!!!

二人で歩いた帰り道、通りすがりのおじいさんに声をかけられた。

「やあ、お似合いのカップルですなあ。」

私は少し驚いて、ちょっと高鳴る心臓を押さえながら、同じく顔を赤くしながら白い頭を掻く明神さんをちらりと見た。

「いやあ、じいちゃん、そんなんじゃあないですよ!この子は妹みたいなもんで…。」

その台詞に私は愕然とした。

別に、私達は付き合っている訳ではない。

ついでに言うと、まだ告白もしていない。

もうちょっと言うと、明神さんが私の事をどう思っているかなんて知りもしない。

けれど、妹はないんじゃないかと思う。

それを言われたら、これから先がもう無い様な、少なくとも君は恋愛対象ではないのだよと宣言された様な気がして目の前がぼんやり暗くなった。

おじいさんに会釈して別れて、それからの帰り道。

何を話ていたのかあまり覚えてない。

どんな顔をしていたのかも覚えていない。

うたかた荘に戻って、部屋に入ったら急に脱力して床に転がった。

買い物した卵や牛乳を早く冷蔵庫に入れてしまわないとなー、と考えながらちっとも動く気になれない。

何かと、気遣いをしてくれる優しい人で、私はそれに何かを期待してしまったんだなあ、と改めて頭の中を整理する。

重い物を持っていたら差し出される手。

しんどいなと思ったらかけられる声。

当たり前の様に丁度良いタイミングで暖めてくれるから、それが心地よすぎて。

よくよく考えれば相手は年上の男の人で、管理人で、何度も助けてくれたのだって案内屋なんだから仕事をしたまでで。

一人盛り上がってしまった訳かと考えたら、妙に空しくなった。

ぼおっと天井を眺めているとドアがノックされる。

「ひめのん〜、入るぞ。」

遠慮がちに顔を覗かせる明神さん。

私は、いつもの様に笑って迎える。

帰り道きっと変な顔をしていたんだろう。

だったら、ここに明神さんが来るのも当たり前の事に思えた。

そういう、人だ。

今更愚痴を言っても仕方が無いし、明神さんに非は無い。

私が勝手に、想っていただけなんだから。

『どうかした?』

「え?」

「あ?」

言葉が重なって驚いた。

お先にどうぞと手で促すと、明神さんはどこか何か言いにくそうに口をモゴモゴさせた。

「えー、っと。何か帰りから元気が無いなと思って…何かあったかな、と、思って。…コレ食べない?」

言いながら私にお菓子を差し出す。

元気が無さそうだからお菓子で何とかって思ってるんだと思うと。

普段なら、そのお菓子で本当に元気になっちゃうんだろうなと思うと。

…だから妹なんて言われるんだ。

「わ、いいよ、そんなの。別に何もないよ?」

理由なんかなくてもくれたら貰うお菓子だけれど、今日は遠慮した。

「あ?そうか?…そうか。え、食べない?」

出した手を引っ込められないのか、明神さんはお菓子をぶら下げた手をどこにやっていいのかわからなくて困ってる。

「うん。いらない。えっと、それで?」

早く部屋から出て行って欲しくて、話を進める。

今あんまり優しくされると逆に辛くなってしまう。

「いや…。それだけだけど。」

「そう。」

にこにこしていたら明神さんが立ち上がった。

多分、私がおかしいのには気が付いているだろうけど、これ以上は何も言えない。

言わさない空気を私が出してるから。

明神さんが扉へ向かう。

私はほっとしながら少し寂しいと思った。

「…あのさあ。」

「ん?」

どうしてここで立ち止まるんだろう。

「あの、もしかして、あのじいさんの言った事気にしてる?」

全身がざわざわした。

絶対に触れて欲しくない話題で、…でも触れられないと寂しい話題。

「あんなの気にする事ねえから!〜うあ、ひめのんがすっげー嫌がってんならちょっとオレもショックだけど、いや、何つーか。」

ああこの人バカだあ。

心底そう思った。

バカだあ。バカだあ。

ふつふつと湧き上がるのは怒りで、多分それは八つ当たりに近い感情。

「明神さん。」

「は、はい?」

「もう、いい加減にして!」

「え?あ、オレ、何か。」

「何かじゃない!もう、ホンッと、信じられない!」

頭が真っ白になって、真っ赤になって、自分が何を言っているのか解らなくなって。

それでも感情にまかせて、湧き上がってくる怒りだとか、悲しみだとか、わけのわからないもやもやした感情だとか、全部言葉にしようとすると上手く言葉にならなくて。

「もういちいち構わないで!何にも思ってないくせに、いらない事言ったりしたりしないで!」

「な、何が。オレだから、何かしたか!?何で急に怒るんだよ!」

「怒るに決まってるでしょー!!」

「決まってねーよ!わっかんねーから聞いてんだろ!?」

「聞かなくても解るでしょ?普通!」

「普通って何だ!オレは異常か!」

いつの間にか言い合いになっていてた。

訳の分からない事で怒られたら誰だって言い返すよね。

良く考えたら当たり前の事だけど、今は言い返してきた事にも腹が立つ。

「そんなにオレが嫌いだったなんて、知らなかったよ!」

もう、本当に。

「バカー!バカバカバカ!!バカ!単細胞!単純!鈍感!」

「何ー!?バカっつッた方がバカ!ひめのんがバカ!バカ言うバーカ!」

「何それ子供!?」

「子供はひめのんだろ!?」

何というか、私はキレた。

明神さんの両頬を掴んでやった。

頭突きでもされるのかと思ったのか、明神さんは身構える。

ふんだ。

私は、自分が近づくのではなくて、無理矢理顔を引っ張って、キスをした。

明神さんが硬直した。

どうよ?

どうだ!

誰が子供?

妹?

こんな事が子供に出来るもんか!

私は子供でも、妹でもないんだから!

ゆっくりと唇を離すと、明神さんと目が合う。

明神さんは、信じられないといった様な顔をしていた。

あんまり驚いたのか、床にべしゃりと座り込む。

勝った。

私は腰に手を当て、堂々と仁王立ちした。

今はもう後の事なんかどうでも良くなっているから、怖い事なんか何にもない。

明神さんはまだ驚いた顔をして私を見ている。

心なしか…じゃなくて、明らかに耳まで顔が真っ赤になってる。

パクパクと口を開閉させていた明神さんが、やっと言葉を発した。

「な、何を…。」

「何って。」

「何で…。」

「何でって!もう、ホント、明神さん、バカじゃないの?」

「何で。」

「何で何でって、何回も言わないでよ。」

「あ゛ー!!!!もう!!なんて事すんだ!!」

呆けていた明神さんが、突然頭を抱えて叫んだ。

私は少し驚いて…引き下がってしまいそうになるけれど、ここはぐっと堪える。

「なんて事って何よ!悪かったわね!って、え?」

一瞬、手を引っ張られたと思ったら、視界が真っ黒になった。

何故真っ黒かと言うと、明神さんの服が黒いから。

どうも気が付くと私は明神さんの腕の中にいるらしい。

何だか、良く解らない事が起きていて、私はその展開に驚いた。

頭の上で、明神さんが長い長いため息を吐いた。

そのため息が尽きると、今度は弱々しい声が肺に残った息と一緒に吐き出される。

「…ひめのんが高校卒業するまで、我慢しようと思ってたのに。」

苦い声。

「え…え?何を…?」

「何をって。…ひめのん、ホンッとバッカじゃねーの!?」

あれ、何だか形勢逆転されてる気がする。

バカにされた。

「人の事さんっざん単純だとか鈍感だとか!人の事言える立場か!その気が無いなら構うなだ?無きゃ気遣う訳ねーだろ!!」

効果音が付くなら、「ゴーッ」という勢いで明神さんがまくしたてる。

あれ、あれ?

「ほんっと、ひめのん。バッカじゃねーの?」

何だろう。

見上げると、明神さんは涙目で私を抱きしめている。

あれ。

おかしいな。

何で妹だって言った子を抱きしめるのかな。

あれ。

おかしいな。

ああ、そういえば。

おじいさんに冷やかされた時、明神さんは顔を赤くして妹ですって言ったんだ。

顔を赤くしていたんだ。

あれは照れてたんだ?

…ああ、嬉しいな。

「私、勘違いしてた。」

「そうみたいだな。」

不機嫌そうな明神さんの声。

手はしっかりと私を抱きしめている。

可笑しくて私は笑った。

「はは…良かった。」

「良くねえよ。どうすんだ。オレどうなんだ。世間的にどうなんだ。」

「そんなの明神さんの都合だもん。私は気にしないし。」

ゴツリとおでこがぶつかった。

顔が近くて緊張する。

「知らねえぞ?オレは我慢したからね。ひめのんのせいだからね?」

「へ?」

「堪らん。好き。」

ぎゅううと抱きしめられて息が出来ない。

苦しさと喜びが一緒にやってくる。

あのねえ、知らないぞって言われても後悔はしないし。

知らないフリされるよりずっといいですよ?

苦しいなあ、幸せだなあ。

必死で手を伸ばして大きな背中を抱きしめたら、ゴツゴツしていて驚いた。

クルシイクルシイ。

息が出来なくて我慢が限界で、ペチペチ叩いたら気付いてくれた。

何度か深呼吸をしたらキスをされた。

始めて見る、なんていうか、色っぽい顔に、驚いた。

男の人に色っぽいって変かもしれないけど、顔を赤くして少し目を細めて私を見る明神さんは色っぽいと思った。

急に、その顔が少し拗ねた子供っぽい顔に変わった。

ああ、勿体無い。

もっと見たい。

「まだひめのんからは聞いてない。フェアじゃない。」

そう言われてみれば、まだ私は言ってなかった。

文句しか言ってなかった。

「ああ、そうだった!明神さん、ずっと前から凄く好き。」

慌てて言うと、明神さんはにっこり笑う。

「だから、妹とか言ったら私怒るから。」

「ああ、怒られた。」

「怒るよ。そりゃ。」

「ゴメン。」

もってきたお菓子をもう一度私に渡そうとする明神さん。

今度は…断る理由がない。

子供扱いされるのは嫌だけど、甘えるのは好き。

明神さんがお菓子の袋を開けてくれる。

頂戴と手を出したらその手を無視して口元にチョコレートが運ばれる。

私は口を開けた。

手まで食べてしまわない様に気をつけながら口を閉じる。

甘い。

モグモグと口を動かしていると、明神さんが手についたチョコを舐めて笑う。

ああ、この顔も見たことがない。

私はまた、新しい発見に驚いた。


あとがき
初心に帰る感じの明姫です。
どうだこんにゃろうっていう感じのひめのんが書きたかったのです!
明神さんはあわあわしてろ〜と思っていたのに書いてくうちに意外と反撃してきました。
勝負してる…。
2007.05.17

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