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×3
季節の変化や巷でのイベントは、買い物に行った時に気付く事が多いと明神は思う。
普段からもっと気をつけていればいいのだろうけれど、案内屋の仕事が忙しくなるとついつい外界との交流をシャットアウトしてしまう。
寝て、起きて、戦って、疲れて、寝ての繰り返し。
まだはっきりしない頭をボリボリ掻き毟って首を振る。
風呂に入らずに寝てしまった様だ。
ここはどこだ?
今何時だ?
むっくり起き上がって周りの景色を確かめる。
今日はちゃんと自分の部屋に収まって眠っていた様だ。
見慣れた家具や乱雑に置かれた書物。
脱ぎ散らかした服を下敷きにして、片足を何故かタンスに突っ込んでいたけれどまあマシな方だろう。
窓を見ると外はまだ明るく大体昼を回ったくらいかと腹具合と合わせて計算する。
動いてきた頭でカレンダーを見ると、どうやら今日は三月十三日。
曜日感覚も無くなってきやがったな、と、うっすらヒゲの生えた顎を撫でるとフト、次の日、つまり十四日に目がいった。
ぐるりとペンで囲ってある。
「…三月十四日。…何かあったか?」
黒いペンで乱暴に書かれたマルは明らかに自分が書いたもので、何かを忘れない様にしようとしていた事だけはわかる。
次からはちゃんと内容も書いておこうと今更ながら思いつつ、誰かを探すべくドアを開け廊下を覗いた。
たまたま、そこを通りかかったエージを呼び止める。
「エージ、エージ。」
「ん?ああ。起きたのか明神。ヒメノならまだ学校。」
「あ、そうか。」
それだけ言うとすたすたと通り過ぎるエージ。
何となく用事が済んだ気になり管理人室に戻る明神。
いや、違う違う!!!
思い直すとバタバタと部屋から這い出した。
「ちょっと待て!用事それだけじゃねーっての!」
「あ?そうなのか?」
意外そうな顔をするエージ。
オレってそんなにひめのんばっか追っかけてる様に見られてんのか…?
心の声は押し殺す。
「えっと、明日。つまり三月十四日って何かあったっけ?」
「はあ?」
「いや、カレンダーにマークつけてたんだけど、何の日か思い出せなくってよ。」
エージは「ああ」と言うとにやりと笑う。
何となく、嫌な予感がした。
エージがこういう顔をする時は大体姫乃絡みで、そして大抵冷やかしが混ざる。
「明日っつったらホワイトデーだろ?バレンタインデーのお返し。」
「…あ…!!!」
再び明神は慌てて管理人室に駆け込んだ。
駆け込んだものの、自分が何をしようとしたのか解らなくなりもう一度廊下へ引き返す。
「エージ!ホ、ホワイトデーって何すりゃいいんだ!?」
「何って…チョコのお返しだろ?」
「じゃあお菓子か。バレンタインはチョコレートで、ホワイトデーって何だっけ?」
とにかくこういったイベントには全くと言って良いほど縁がなかったので、何をどうしたらいいのかピンとこない。
「キャンディーとかマシュマロとかが一般的だけどさ、明神知ってっか?」
「…何を?」
「ホワイトデーってのには三倍返しっていう規則があんだよ。」
エージは腕を組み、真面目に、まことしやかに、厳かに話す。
「…三倍?規則?」
ひっかっかった。
腹の中でこっそりと爆笑をかみ殺すエージ。
「ああ。チョコレートに本命と義理がある様に、ホワイトデーは渡す物で相手への気持ちがどんくらいか伝えるんだ。本命チョコに返すなら貰った物の三倍位の物が妥当なお返しだ。」
明神の顔色が変わる。
「…マジか。」
「マジだ。」
ふらりとよろけると、壁にドンと背中をつく。
「ど、どうすんだ。大体三倍って言われても何用意すりゃいいんだ…。大量のお菓子か?」
「別にお菓子にこだわる事ねーだろ?服でも靴でも指輪でも。」
「ゆびっ…!!」
「ヒメノは喜ぶんじゃねーの?」
「よろこ…。」
少しずつ洗脳されていく明神。
「でも、オレひめのんの指輪のサイズなんか知らねえし…。」
「本人に聞けばいいだろ?」
「やだ!何か恥ずかしいだろ!?指輪って、何か、婚約とかみたいで…。」
どうしてそんなに話が飛躍するんだと、改めて明神の恋愛経験の無さを思い知る。
「まあでもヒメノなら何でも喜ぶんじゃねーの?何でも。」
「ぐ…。」
何でも、と強調されると男心に火がつく。
確かに姫乃なら何でも喜んでくれるだろうけれど、そこに甘えるのは男としてどうだ。
「決めた!指輪!サイズひめのんから聞く!」
「ただいまー。」
胸を張って主張した直後、姫乃が玄関の扉を開けて帰って来た。
明神は心臓が一時停止するほど驚いて「ぎゃあ」と叫ぶ。
「な、何?どうかした?私何かした?」
「や…何でもねえ。ちょっと、びっくりしただけ。」
痙攣する心臓を押さえて明神が答える。
「まあ、じゃあオレこの辺で。」
さっさとその場を後にするエージ。
「ちゃんと聞けよ?」
最後ににやりと笑うと壁に「スポン」と消える。
「うるせ!」
「え?何?」
「うっ…。」
玄関で立ち尽くす明神。
何事か気になって動けない姫乃。
「どうかしたの?」
「…いや、その、何だ。」
「うん?」
「ひ、ひめのんの…あの、…サイズを、知りたくって。」
「え?何?」
「っだから。」
大体、指輪ってだけでこんなに緊張する方がおかしいんだオレ!別に婚約指輪買おうってんじゃねーんだし…。
いやでも指輪って、やっぱ特別なイメージがあるから…。
頭の中でグルグルと考え事をして暫く黙り込む明神。
「…あ、もしかして…。」
姫乃が何かを察し、カァと顔を赤らめる。
「ど、どうしてそんなの聞きたがるんですか?明神さん。」
「え?」
ぱっと顔を上げると、目の前で姫乃が顔を赤らめ自分と同じ様に俯いている。
明神も一気に恥ずかしさが増し、心臓もまたドクドクと必要以上に血液を送り出す。
「どうしてって…。そりゃ、ひめのんに、あげたいと思ったから。」
「プ、プレゼントって事ですか?でもどうして。」
「明日、ホワイトデーだろ?…だから。その、別に変な気があるって訳じゃなくて。ひめのんが、よ、喜ぶと思って。オレもチョコもらって、スゲー嬉しくって。…でもチョコだけが嬉しかったんじゃなくて、ひめのんがオレの為にっていうのが、本命だって言ってくれた事が嬉しくって。だから、ちゃんとお返ししたくて。ひめのんが勇気出してくれた事にちゃんと応えたくて。でもオレサイズとか知らねーし、センスもねえからひめのんが喜んでくれる物選べるか自信はねえけど…。」
暫く、沈黙が続く。
明神も姫乃も俯いたまま。
「あ、あの。別に嫌なら…。」
「Bの、65。です。」
「…は?」
俯いたまま姫乃の口から飛び出した言葉は、明神が知っているごく一般的な指輪のサイズと思われる数字とは違うものだった。
「えっと…それって、どの位?ゴメン、オレよくわっかんね。」
「ど、どの位って…。い、一般的には小さすぎず、かと言って大きくも無い感じ…だと思うけど。」
「ええ!?」
「や、嘘。小さいです。かなり。」
声と共に体もどんどん小さく丸まっていく姫乃。
「え?ひめのん?あの、オレひめのんが小さいのはわかってるけど…。結局オレ、何てサイズ探せばいいんだ?できればわかりやすい数字を知りたかったんだけど。」
小さく蹲る姫乃がフルフルと震える。
明神は、姫乃と自分とで何かとんでもない行き違いがある様な気がしてならなかった。
Bの65。
この数字が意味するものは、もしかすると。
いやまさかそうだとすると。
いやだけどそんなまさか。
姫乃が突然ガバと起き上がると明神の頭に鞄をぶつけた。
「それ以上は売り場で聞いてください!馬鹿!馬鹿馬鹿!!」
顔を真っ赤にして怒鳴ると、くるりと踵を返し走り去ろうとする。
明神は慌ててその手を掴み引き止める。
「ひめのん違うー!!!誤解だ誤解!!」
「違うって何がですか!どうせ私のは胸は小さいよ!」
「いい!小さくていい!オレが知りたいのはそっちじゃないの!」
「そっちって何!明神さんが言うから私、が、頑張って言ったのにっ!」
「オレが知りたいのは下着のサイズじゃなくて、ひめのんの指輪のサイズー!!」
「…へ?」
姫乃の目が点になる。
明神は姫乃を捕まえたまま、必死で訴える。
「オレ、ホワイトデーって何したらいいかわっかんなくて、エージに聞いたらお菓子でも服でも靴でも指輪でもって。色々考えたけど規則を守るなら指輪がいいって思ったから、その、婚約指輪とか大層なもんじゃねえけど、ひめのんが喜んでくれる物って思って、でも指輪のサイズなんか知らねえし、聞こうと思ったけど照れくさくてちゃんと聞けなくて、だからっ…!!」
一気にそこまで言うと、ゼイハアと肩で息をする明神。
「…明神さん。」
「はい?」
「規則って何?」
そこで初めて、明神はエージにまたしてやられたと思い知った。
全ての誤解が解けた後、姫乃はまた顔を真っ赤にして涙ぐんだ。
鞄で頭を殴った事も平謝りし、頭を抱えて何度も「馬鹿だ、馬鹿だ」と繰り返す。
明神は苦笑いでその姫乃の頭を撫でてやる。
「忘れてね、その、先に言ったサイズの方。」
耳に焼き付いて離れませんとは言えず、明神はただ頷いた。
明神は姫乃から指輪のサイズと、最近は雑貨屋等で可愛いけれど割と安い指輪が売っている事を聞いた。
風呂に入っていない事を思い出し、シャワーを浴びて財布を掴むと買い物に出かける。
久々に、仕事以外で外に出た。
本当は姫乃に付いて来てもらって姫乃の好きな物を、と思ったのだけれど、姫乃はどうせなら明神が自分に為に選んでくれたものがいいと言ったので、何を姫乃にあげるか他人に任せようとしたからこうなった事をふまえ、明神は今度こそ自分で姫乃へのプレゼントを決めようと腹をくくる。
あまり入り慣れていない、何度か姫乃となら入った事のある店をいくつか周り、商品を物色する。
三件目の店で目に付いた指輪。
エージの言った事がでたらめと解った今、指輪にこだわる必要はないのだけれど、一度指輪と決めてしまった上あれだけもめてサイズを聞き出したので今更変える気にもなれなかった。
銀色で、シンプルな飾りが掘ってあるリングにピンク色の石がはめ込まれている。
キラキラ光る淡いピンク色が、何となくいつも姫乃がいつもしているヘアピンを連想させ、明神はその指輪に決めた。
サイズを確認し、少し笑うと明神はそれをレジまで持って行き、綺麗に包装してもらう。
小さなそれをコートのポケットに突っ込むと、軽い足取りでうたかた荘へと向かう。
初めから、見栄も決まりも関係なく、ただ姫乃の事だけ考えてりゃ良かったとポケットに手を入れ、小さな箱を握りながらそう思う。
歩いているうちにすっかり日が傾いている。
明日がどんどん近づいてくる。
今日一日このプレゼントはポケットに入れておいて、明日一番にでも姫乃に渡そう。
姫乃はきっとこの指輪を笑って受け取り、箱を開けてまた笑い、指輪を嵌めてもう一度笑うんだろう。
今想像している笑顔より、三倍位クラクラする笑顔で。
「たっだいま~。」
今、とにかく考えなくてはならない事は、何と言ってこのプレゼントを渡すかだ。
「ありがとう」?
さりげなく、「はいこれ」?
「愛してる」とか「好きだ、受け取ってくれ」はちょっとガラじゃあない気がする。
考え事をしていたら、パタパタと足音が近づいてきた。
「おかえり~。…ね、どんなのにしたの?」
どこかそわそわしながら姫乃が出迎える。
思わず、正直に答えそうになる口。
「…ピンクの…レース。」
「馬鹿!!!!」
「嘘。明日のお楽しみ。」
「…はあい。」
拗ねる姫乃もそれ以上は何も言わない。
ただ、明日が楽しみだな、と微笑んだ。
次の日。
眠れなかったので朝の四時からリビングで姫乃を待つ明神。
触り過ぎて指輪の包装が気持ちヨレヨレしてる気がする。
三杯目のコーヒーを飲みだした時、朝日がガラスを通り越して部屋に入ってきた。
その時、階段を誰かが下りてくる足音が聞こえた。
眠そうに目を擦るのは姫乃。
「おはよう。今日は早いな~。」
「何だか、緊張しちゃって。ちっちゃい頃、クリスマスの前ってこんな感じだったなあ。」
「そっか。じゃあ、えっと、あんまり大したもんじゃねえけど、ちゃんと自分で選んだから。」
ポケットから小さな箱を取り出して姫乃に渡す。
「わ…。」
姫乃はその箱を受け取ると、にっこりと微笑んだ。
「えっと…。バレンタインの時はありがとう。こ、これからも。ずっと、オレと。」
「はい。」
「オレと、いよう。」
「うん。」
姫乃は箱を開けると中から指輪を取り出し、それを右手の薬指に嵌めると明神にとっておきの笑顔で応えた。
あとがき
ちょっと早いですが、ホワイトデーの話です。前夜祭的ですが。
何かセクハラネタが多い気がする今日この頃です。ひめのんのカップは大体で…。いやそんなにないだろうとか、いやもっとあるだろう等の苦情がありましてもそっとしておいてくださ…(殴)
2007.03.06