56
ガラガラと崩れていく岩の中で、明神は少しづつ意識が遠のいていくのを感じた。
「…動けねえ。」
キヨイにやられたダメージが大きい。血も流しすぎた。
早くここから逃げないといけないのは百も承知だけれど全く体が動かない。
「…これが最期か。」
目を閉じる。
せめて、相打ちでもあのキヨイって奴くらいは倒せたら良かった。
そんな事を考えながら、頭の中がすこしづつ真っ白になっていく。
姫乃は泣くだろうか。
未練があるとすれば姫乃を守れなくなる事だ。
死んだら自分はきっと霊になってこの世に留まるだろう。
そしたらまた戦う事はできる。
なんだ。まだ戦える。
そう考えたら、すっと体の力が抜けた。
その時。
「オイ。」
寝そべった頭の上の方からガクの声が聞こえた気がする。
「オイ、死んだか。」
まだ生きてるよ。
そう言おうと思ったけれど声が出なかった。
どんどん、意識は遠くなる。
「…まだ息はあるのか。ゴキブリ並だな。」
ウルセェよ。
「いいかボンクラ、足りない頭で良く聞け。」
誰がボンクラだ。
「この戦いは何の為の戦いだ。」
…。
「全員が生き残る為の戦いだ。何故なら、心優しいひめのんは誰が死んでも悲しむからだ。そう、たとえ貴様の様な元ヤンの猿でもだ。」
そんくらいわかってるよ。
「自分の命を最期のカードに置いてる奴はそのカードを使いたくなってしまうもんだ。」
…。
「オレはひめのんの為なら二度死ねる覚悟はある。けれどひめのんの為には絶対死んではならない。だから魂をかけてひめのんの元へ帰る。」
…。
「お前も死ねるんだろうな。明神。」
死ねる。命はかけられる。それだけの価値はある。
「でもお前は本当に死ぬんだろうな。馬鹿だから。」
うるせえ。
「そしてひめのんを泣かすんだろうな。お前は本当は自分の事しか考えていないからな。」
うるせえ!
「ここで消えるか?」
「…やかましい。」
歯をくいしばって、全身に力を入れる。
傷口が焼ける様に痛むけれど、そんなもんかまってられない。
震えながら首を持ち上げ、膝を曲げる。
立ち上がってやる。今すぐコイツを黙らせる。
「人が大人しく聞いてりゃ…好き勝手言いやがって…。」
「立つのか?」
上半身を起き上がらせる。
腹の傷から出る血が止まらない。
両腕で這いつくばって、足を踏ん張らせる。
オラ立てオレ。根性見せろ。
フラフラしながら立ち上がる。
殴る。
とりあえずコイツを一発殴る。
「オレは死なねえ!姫乃は泣かせねえ!全部守る!」
もう足が体を支えきれない。
倒れながら、それでも拳を…。
そこで、ぷつりと意識が途絶えた。
ガクは倒れこみながら打ち込まれた拳を片手で受け止めた。
そのまま明神の体はずるずると倒れこむ。
チッと舌打ちを一つ。
「ふん。まあ、合格だ。」
そう言って明神を担ぐとふわりと宙に舞い上がる。
放っておけば恋の障害は一つ減る。
けれどそれでは姫乃がとても悲しみ泣いてしまうだろう。
見たいのは笑顔。
自分に向けられるただ一つの笑顔。
その為なら何でもできると思う。見返りはなくてもいい。
これが自分なりの究極の「無償の愛」
あとがき
ガクの無償の愛って深いなあと思うのです。
見返りを求めないって事って凄いなあと。
明神もガクも物凄く姫乃の事を考えてるなあ。愛情の形は二人とも違いますが。
タイトルが全く思いつかなかったので、56譚の話なんで56に。まんまやん。