安心の腕の中

ズズン、ズズンと大きな音を立てて目の前に現れた巨大な「活岩の獅子」

明神と姫乃は屋根の上でぽかんと口を開けた。

一人、雪乃が手を叩いて驚いてはいるが、どこか冷静で明神としては「いやもっと焦って下さい」と言いたい。

「ほわー…凄いね!どうする?明神さん。」

…ここにも一人、どこかのん気な人間が。

やはり血筋か。

「どうする…って言われても、うたかた荘には入れられないだろ…。って言うか、入らないだろ。」

目線は獅子に釘付けになったまま明神が呻く。

「そうだね…。でも、良かったね。」

「何が?」

「だって、この子も明神さんにおめでとう言いに来たんだよ?」

本当、姫乃はのん気だ。

のん気だけど、そんなところがあるから今までだってずっと救われてきた訳で。

「あ〜…。そうだな。えっと、ありがとうなー!!わざわざ来てくれたんだろ?」

大声で話しかけると、言葉が解かるのか解からないのかは判別しかねるけれど「グルル」と喉(?)を鳴らす活岩の獅子。

「えらいねえ!一人で来たの?」

姫乃も声をかける。

獅子が、その姫乃の声に呼ばれる様に顔をぐいいと屋根に近づける。

「うわわわわ!!ストップ!!止まれ!!」

叫ぶ明神。

構わず、明神のコートから両の手を伸ばす姫乃。

撫でられようと顔を近づける活岩の獅子の頭を触ろうとして、すり抜ける姫乃の手。

ちょっと、寂しそうに明神を振り返る姫乃。

そんな姫乃を見て、ため息をつく明神。

「ホントに、大したもんだよな。親子して。」

明神は姫乃の手を取ると、自分の手と重ねて獅子に手を伸ばす。

そのまま、獅子の顔を何度か撫でる。

姫乃が明神を振り返りにこりと笑う。

活岩の獅子は甘える様に身を捩らせた。

まるで、大きな猫だ。

その時、プシュンと姫乃が小さくくしゃみをした。

明神は手を引くと慌てて姫乃の体をコートで包む。

「大丈夫か?寒い?」

「大丈夫。…ありがと。」

くるりと踵を返して帰っていく活岩の獅子。

「あ、帰っちゃうんだ。」

「まあ…。入らないしなあ。」

来てくれたのは嬉しいが、ずっと居座られるのはさすがに困る。

「今度はこっちから遊びに行くねー!!」

手を振る姫乃。

朝日に向かって歩く獅子の背中。

その背中がちょっとずつ小さくなっていくのを見送ると、姫乃は「ふわあ」と今度は欠伸をする。

明神は少し笑った。

「何?」

「いや?ホントに度胸あるっていうか、肝が据わってるって言うか、ひめのんってスゲーよな。」

「そう?」

姫乃は小さく首を捻って。

「…だって、今世界で一番安全な場所にいるんだもん。」

「…ん?」

「ここが、私にとって世界一安全な場所だよ。何があっても明神さんが守ってくれるもん。だから何があっても平気なんだ。」

「そっか。」

明神は姫乃の小さな肩に顎を乗せて頬を寄せる。

嬉しかった。

守ると決めた。

そして守られていると感じてくれている。

日が上る。

眩しくて目を細めた。

ちらりと姫乃の顔を覗きこむと、明神にもたれかかったまま半分以上眠っている。

男としてはもう少し警戒してくれてもいいのにな〜…なんてちょっと考えたりもするけれど、今はこれでいい。

「風邪ひくぞ。」

そう言うと、明神は姫乃の体をそっと抱えて屋根から飛んだ。

機嫌が良かった。

最高に良かった。

トン、と軽く着地する。

口笛でも吹きたい気分だった。

足も軽い。

愛しそうに姫乃の寝顔を確かめると、声を出さずに笑った。

「あらら、姫乃ったら寝ちゃったのね。冬悟さんごめんなさいね。」

背後から声をかけられた。

雪乃だ。

グギギ…と振り返る明神。

…イタンデスカ、オ母サン…。

「あ、いや、そのっ!!いえいえ!ひめのん軽いですし!な、中入りましょう!寒いですし。ねっ!!」

今のも見られていたのかと思うと顔がどんどん熱くなるのを感じた。

雪乃はニコニコ。

明神は恥ずかしくてその笑顔を直視できない。

慌ててうたかた荘の中へ入る。

リビングと廊下には人がごった返して雑魚寝している。

それを踏みつけない様階段へと向かうと、明神は顔を伏せたまま姫乃の部屋へと直行した。


あとがき
このシーン書かれている方いるかなあ、かぶるかなあとビクビクしながらも、んがー!!となって書きました。
今凄く幸せな二人を書きたい気持ちで一杯です!
2007.01.05

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