暖かい部屋

「ああもうっ!気になるからイチャイチャするならよそでやってよ!」

ある日の夕方、姫乃が怒鳴った。

冬休みの宿題を済ませてしまおうと机に向かった姫乃だが、同居人のコクテンとキヨイが部屋をふよふよ漂って全く集中ができない。

漂っているだけならまだいいのだが、時々聞こえるコクテンの黄色い声や「人間って大変よね〜。あんなのやって意味あるのかしら?」なんて言葉が聞こえてくるのでイライラが少しづつ溜まっていく。

今日という今日は決着をつけなければ。

「私が寝る時と勉強する時だけでもいいからこの部屋から出て行って!でなきゃ明神さんに言って他の部屋に行ってもらいます!」

腰に手を当てて宣言する。

今後もこんな事が続くとテスト前が不安で仕方がない。

何とか、せめて規則を作ってしまいたいところだった。

けれど、スヤスヤ眠るキヨイにぺったりと張り付いたままコクテンはため息一つつくと不満そうに答えた。

「えー。アンタが明神の部屋で勉強したらいいじゃない。」

「え?そ、そんな事…。」

明神の部屋でコタツを出し、明神はみかんを食べながら、姫乃はそれをちょっとづつ貰いながら勉強をする。

時々手を止めて休憩にすると、それを待っていた明神が後ろから抱きしめる。

姫乃は明神の膝の上にちょこんと座ると、暖かいね、なんて話をしたり。

いいかもしんない。

一瞬、妥協案で手を打ちそうになる姫乃だけれど、ブンブンと首を振ってそれを打ち消す。

「だ、駄目駄目っ!ここが私の部屋なんだし。毎日明神さんの部屋で勉強なんかしたら迷惑になっちゃうでしょ!?」

「あ、今惜しかったわね。」

「惜しくないもん!今日という今日は、私退かないからね!」

胸を張って仁王立ち。

コクテンはチッ、と舌打ち一つ。

「何かさ、アンタってそういう、キーってなるトコ雪乃にそっくりよね。明神もアンタのどこがいいんだろ。」

「み、明神さんは関係ないでしょ!?」

フワリとキヨイから離れると、コクテンはまじまじと観察する様に姫乃の周りを飛び回る。

「な、な、何よ?」

「だってさ、アンタってチビだしさ〜、怒りっぽいし、童顔で胸もペッタンこだし。明神ってロリコン?あ、お尻は大きいわよねえ。」

かああと顔を赤くして姫乃は怒る。

「うるさいなあ!胸とかお尻とか、関係ないでしょ!私だって、もう数年もしたらわかんないんだから。…大体、明神さんはそんな事気にしてないもん!」

「男なんて皆猿みたいなもんです!キヨイは別だけど。明神だって男なんだし、気にしてるに決まってんじゃない。あんな顔して、頭の中じゃ何考えてるかわかったもんじゃないんだから。「ひめのん、早く育たないかな〜」とかね。」

言葉よりも、最後の似てない物まねに腹が立つ。

「明神さんはそんなんじゃない・で・す!」

「そう・で・す!本人に聞いてみれば?」

「じゃあそうするもん!!」

半分ヤケクソ、目に涙を浮かべて姫乃はダダダ!と階段を勢いよく駆け下りていく。

単純。

階下から「明神さん!私の胸って小さい!?気になる!?お尻大きい!?」と、大声が聞こえてきた。

今頃あのいつもはカリカリしている明神も口をぽかんと開けてしどろもどろになっている事だろう。

ペロリと舌を出すとコクテンはまたフワリと浮かんでキヨイの腕の中へ収まる。

眠っているキヨイは眉をしかめながらもコクテンの体が収まり良い様に腕の位置を変えた。

「あんまりお子様だからさ、からかいたくなっちゃうんだよね〜。」

女のコクテンから見ても「綺麗」なキヨイの横顔を眺めながらぽつりと呟く。

…この部屋は居心地がいい。

日が良く入るし、方角的にもいいのかいつも暖かい気に満ちている。

この部屋を姫乃にあてがったのだから明神が姫乃を大事にしている事は直ぐに想像できた。

それに、この部屋の住人である姫乃がこの部屋の雰囲気をより明るいものにしている事はコクテンにもわかっている。

姫乃がいるから、この部屋は更に暖かく優しい空気を保っている。

きっと姫乃が違う部屋に移ったら、この部屋はまた少し寒々しい部屋へと姿を変えるだろう。

家も部屋も、住んでいる人間によってその場所によどみができたり、逆に清んだ空気になったりするものだ。

そんな事を考えていると眠たくなってきて目蓋を閉じるコクテン。

そこへ、ダダダダダ!と今度は凄い勢いで誰かが階段を駆け上がってきた。

荒っぽく扉を開けると、その足音の主、明神は大声で叫んだ。

「お前ひめのんに何吹き込んでんだー!!!」

保護者が来た。

うざったそうにコクテンが目を開ける。

「うるっさいなあ!キヨイが起きちゃうでしょ!?」

「うるせえ!ひめのんに余計な事言いやがって!」

「余計な事って、心にやましい事があるからそんなに慌ててんじゃないの?ご愁傷様〜。」

「やましくない!!お、オレはそんなん気にしてねえし、小さくても大きくてもひめのんがひめのんならいいのっ!」

「あらそう。良かったわねえ姫乃。」

「は?」

明神がぐるりと首を回すと、追っかけやってきた姫乃が部屋の入り口でへたりと座り込む。

「あ、あああああ!!!」

だらだらと汗をかきながら言葉にならない悲鳴をあげる明神。

本当にいじって飽きない二人だ。

明神は姫乃の元へ慌てて駆けつけるとオロオロしながら何か声をかけている。

姫乃は顔を真っ赤にしながら手で顔を覆い、目線を泳がせる。

「見てらんないね。キヨイー。」

コクテンは再び目を閉じるとふわあ、と欠伸を一つ。

暖かい空気を胸いっぱいに吸いながらキヨイの肩にしっかりと抱きついた。


あとがき
一度書いてみたかったコクテンと姫乃です。
もっとちゃんと書いてあげたいなあ。コクテン可愛くて好きです。ちょっと物騒ですけど。
2007.01.10

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