酒を持って。

静かに、木曜日が終わる。






次の日、金曜日。

冬悟の顔はボコボコに腫れ、絆創膏だらけになっていた。

顔面で自転車を受け止めたのだからまあ仕方が無い。

昨日心配してくれた生徒達だが、今日は顔を見ると後ずさりする。

「先生、ヤクザと喧嘩でもした?」

「するか。事故だ事故。」

今日はこちらから湟神に用事がある。

急ぎ足で職員室に入ると、準備を済ませて保健室へと向かった。

「今日の放課後、ちょっと付き合ってくれませんかね。」

「何だ。珍しいなお前から誘いとは。」

「まあ…頼みたい事があって。」

湟神も昨日あった事を追求してはこなかった。

「頼み?何だ?」

冬悟が使えなくしてしまった物は、自転車だけではなかった。

あの姫乃に借りた花柄のハンカチ。

まさか鼻血まみれにしましたとは言わないけれど。

あの一件を思い出すと、頭の中に水玉模様がちらつくのをそろそろ何とかしたいところだった。

「そんで、代わりに何か買いたいんだけど、オレそういうのどんなのがいいかわからないから。」

「ふむ。」

腕を組み、暫く考える湟神。

「いいだろう。授業が全て終わったら私が行きつけの店に案内してやる。」

「すんません。」

良かった。

女物のハンカチなど、何をどう選んでいいのかわからない。

じゃあ、と手を振り保健室から出ようとする冬悟だが、何かを思い出して立ち止まる。

「あ、のさ。オレが前乗ってきたチャリって、おや…オッサンが使ってたヤツだよな?」

「ああ。そうだ。」

やっぱり。

昨晩二人で話をした時もうやむやに誤魔化された。

オレに位、言ったっていいだろうが。

「…そっか。」

部屋を出ると、教室へと向かう。

それから放課後。

帰る支度をしている姫乃を友人が引きとめた。

「姫乃〜!今日ちょっと遊んでかない?」

「ん?今日は夕方市がスーパーであるからなあ…。」

どうしよう、と首を傾ける姫乃に友人が「主婦してるねえ。」と呆れ半分、尊敬半分で答える。

「じゃあさ、方向一緒だし、私の買い物も付き合ってよ。それからスーパーでもいいでしょ?」

「うーん。そうだね!いいよ。場所は?」

「最近駅前に出来たキャラクターショップ。可愛い雑貨とか一杯あるんだ〜。」

「へえ!行ってみたい!」

そして冬悟。

「で、どこに行くんんスか?」

「最近駅前に出来たキャラクターショップでな、店主はウザイが品揃えがいい。」

「…へえ。」

詳しいな、オイとは言えない。

まさかとは思うけれど、そういうのが好きなのか…。

似合わない。

いや、ある意味おもしろ…。

「着いたぞ。」

ぐるぐる考えをめぐらすうちに、その店にたどり着く。

そのお店は小さいけれど可愛らしい作りの店。

ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家をモチーフにしているのか、入り口や窓枠なんかが全てお菓子に見立ててある。

けれど色彩はうるさくなくて、愛らしさの中にも落ち着いた雰囲気があった。

「澪チャン☆来てくれたんだね!」

店に入ると銀髪にサングラスの男が湟神に飛びついた。

それを冷静に回し蹴りで叩き伏せる湟神。

「お前がいると落ち着いて選べん。黙って座ってろ。」

座る、というか床に這いつくばっている店主。

冬悟は哀れみの視線をその男に送った。

「澪チャン!その男は誰だい?」

冬悟に気が付くと恐る恐る、その店主は冬悟を指差す。

「明神とこの息子だ。」

「ああ。」

「ああって…どういうつながりで?」

「明神とこの」で繋がるのが非常に気になる冬悟。

「や、失礼☆オレはプラチナ。君の親父さんとオレの恩師が知り合いでね☆見知り置きたまへ。」

「…ども。」

明らかに不信人物を見る目でプラチナと名乗る男を見る冬悟。

いきなり、後ろからゴンと殴られる。

「ほら、ハンカチを選ぶんだろう?早くしろ!」

「…へい。」

湟神と並び、ハンカチの束を眺める冬悟。

「どんなのがいいんだ?駄目にしたのは花柄だったか?」

「そうっスね…。」

ペラペラと何枚かのハンカチを手にする冬悟。

はっきり言って、あまり違いがわからない。

「コレなんかどうだ?可愛いだろう。」

湟神の手にはパステルカラーの水玉模様。

「ぐふっ!」

先日不可抗力…で見てしまった姫乃の下着の柄と良く似ていて、思わず噴き出す冬悟。

「駄目だ!!そんなガラ却下!水玉却下!!」

「何だ、桶川は水玉模様嫌いなのか。可愛いのにな、コレ。」

いえいえ、好きなんだと思いますよ?

でもオレが駄目。

顔が熱くなるのを自覚しながら、それを誤魔化す様に下の棚を覗き込む。

ひめのんは気付いてないだろうけど…何か気マズイだろ。

長いため息をついて落ち着きを取り戻そうとしていると、突然湟神が叫んだ。

「こっ、これは!!ミッティーちゃん!!!」

「は?」

振り返ると、湟神がウサギだか猫だかネズミだかわからない生き物のぬいぐるみを抱きしめている。

え?なんですこの人。

誰です、アナタ。

目が点になる冬悟。

「あ、新しいのが出てるじゃないか!!どういう事だ、白金!!」

「いやあ、そろそろ澪チャンが来るころだな☆って思って仕入れておいたんだ。まだ出たばっかりで市場には出回ってないヤツ。」

「な、なんだとっ…!!色違い、サイズ違いもあるじゃないか!!お、おのれ!!…可愛いじゃないか!!」

「あ、あの、湟神サン?」

「五月蝿い!黙ってろ冬悟!お前はとっとと自分の選べ!」

あの、選んで欲しくてお願いしたんですけど…。

「え、選べん…。黒もピンクも白も可愛らしい。尚且つサイズ違いのこちらも愛らしい。どうすれば…。」

「いや、好きな色にしたらいいんじゃないスか?サイズなんか大きいか小さいかの違いだろ。」

「黙れっ!!」

ブオン!

風を切って湟神の手刀が冬悟の頭にめり込む。

「大きければ部屋に置けるし、小さければ持ち運んで愛でる事が出来るだろうが!!」

目の前を星がチカチカと点滅する。

頼むんじゃなかったと今更ながら後悔するけれどもう遅い。

げんなりしながらハンカチを物色する。

花柄、動物柄、姫乃が喜びそうなのはどんな形で、どんな色をしているのか。

ちらりと背後の湟神に目をやると、うんうん唸りながらいくつもぬいぐるみを手にしている。







「姫乃ってさ、明神先生好きなの?」

突然友人に言われて姫乃は目を丸くした。

「な、何で?そんなんじゃないよ。…そう見える?」

鞄で顔を少し隠しながら問う姫乃。

「ばっちりそう見える。こないだなんか一緒に登校してたしさ。」

「あ…あれは違うよ!ほら、アパート一緒だから。」

「そうだけどさ。でもそれだけじゃなくて、色々怪し〜んだよね。先生に対する態度とかさ。」

目を逸らして友人から逃げる姫乃。

「そりゃ…先生かっこいいし、普段どんな感じかとか知ってるし、他の先生より親近感あるのは認めるよ?」

確かに、姫乃は他の生徒とは違って一緒に生活してる分、「先生」をしている以外の冬悟を知っている。

きっと他の皆が見たらびっくりすると思う。

それを全部知っていて、ちょっと優越感を覚えているのも事実。

「でも、それで好きかって言われたら…。」

水曜日に見せた真剣な眼差しをふと思い出す。

木曜日に抱きしめられた暖かさをふと思い出す。

大きかったなあ、手。

心臓が、ギュウと縮まった。

いつからかなあ。

この病気。

治るかなあ。

「…まあ、いいけどさ。もしそうなら応援するから、一番に私に言うんだよ!?」

「うん。ありがとう。」

「あ、あそこだよ!あのお菓子のお店。」

「へえ。可愛いね。」

それは駅前に最近出来た店で、つまりは店主プラチナの雑貨店で。

そして、姫乃と友人は中にいる二人を見つけてしまう。

「あれ、ねえ姫乃、あれって。」

「明神先生と、湟神先生?」

「…ホントだね。何してるんだろこんな所で。」

窓際に二人並んで何かを見ている。

湟神が一つ商品を薦める様に見せると、冬悟は慌てて首を振る。

そのうち、冬悟が顔を赤らめて座り込んだ。

窓から覗いていた冬悟の顔が消える。

「…えっと、姫乃。」

恐る恐る姫乃の顔を伺う友人。

「なんか、お似合いだね。二人とも。」

「え?」

「邪魔しちゃ悪いし、帰ろうかな。」

「え…。そ、そう、だね。」

姫乃はずっと、ニコニコしていた。






「決めた!全部買う!!」

全六種類のぬいぐるみを全て抱えて湟神が吠えた。

「なっ…!!何考えてんだ!コレ全部一緒だろ?」

「一緒であるか!色が違う!形が違う!」

「色と大きさが違うだけだろおお!?給料日前に何考えてんだ!」

「馬鹿め!私が何の為に働いていると思っている!」

「何の為だよ!!」

「ふん。貴様はそこでハンカチでも…ってちゃんと選んだのか?冬悟。」

言われて、口を尖らせながら一枚のハンカチを差し出す冬悟。

「…こういうの、女の子って好きなもんか?」

柔らかいピンク地でふんわりした花柄のハンカチ。

それを見て思わず「フ」と笑う湟神。

「随分と可愛らしいのを選んだじゃないか。」

「う、うるせーな。大体選んでくれって頼んだのに。」

「上出来じゃないか?きっと喜ぶよ。」

そう言いながらレジに山盛りのぬいぐるみを運ぶ湟神。

「まいどありい☆」

会計を済ませるとプラチナが湟神を引き止めた。

「澪チャン、いつも来てくれるからコレプレゼント。」

手渡したのは小さなキーホルダー。

「こ、これは…。」

「非売品のヤツ。喜んでくれたら嬉しいなあ。」

「もちろんだ!お前はウザイがミッティーに罪はない。」

はははと笑いながらガクリと肩を落とすプラチナ。

プレゼント。

考えてなかった。

冬悟はくるりと店内に足を戻すと、小さめのぬいぐるみを一つ手にする。

「これも追加で。」

今日の買い物が終わった。

手を大きく振るプラチナに見送られながら店を後にした。

湟神と別れ、うたかた荘に戻ると姫乃はもう帰っている様で靴が綺麗にならんでいる。

「ただいま〜。」

鞄に買ったものを忍ばせて、いつ渡すかと頭を巡らせていると勇一郎が管理人室からひょいと顔をだす。

「よ、おかえり。今日も何かあったのか?」

「ん?」

「ひめのん。何か元気ないみたいだったから。」

「そうなのか?」

今日は自分は何も思い当たる事がない。

心配になって冬悟は姫乃の部屋へと向かう。

ドアをノックしても返事がないので、「入るよ〜。」と声を一応かけて静かにドアノブを回す。

鍵はかかっていなかった。

部屋の中で姫乃は布団に潜り込んで眠っているようだった。

「ひめのん、風邪でもひいたか?」

姫乃は頭まですっぽりと布団をかぶっている。

布団の塊がもぞりと動き、中から小さな声が聞こえた。

「私、病気みたいです。」

「どっか悪いのか!?痛いとこある?しんどい?」

「全部…。」

「き、救急車…!!」

バタバタと大慌てで走り出す冬悟をさすがにそれはマズイと姫乃が止める。

「そういうのはいいですから!!」

布団から上半身だけ起こし、冬悟の服を引っ張る。

「どうしてそう、極端な…。」

その姫乃の顔を見て、動きが止まる冬悟。

「何で、泣きそうな顔してんだ?何かあった?」

その言葉で、ぼろりと大粒の涙がこぼれる。

一緒に住んでいるから他の生徒より親近感があるのは、きっと冬悟も同じだろう。

たったそれだけの事で他の子に優越感を覚えるなんて、一人で本当に馬鹿みたいだ。

そう、姫乃は考えた。

だから、優しくするのも、心配するのも当たり前の事なんだろう。

何も自慢できたものではない。

「ひめのん。」

どうしていいかわからずオロオロする冬悟。

「あ!」

冬悟は鞄から可愛らしい包みを一つ引っ張り出すと、それを乱暴に破いて開ける。

中から花柄のハンカチを取り出してそれを姫乃に渡す。

足元に、クマのぬいぐるみが転がった。

「これ、使って。」

強引に姫乃の手にハンカチを握らす。

「…これは?」

今日冬悟をみかけた店の事を思い出す。

「…昨日駄目にしたハンカチのお詫び。後これ。」

転がっているクマを拾うと、姫乃の前で前足を細かく動かす。

「元気だせ〜。笑って〜。」

声色を変えて、取り合えず笑わしてやろうと苦肉の策。

「…ふ、はは。あは。冬悟さん、変なの。」

変でも何でも構わない。

「ひめのん、何かあったんならオレ…で良かったら何でも言って。頼りにならないかもしれないけど、その…心配なんだ。」

「心配?」

「うん。」

「優しいんだ。冬悟さん。」

「そりゃ、大事な……家族だし。」

「そっかあ。じゃあ、冬悟さんには言っちゃおうかなあ。」

「学校で何かあった?」

「そうじゃなくて。…私ねえ。冬悟さんの事好きみたい。」

「え?」

はは、と笑う姫乃。

「だから、惨めになるから、あんまり優しくしないでね。」

言ってる意味がわからない。

どうして、好きなら惨めになる?

「ひ、ひめのん、言ってる意味が、わかんねえ。好きって?」

「もう出て行って。」

ピシャリと、冷たく言い放つ。

「ひめのん!オレ何かした?」

「もういいから。今、一緒に居たくないの。」

冬悟は初めて姫乃の口から拒絶の言葉を聞いた。

目の前が暗くなった気がした。

ぺたりと座り込む冬悟。

手からクマのぬいぐるみが零れ落ちる。

じわじわと、胸の中で黒い塊の様な感情が膨らんで止まらない。

「オレが、どんだけ。」

どんだけ、気持ちを抑えて我慢してきたのか。

知らないだろう?

自分の体を抱えて、じいっと耐える冬悟。

肩が震える。

駄目だ駄目だ、抑えろ。

「冬悟さん?」

冬悟の様子が変化したのを察して、姫乃が恐る恐る近づく。

「…大丈夫?」

冬悟の腕が、ゆっくりと姫乃に伸びる。

「え?」

姫乃の制服の襟元を掴むと、強引に引っ張って抱き寄せる。

昨日の抱擁とは違って、もっと重く、苦しい。

「と、冬悟さんっ…?くるし。」

言おうとした口に、冬悟の唇が重なる。

目を丸くして驚く姫乃。

必死でその腕から逃れようともがいても、体が完全に固定されていて全く動けない。

「ん、ん゛ー!!」

息が出来なくて、苦しくて全力で冬悟の体を押しのける。

「っは!」

やっと離れてむせ返っていると、今度は肩を掴まれ床に押し倒される。

「いったあ!」

ゴツンと頭を床にぶつけたけれど、冬悟はおかまいなく姫乃の体に乗り上げる。

「と、冬悟さん…?」

こんな冬悟は見た事がなかった。

どこか冷たい目で姫乃を見下ろしている。

「冬悟さん、痛い。」

声が震えた。

「…オレが。」

「冬悟さん、腕、痛いよ。頭も。」

強く掴まれた腕が痛む。

痛いと言えば、冬悟が引いてくれると思った。

「ごめんごめん」そう言いながらふざけてたからと言ってくれると思った。

「オレが、どんだけ苦しんできたか、わっかんねえだろ。」

冬悟の顔が苦しそうにゆがむ。

頭が、真っ白になっていた。

どんな事をしても繋ぎとめていたい。

拒絶される位なら、無理にでも奪ってしまおう。

やっと、手に入れた自分だけの。

「と、冬。」

ドサリ。

冬悟の体が姫乃に倒れこんできた。

思わず、目を閉じ体を硬くする姫乃。

けれど、どれだけ経っても冬悟はそのままピクリとも動かない。

「…?」

うっすらと目を開け、倒れこんだ冬悟の様子を伺い、ぎょっとした。

冬悟が白目をむいて昏倒している。

「と、冬悟さん!?」

「大丈夫か〜、ひめのん。」

のんびりとした声が姫乃にふりかかる。

「…勇一郎さん。と、冬悟さんコレどうしたんですか?大丈夫なんですか?」

慌てる姫乃に苦笑いする勇一郎。

「襲った相手を心配するなんて、ひめのんもお人良しだなあ。」

「お、襲ったって…。そんな。」

体を起こそうとするけれど、冬悟が完全に意識を失った状態でのしかかっている為起き上がれない。

「ああ、ごめん。」

冬悟の襟首を掴むとぽいと横へ転がす。

「あ、あの。冬悟さん、白目むいて…。顔色もすっごく悪くて。」

「ちょっと頚動脈を押して気絶させた。なあに、そのうち目を覚ますよ。」

「だ、だ、大丈夫なんですか、そんな事してー!!!」

大丈夫だよ、とケロリと言う勇一郎に姫乃は盛大なため息をついた。

「あのさ、ひめのん。」

「はい。」

「コイツな、ひめのんの事ずーっと好きだったんだよ。」

「え?そ、それは無いです!絶対ない!」

力いっぱい否定する姫乃。

「どうして?」

「冬悟さんは…湟神先生と、付き合ってるから。」

「へえ!?」

一瞬、目を丸くして、それから盛大に笑い出す。

「あっはっは!!そりゃないそりゃない!絶対にない!!」

「あります!…今日、みちゃったもん。一緒にいるところ。冬悟さん、顔赤くして、嬉しそうでし、た。」

「それ、冬悟からちゃんと聞いた?」

プルプルと首を振る姫乃。

「じゃあちゃんと聞いてやってほしいなあ。」

笑顔で言う勇一郎。

姫乃は少し俯いて、顔を上げると小さく頷いた。

「ありがとう。親バカと思われるかもしれないけど、コイツ寂しがり屋の癖に不器用だから。」

バンバンと冬悟の頭を叩く勇一郎。

それでも動かない冬悟見て、本当に大丈夫だろうかと心配になる姫乃。

「は、はあ…。」

「だから、明日コイツの事避けたり怖がったりしないでやって欲しい。ああでも無理ならいいよ。このバカが悪いんだし。」

「そ、そんな。私が怒らせたから。きっと。」

「…。」

無言で、姫乃の頭をぐりぐり撫でる勇一郎。

「じゃあ、今日夕飯はいいし、ひめのんも少し休むといいよ。腹減ったら適当に何か食って。」

「はい。」

ぐったりと動かない冬悟を引きずって勇一郎が部屋から出て行った。

階段の辺りで「ガン!ゴン!」と派手な音がして慌てて様子を見に行くともう二人の姿は見えなかった。

脱力して床にへたり込む姫乃。

「…びっくりしたあ。」

あんな事になるなんて。

床にちらばったハンカチとぬいぐるみに手を伸ばす。

これを二人で選んでいたんだな、と考えると、明日冬悟に真意を確かめる勇気がしぼむ。

「…あ。」

忘れていた。

「さっきの、ファーストキスだった。」

勇一郎の言葉を信じるなら、というより、冬悟を信じるなら。

もう少しましな告白をしてみよう。

もしかしたら何かが変わるかもしれない。

明日。

全部明日。

窓の外を見ると、まだやっと日が落ちてきたところ。

後十数時間。

寝てしまおう。

そう決めると姫乃はもう一度布団に潜り込んで丸くなった。


あとがき
長いっ…!!思っていた構想の二倍の長さになりました。
しかも何か気がついたら冬悟が暴走を…。暴走させるのは澪だけの予定だったのですが。
プラチナとか盛り込み過ぎたかと悩むところ。しかしこのシリーズ、毎回冬悟が酷い目にあってます。
2006.12.28

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