「あの子」

ある日の夕方。

明神はもったりと目を覚ますと時計を掴む。

約束の時間まで後20分。

大きく欠伸をすると、ボリボリと頭を掻く。

水を飲んで、取り合えず腹に何か入れたいのでお湯を沸かしてカップ麺を作る。

「後で怒られるな…。」

呟いて、出来上がった物体を腹の中に流し込む。

このゴミが見つかると厄介なので、小さく折りたたむと紙袋に包んで屑篭に放り込む。

…まるでイタズラがばれるのを怖がっている子供みたいだと考えて、一人で笑う。

着替えて、歯を磨いて、サングラスをかけると玄関へと向かう。

「出かけんのか?」

エージが声をかけた。

「おう。ちょいとひめのんに頼まれ事だ。」

「いつもの、荷物持ち?」

その言葉にふん、と鼻を鳴らす。

「頼りにされてるの。オレ。」

にひ、と笑ってみせるとエージは鼻で笑って返す。

「そりゃ良かったじゃねーか。まあ荷物持ち、頑張れよ。」

「荷物持ち」をわざと強調されてカチンとくるも、待ち合わせの時間が気になるのでじゃあな、とうたかた荘を後にする。

待ち合わせ場所は学校とうたかた荘の丁度間くらいにある公園。

明神が公園に辿り着くとすでに姫乃は来ていた様で、見覚えのある背中がひとつ。

「お待たせ。」

声をかけて近づくと、姫乃と同じ制服を着た学生が二人。

女の子と、男の子。

(友達かな?…片方は、男か。)

等と考え、どうもと声をかける。

「あ、明神さん。えっとね、学校の友達。」

「えっと、いつも姫乃がお世話になってます…で、合ってるひめのん?」

「微妙に違う気もするけど…。」

そんな二人の会話を聞きながら、明神を観察する様に見る二人。

優等生のイメージがある姫乃の知り合いに、白髪で黒コート、サングラスの大男だからまあ仕方もない。

「じゃあ、また明日!」

その友人達と手を振って別れると、二人でのんびりスーパーへ向かう。

「何か、あの子達引いてなかったか?」

「そう?そんな事ないよ。」

「まあ、それならいいけど…。」

言いながら、ちらりと姫乃の様子を伺う明神。

情けない話、先ほどの学生の片方、ぶっちゃけ男が姫乃とどういう間柄なのか気になる。

「ね、明神さん。」

「ん?」

「さっきの二人ね、付き合ってるんだよ。」

「え?マジで?」

頭の中にあった不安が一気に解消した。

もやもやが消え、急に体も軽くなる。

「ふーん、へー、そうかあー。最近の若いもんは凄ぇなあ。」

何が凄いかは置いといて、とにかくほっとした。

自分でもびっくりするほど単純である。

「でしょ、私もびっくりした。最近知ったんだけどね。」

自分も「若いもん」でしょうがと明神は思い、一人でこっそり笑う。

「全然気が付かなかった〜。この間行った修学旅行からだって。あの女の子の方から告白したんだって〜。」

「へ〜。最近の子は女の子のが積極的なんだな。」

「うん。っていうか、あの子がそうなんだけどね。勉強も出来るし、スポーツも得意だし。」

いいなあ、とつけたされた言葉がひっかかる明神。

「ひめのん、彼氏とか欲しいの?」

「え?」

「や、だって、いいなあって。」

言われて、手と首をブンブンと横に振る姫乃。

「そうじゃないよ!あの子がね、凄いなって。色々出来るし。カッコいいんだ〜。」

「ひめのんだって、色々できるよ。飯も美味いし。掃除も洗濯も何でも出来るだろ?十分だって。」

「そ、そっかな?」

「うん。すげえ。ひめのん凄いです。」

「そんなに褒めないでよ!照れちゃう。」

顔をパタパタと扇ぎながら顔を赤くする。

「いいなあ。」

今度は、明神が呟いた。

「ん?」

「学生。」

学生だったら、姫乃と一緒にいても変な目で見られる事もないし、年齢を気にせず付き合ったり出来るのに。

「そうかな〜。テストとかあるし、授業も大変だよ?」

「そうだけどな。いいなあ。若返りてえ。」

「明神さんまだ若いじゃない。」

姫乃が笑う。

そうじゃなくて。

君と一緒がいいんだけど。

そんな言葉はもちろん口には出せず、心の中に閉まっておく。





一方友人。

「ね、さっきの「明神さん」姫乃の彼氏だって。」

「マジで!?」

「はっきり言わないけどそうだよ〜。「いつも姫乃がお世話になってます」とか言ってたでしょ?」

「そう言われてみれば確かになあ…。でも意外だな。桶川のイメージと違うっていうか、あいつもっと真面目なイメージあるから。」

「そうでもないわよ?あの子田舎から出てきてあの明神さんのアパートにお世話になってるでしょ?」

「ああ。」

「あのアパート、今あの子と明神さんしか住んでないらしいわ。」

「…マジで。」

「うん。他に住んでる人はいないって言ってたから。つまりあの大きなアパートが二人のマイハウス状態なのよ。」

「…マジで。」

「うん。だって炊事、洗濯、掃除とか全部あの子がやってるって話だもん。明神さんの分も。」

「…マジで。」

「うん。田舎から出てきて直ぐ、何か色々助けて貰ったんだって。いわゆるインプリティングよね。」

「……大人って、凄えな。」

「うん…。あの子、ああ見えて経験豊富だと思うわ…。」

確かに、あのアパートに「生きた」住人は二人しかいない。

色んな説明を省いたせいで、説明は捻じ曲がってあの子に伝わり、大きな誤解を呼ぶ。

次に会った時、あの子の彼氏は明神に対して敬語になっていたとかいなかったとか…。


あとがき
あっはっは。
リク頂いたのが、「彼がいるクラスメイトのことを話す姫乃」だったのですが、気づけば「姫乃と明神を横から見たカップル」を楽しむ自分がいました…。
す、すみませ…。
こちらはリク下さったチエさんへ!ありがとうございました〜!!
2006.12.13

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