虹をまってる

急に、雨が降ってきた。

明神は傘を持って外へでる。

自分の分と、この時間だと帰宅途中の姫乃の分。

どこかで雨宿りをしているか、それとも慌てて走って帰っているか。

早足に公園を横切る。

その時。

見たことのある頭が植木達の向こうにちらりと見えた。

(ひめのんだ。)

どうやら姫乃は公園の屋根のある場所で雨宿りをしていた様だった。

足を止め、後姿を確認する。

ニョキニョキと、イタズラ心が沸いてきて、背の低い植木の陰にそっと隠れる。

(脅かしてやろう。)

そそそ…と丁度姫乃の背後に回ると、両手を挙げて立ち上がる。

「好きだ!桶川!!」

「ひめのん…んん!!??」

「明神さん!?」

あれ?

おい?

明神が立ち上がるのと、姫乃の陰と植木達に隠れて見えなかった少年が姫乃に告白をするのとほぼ同時だった。

何とも気まずい時間が流れる。

学生服の少年は唖然と自分の告白を潰した明神を見る。

姫乃は明神とその少年を交互に見る。

明神は両手を高く上げ、そのままの格好で立ち尽くす。

(ー…お邪魔しました、とは言うまい。大体、こいつひめのんの同級生?同級生なら16歳?まだガキじゃねーか色気づきやがって。というか今までこいつひめのんと二人でいたのか?一緒にここまで帰ってきたのかこのストーカーめ。大体雨降ってて寒いのに公園で立ち止まってチャンスってかこんガキャア。男なら走って傘の一本どこかで調達して差し出す位の男気みせねーか。ひめのんが風邪ひいたらどうしてくれんだ責任取れ、いや取るな帰れ。お前は帰れ。)

この間、2秒。

明神が黙ったまま何も言わないので、少年は気を取り直して仕切りなおす。

「あの、桶川。」

その時、明神はとても焦った。

(ああ駄目だ。言わせてはいけない。こんなの嫌だ。)

焦って、慌てて。

「だっ、駄目だ!ひめのん!オレも好き!!」

「「え?」」

少年と、姫乃の声がハモる。

ああ、やっちまった。

言った後にそう思った。

再び、微妙に気まずい時間が流れる。

少年は今度は驚きで目を丸くし、口をぱかりとあける。

姫乃は鞄を抱きしめ顔を真っ赤にしながら明神を見る。

明神はバツが悪そうに目線を落としながら、両手は少しづつ下がって「降参」のポーズとなっている。

「…桶川、知り合い?」

沈黙に耐えかねて少年が聞く。

コクコクと姫乃が頷いて答える。

「あの…じゃあ、どっち、取る?」

「ど、どっち…って、言われても…。」

姫乃は鞄を両手にぎゅっと抱え、下唇を噛む。

あ、やべえ。

姫乃の表情が、明らかに「どうしていいかわからない。」と言っている。

「桶川。あの…。」

「あっ!馬っ鹿ヤロ…!!」

少年の言葉をきっかけに姫乃が走り出す。

ほらみろ。

こんな事もわからないでよく告白なんかできたな、と言いたいところだがそれどころではない。

「桶川!」

少年が走り出す。

「にゃろ!」

明神も走りだす。

雨の中を走る三人。

「あんた人の告白なんて事してくれるんだ!」

「うるせー!テメエこそオレの三ヶ年計画どうしてくれるんだ!」

「知るか!オッサンいい年して何考えてんだ!!」

「オレはオッサンじゃねー!!まだ二十代だ!!」

姫乃は騒がしい後ろを振り向いて驚く。

「な!ななな…!!」

走って逃げる姫乃を少年と明神が罵り合いながら猛スピードで追いかけている。

「桶川!駄目なら駄目でいいんだ!はっきり言ってくれ!」

「じゃあ駄目!お前駄目!」

「オッサンには聞いてねーよっ!!」

「テメエ…目上の人間に対する接し方を今から叩き込んでやろうか?」

走りながらポキポキと指を鳴らす明神。

「うるせえ、この変質者!誰が目上だ!!」

少年も、走りながらファイティングポーズをとる。

「ちょっと、二人とも…!!」

うわ!と叫ぶと姫乃はガクリとバランスを崩す。

後ろを向きながら走った為、足がもつれてしまった。

「「姫乃!桶川!」」

二人が同時に叫び、同時に手を伸ばす。

…明神の方が早い。

倒れそうになる姫乃の手を掴み引っ張ると、その引っ張った勢いで片足を軸に回転し姫乃の後ろに回り込む。

そのまま、姫乃が怪我をしないように自分の体を下にすると重なる様に地面にべちゃりと倒れた。

バシャン、と音を立てて地面の雨水が跳ねる。

(…ああ。今日は厄日だ。)

「ひめのん、大丈夫?怪我してない?」

一応、庇いきれたつもりだけれど、どこかぶつけたかもしれない。

気になって訊ねると姫乃は慌てて明神の上からどく。

「私は大丈夫だけど…!明神さんは!?」

「オレは平気〜。…あ。」

見ると、姫乃の体はすっかり雨に濡れてしまっている。

今だって、怪我はなさそうなものの、地面に手と膝をついている。

もちろん、明神も少年もびしょ濡れだ。

明神は持ってきた傘をパン、と広げ、それを姫乃に差し出す。

「ほら、お前も持ってけ。…いつか返せよ。」

もう一本を少年に渡すと、姫乃に背を向けてかがむ。

姫乃は一瞬悩んだけれど、その背に負ぶさる。

「あの、桶川。」

「ストップ。今日はもうお開き。」

何か言おうとした少年を制すると、すたすたと歩き出す。

少年は「また明日。」と小さく言うと背中を向けた。

暫く歩くと姫乃が口を開いた。

「…どうして、足くじいたの解ったの?」

「オレ目はいいの。」

「そっか…。」

「ひめのん、オレはいいから傘しっかりかぶってなさい。」

「大丈夫、この傘大きいもん…。」

「おう、そっか。」

また暫く黙って歩く。

今度は明神が口を開いた。

「…あのな、ひめのん。今日の事…さっきの事な、忘れてくれていいから。」

「え?」

「びっくりしただろ。なんつーか…ゴメンな。怪我までさせて。」

背中の姫乃がぎゅうとしがみ付く。

ああ、最悪だ。

今日は雨の日。

傘を忘れていった姫乃。

傘を届けて、ついでに一緒に帰ろう、そう思っていた。

こんな風にびしょ濡れにさせて、足をくじかせて、居た堪れない想いをさせるなんて。

何とか、嫌な事を忘れて、笑って欲しいと思う。

どうしたらいいのかはもうわからないけれど。

…虹でも出ねぇかな…。

もし雨が止んで虹が出たら、姫乃がちょっとでも嬉しい気持ちになるかもしれない。

「明神さんにおんぶされるの、二度目だね。」

姫乃が背中に顔を埋めたまま、そう言った。

「…そうだな。」

「こんなにおっきかったんだね。前は気付かなかった。」

「…うん。」

「私ね。」

そう言うと、更に頭を強く明神の背中に押し付ける。

「…やっぱりいい。」

「何?」

言いかけてやめられると非常に気になる。

それがどんな言葉でも。

「何言われてもいいから、言って。気になるし。」

「…明神さんが来てくれて、嬉しかった。」

「…え?」

「一緒に帰ろうって言われて、帰ってて、何だか急に変な感じになって困ってて、そしたら明神さんががばーって出てきて。」

背中で、姫乃が震えているのがわかる。

多分、寒い訳ではないと思う。

「そ、そしたらまたこう、色々あって、もう頭がついてかなくて。」

「うん。」

「でも、転んだ時に明神さんが手をとってくれてね、ああ、そうだって思ったの。」

「…何が?」

「明神さん。」

「はい。」

「もう一度、ちゃんと告白してもらえますか?」

今、姫乃が何を考えているか、明神にはさっぱりわからなかった。

だけど、もう一度、あんな勢いじゃなくてちゃんと言わせて貰えるんだったら、たとえ砕け散っても後悔はしなくて済む。

そう思った。

姫乃を背中からゆっくり降ろし、傘を受け取る。

正面に向き合い、サングラスを外す。

一度大きく深呼吸して。

(姫乃、桶川姫乃。オレの一番大事な娘。)

「ひめのん…姫乃。好きです。大好きだ。愛してる。後…もし君が、応えてくれなくても、オレは君を守る事はやめないから、それだけは許して欲しい。」

ボツボツと、雨が傘を叩く。

とりあえず、伝えた。言った。もう後悔はない。

姫乃は明神の目をじっと見つめている。

「どうして、応えてくれなくても、とか忘れてとか言っちゃうんですか?」

「え?」

「…私の気持ち、知らないくせに。」

急に拗ねた顔をする姫乃に焦る明神。

「や、そんなつもりじゃなかったんだ…。気ィ悪くしたら、ゴメン。」

「だからっ!謝るんじゃなくて…!」

傘を手放し明神の胸に、ゴツンと頭をぶつける姫乃。

「もっと明神さんはどーんと、構えていて下さい。」

「…え?…あ。」

「馬鹿。馬鹿。」

「…ゴメン。」

「ゴメンじゃないです。」

「すみません。」

「馬鹿。」

姫乃の背中に、手を回す明神。

「じゃあ姫乃もちゃんと言って下さい。」

「…急に強気になるのもやめてよね。」

「どうして。」

「びっくりするから。」

「オレの方がびっくりだよ。」

「どうして?」

「ひめのんがオレの事を好きだなんて、気が付かなかったから。」

姫乃の顔を覗きこみ、にひ、と笑う。

その言葉に顔を赤くする姫乃。

プイと顔を背ける。

「…私、まだ好きだなんて言ってませんよ?」

「じゃあいつ言ってくれるんだ?」

「…そうだなあ。」

ポツポツと、雨の勢いが弱くなっていく。

ちらりと、姫乃が空を見上げる。

「じゃあ、虹が出たら!」

「却下。」

そう言うと、明神は姫乃の体をぎゅうと抱きしめた。


あとがき
何度目かの告白ネタです。今回は(も、かな)駄目明神…。
一巻の頃のエージとタメで喧嘩するイメージです。明神はこの子供っぽさと戦ってるときとのギャップがまたよいと思っています…。
2006.11.27

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