16YEARS

耳を澄ますと波の音が聞こえる。

外は良く見えない。

薄いけれど厚い壁の中で、桶川雪乃は目を凝らす。

もう少しで日の出。

今日になれば、姫乃の16歳の誕生日。

時間が過ぎる感覚なんてもうすっかり無くなってしまったけれど、一年に一度、この日だけは絶対に解らなくならない様にしていた。

4月12日。

とうとう、16歳。

活岩の獅子が雪乃を見上げる。

どうしたの?心配してくれるの?と言って雪乃は獅子の頭を撫でてやる。

活岩の獅子は大きな目を細め、喉を鳴らした。

「とうとう、今日という日が来ましたね、雪乃。」

しわがれた声が雪乃に声をかける。

袈裟を着て、顔を天蓋ですっぽりと隠しまるで虚無僧の様な格好をした男。

幽灯大師観照。

雪乃は口元に笑みを浮かべたまま、獅子の頭を撫でる手を止めた。

「あの子、大きくなったかしら?私に似たらあんまり身長は伸びないかもしれないわね。高校は、もう始まってるのよね。どんな制服を着てるのかしら。」

独り言の様に言葉を続ける雪乃。

「髪は伸ばしてるのかしら。小さい頃から長い髪が気に入っていたのよ。誕生日に髪留めをあげたら喜んで毎日つけてくれた。あれ、まだ持っててくれてるかしらねえ。」

「雪乃。」

「何?」

「今日で貴女の娘は16歳になります。彼女の力が目覚める歳。今まで案内屋達が上手に隠してきましたが、それももう終わりです。パラノイドサーカスが必ず彼女を見つけ出すでしょう。」

「…そうねえ。」

雪乃は顔を上げる。

その視線は観照を通り抜け、海の向こうを見つめている。

「きっと、今まで寂しい思いをしてきたでしょう。そしてこれから、辛い思いもするかもしれない。」

海の向こうが薄っすらとオレンジ色に染まる。

夜明け。

「誕生日おめでとう、姫乃。何も出来ないお母さんだけど、お祝いくらい言わせてね。色んな事があなたの身に起こると思う。けれど、きっと誰かあなたを守ってくれる人が一緒だって信じているわ。」

観照はそれ以上な何も言わず、ふわりと獅子の結界から離れる。

「どうあがいても、無駄な事だ。キヨイが全てを薙ぎ払う。」

観照が薄く笑う。

結界の中で立ち上がる雪乃。

膝に乗っていた活岩の獅子が雪乃の膝から飛び降りると足元で丸くなった。

「どんな形であれ、もうすぐあなたに会えるのね。姫乃。」

雪乃は優しく笑った。

「大丈夫よ。きっとね。」

背が伸びて、女の子らしくなった姫乃の姿を想像してみる。

幼い頃と変わらない長い髪。

制服は、他に知らないので自分が学生の頃着ていた物を。

周りには沢山の優しい人。

自分達を守ってくれていた案内屋達を頭の中で姫乃と一緒に並べてみる。

銀一さん、マイクさん、一兆さん、明神さん。

皆の真ん中に、姫乃。

あの明神さんがいれば、毎日でも姫乃を笑わせてくれそう…そんな事を考えながら、雪乃は高く高く昇っていく日の光を眺めた。






朝方。

布団の中でもぞもぞ動き、姫乃はパチリと目を開けた。

「…ん。今、何時…。」

まだ外は暗い。

電気を点け、時計を掴み時間を確かめる。

午前四時。

どうしてこんな時間に起きてしまったのだろうかと目を擦る。

「明日も学校なのに…。」

プツプツ何か呟きながら、何となくトイレに行く為起き上がった。

一階へ降りようと階段をゆっくり降りていると、丁度玄関の扉が開いた。

「お。」

「あ。」

外から帰って来たのは明神。

ばっちり目が合って笑い合う。

「今お仕事帰り?」

「うん。いやあ、ちょいと時間かかっちまって。」

「怪我とか大丈夫?」

「平気平気。時間食っただけでどうって事ない相手だったし。」

話しながら歩み寄る二人。

明神はソファーにどっかり腰を下ろした。

「ああー。疲れた。」

「お疲れ様。何か作ろうか?」

姫乃が言いながら移動しようとするのを明神が止める。

「ああ、いいよいいよ。ひめのん明日学校だろ?って何でこんな時間に起きてるんだ?」

「何となく目が覚めちゃって…あ。」

明神と姫乃の足元をさっと光が差し込んだ。

「お日様出てきたね。」

「本当だ。」

光の射す方向を見れば、玄関の扉が日の光に照らされてキラキラと輝いている。

「もうこんな時間か…って、あ!」

今度は明神が声をあげた。

「何?」

「ひめのん、誕生日おめでとう。…で、あってるよな?」

突然言われて、姫乃は目をぱちくりさせる。

一瞬間があって、自分の誕生日を思い出した。

確かに、日付変わって今日は4月12日。

「わ、明神さん覚えててくれたんだ。」

「これでも管理人だからね。書類に書いてあったのをしっかり覚えてた。」

うんうんと誇らしげに微笑む明神。

「ありがとう、明神さん。」

「へへ。」

明神が笑う。

「どうかした?」

何か面白い事でも言ったかしらと首をかしげる姫乃。

「いや、一番乗りだな、と思って。おめでとう言うの。」

「あ、本当だね。」

一番、という言葉がくすぐったくて、恥ずかしくて、少し俯く姫乃。

差し込んだ光が廊下を、壁を照らす。

姫乃は目を細めた。

「座る?それとももうちょっと寝る?」

明神に聞かれて、姫乃は少し考えると明神の隣にストンと座った。

そしてそのまま明神にもたれ掛る。

「おわ!?ひ、ひめのん?」

姫乃の予想不能な行動に慌てる明神。

体をどかそうにも退いてしまうと姫乃が転がってしまうほど体重を明神に預けているため、動くに動けない。

「ここで寝ようかな。」

「へ?ここで?」

その質問に首を振って答えると、姫乃は目を閉じた。

まいったな、と口の中で呟いて、明神はきょろきょろと目線を動かす。

暫くして姫乃が本当に眠ってしまったのを確認すると、諦めて着ていたコートを脱ぐと姫乃にかけてやった。

幸せそうに眠る姫乃は黒いコートを引き寄せ、明神の胸にしっかりとしがみ付く。

腕のやり場に困った明神は、もう一度左右を確認すると恐る恐る姫乃の肩に手を回す。

自分の肩とは全く違う、柔らかい女の子の肩。

「今日で16歳かあ。」

そう呟くと、明神は雑念を振り払う様に硬く目を閉じる。

疲れのお陰であっという間に眠くなった。

「…おめでとう、ひめのん。」

もう一度お祝いの言葉を言うと、明神は完全に眠りに落ちた。

ソファーにだらしなくもたれ、口を開けて眠る。

隣で眠る姫乃がポカポカと暖かくて、知らず知らずの内にどんどん引き寄せ、抱きしめて眠る。

姫乃は暖かい夢を見る。

自分を囲む、優しい霊達と、明神さん。

どこか遠いところで、波の音が聞こえた気がした。


あとがき
ひめのん誕生日おめでとうー!!!!という事で、誕生日ネタですが、一巻から二巻の間位の時間で。
七巻後の誕生日パーティーはきっと盛大に行われるんだろうなと想像しながら少し前の話を。
2007.04.12

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